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第七章二十七話「生き返らせる方法」

「ケェエェェエエタァァァアアア!!!!」

「うるせえな。話聞けっての」


 横に動いて泥を避け、避け切れないものはイロアスで弾いていく。

 勇者の盾ですら耐え続けるのは困難な代物だ。何の考えもなしに受けては即座に倒れてしまうだろう。


「コロシテヤルゥゥウ!!」

「残念だけど、お前には無理だ一桜」


 だが、一桜を倒すためには攻撃を受けなければならない。

 一桜が触手のように伸ばしてきた泥を、圭太は腕にまとわせたオンネンで受け止める。


「俺の中にもオンネンがいる。後は綱引きだ。暴走してる今のお前に駆け引きができるかな?」


 そして言葉通り、泥を自分の体の中へ取り込んでいった。


「アァァァアアア!!」

「っと。やっぱり力づくか」


 一桜の叫び声と共に、圭太の体内からオンネンが引っ張られる。思わず圭太もバランスを崩し、一桜に引き寄せられてしまう。


「でも、力任せはいただけないな」


 だが、一桜の行動はむしろ願ってもないものだった。

 圭太は引っ張られた勢いそのままに泥の中に取り込まれる。だが、圭太は器であり、彼女は入れ物だ。

 一桜の中に入る形になった圭太は、決していやらしい意味ではない、全力でオンネンを体内へ取り込む。

 暴走した一桜は圭太の中へと消えていく。そしてついに彼女の姿はなくなり、圭太には懐かしい内側からくすぐられるような感覚が襲ってきた。


「よしっ。これで条件は揃った」


 オンネンと魔力と魔法。

 禁忌魔法を使用するための条件は集めた。後は実行するだけだ。

 イロアスと勇者の剣をアスファルトに突き刺して魔法の準備を整える。その途中で、首と胴体が別れた恋人だった肉が視界に映った。


「……光よ。彼の者に癒しを」


 圭太が剣に触れながら呟くと、視界に映る琥珀の首と胴体が光に包まれて繋がる。斬られた痕はどこにもない。一瞬で傷を治せたようだ。何度もその身で体験してきたが、魔法というのは便利すぎる。


「琥珀も持っていくか。いや、その前に話をするかな」


 圭太は勇者の剣から手を離して、左腕を前に突き出す。それから目を閉じて意識を集中させながら人型にオンネンを形成する。

 わずかな耳鳴りがして圭太は目を開ける。目の前には、ついそこにも転がっている金髪のイケメン美少女が目を閉じた状態で立っていた。


「――圭太君?」


 彼女のまぶたが震え、目を開ける。

 意識が混濁している様子はない。紛れもなく、圭太がオンネンで形成したのは琥珀ただ一人の意識のようだ。


「成功か。ハッ神造兵器様々だな」


 圭太の中には無数の魂が存在している。その中からもっとも輝いているようなものを選んだつもりだったが、一発で目的の魂を引き当てられた。さすが琥珀だ。魂からして有象無象とは違う。

 圭太がしたのは一桜と同じことだ。オンネンで作った仮初の肉体を表層化させた魂一つに分け与える。

 イロアスを取り込んだ一桜が実行してくれたおかげでイロアスにその手順が記録されていた。後は琥珀の魂を選べば済む。


「あれどうして……? そうだ! 皆は!?」


 微睡みから覚めたようで、琥珀が表情を変えるが彼女の体は動かなかった。

 圭太は琥珀の体に、元のオンネンに手を触れたままだ。操作権のすべては渡していない。そうしなければ真っすぐすぎる勇者は再び圭太に剣を向けるはずだからだ。敵を何の制限もなく生き返らせるような愚かを圭太はしない。


「お前と一緒だ。オンネンになったよ」

「そんな……」


 あっさりと告げると琥珀の顔は青くなった。

 一応偽物の顔なのだが、本物は圭太の視界の端で転がっている、その表情は彼女そっくりだ。琥珀が一桜をイオアネスだと認められなかったのも、絶妙に顔が似ているからだろう。まったく同じではないところがまた面白い。


「気にするな。俺の殺人はすべてなかったものになる」

「……どういうこと?」

「簡単な話だ。禁忌魔法の代償だ」


 圭太個人としては他人に最低最悪の殺人鬼だと思われてもどうでもよいのだが、きっと彼女は違うのだろう。

 仕方がないので圭太は種明かしをしてあげることにした。前例がないのであくまでも可能性の話ではあるが。


「代償は世界を渡った人間がいた世界での記憶と記録だ。つまり、俺が世界を渡った時点でこの世界で俺がした事件そのものが消失する。初めからなかったことになるんだよ」


 言葉では簡単だが、恐らくかなり強引な代償だろう。人間一人をはじめからいなかったことにする。つまり個人が何かをしていたらその辻褄合わせもしなければならない。

 例えば発明家が世界を渡れば、その発明は別の誰かの仕業となるように。けれどもどこかの学生がいなくなれば初めから教室の机が一つ減っているはずだ。

 圭太の場合で言えば、どこぞのチンピラに与えたケガは別の誰かがしたことになるのだろう。それはチンピラがまだ生きているからだ。では、死んでしまった人間はどうなるだろう。

 圭太はこう予想している。初めから存在しなかった。例えば圭太の両親は、そもそも生まれたことすらなかったことになるだろう。そうしたほうが辻褄合わせも無理は少なくて済むはずだ。もし圭太が殺した人間の中で世界に影響を与えるほど偉大な何かを成し遂げた人間がいれば、そこだけ別の誰かに差し替えれば済む。人間はいくらでも替えが効くのだから。


「じゃあ、圭太君はそれが分かっていたから」

「ああ。オンネンを作る決心をした。どうせなくなるなら、利用したほうがいいだろ?」


 どこかの誰かを殺した圭太が世界を渡れば自動的に事件そのものがなくなる。それならオンネンとして少しでも多く再利用したほうがいいはずだ。

 圭太は薄く自嘲していた。自分の行いをどこまでも正当化しようとしている。圭太が行ったのはただの虐殺だ。いくらなかったことになるからといって、耳の奥にこびりついている悲鳴は消えないのだから。


「なくなってないよ」

「何?」

「圭太君の中に入るってこういうことなんだね。君の気持ちが今なら理解できるよ」


 琥珀の言葉が理解できなくて、圭太は首を傾げた。


「圭太君が心を痛めていることもね」


 琥珀の言葉に、なぜか圭太は核心を突かれたような気分になった。


「……どうせ違うって言っても聞かないんだろ?」

「うん。圭太君は嘘吐きだからね」

「じゃあ勝手にしろ。それよりもだ」


 圭太は諦めてため息を吐く。

 琥珀は頑固者だ。きっとどう言い訳しても考えを改めないのだろう。それなら誤解させておいたほうがよっぽど効率的だ。


「ん? どうしたの?」

「一桜を呼んでくれ。アイツ、俺が呼んでるのに拒否してきやがる」

「仕方ないよ。イオは圭太君のことが嫌いなんだから」

「嫌いだからとか言ってる場合じゃないんだがな」


 ケラケラと笑う琥珀に、圭太は呆れてもう一度ため息を吐く。

 圭太の中にはオンネンがいる。だけど一部は圭太の言うことを聞いてはくれなかった。腕から出そうとしてもまったく反応してくれないのだ。

 まず間違いなく一桜の仕業だろう。彼女が圭太を拒否している。今まではそんなことなかったのだが、オンネンを操作した経験があるからか彼女の支配下にあるオンネンもそれなりにあるらしい。まったく面倒なことだ。


「えっ? うん分かった。そう伝えるね」

「あん?」

「コハクを殺したあなたを許すわけありませんわ。卑怯な手で取りこまれましたが、絶対に手は貸しません。だって」


 どうやらオンネン同士のやり取りはできるらしい。琥珀が一桜の言葉を教えてくれた。

 きっと彼女なら琥珀の代わりに表に出ることもできるはずだが、それすらしないのはそれだけ圭太に対して怒っているからだろうか。

 確かに圭太は琥珀を殺した。だけどこうして話もできるのだし文字通り一緒にしたのだから許してもらいたいものだ。


「はぁ。じゃあ一桜にはこう言ってくれ。琥珀を生き返らせる方法があるって」

「それは本当ですの!?」

「ぐえっ」


 圭太がため息交じりに呟くと、いきなり琥珀の右腕が泥に戻り圭太の襟を持ち上げる。


「コハクを生き返らせる。そんなことが可能なんですの!?」


 圭太の前にいるのは今も金髪イケメン美少女だ。だけどその口から出てくる声は別の誰かのものになっていた。

 ちなみにこんな真似ができるのは一人しかいない。


「分かった。話すから。取り合えず離せ」

「あっ」

「ゲホッ死ぬかと思った」


 襟を離してもらった圭太は喉をさすりながら咳き込む。なんだか変な感覚が残ってしまった。


「それで、コハクを生き返らせる方法というのは」


 圭太の気持ちなんてどうでもよいとばかりに琥珀の右腕から新たにオンネンが出てくる。もちろん圭太の操作ではない。

 琥珀の右腕から出てきたオンネンは人型になり、琥珀と手を繋ぐような状態のまま口を開いた。つい先ほど協力しないとか言っていた一桜その人である。


「焦んなよ。少なくとも、琥珀なら分かるだろ?」

「えっボク? ううーん」

「分からないとは言わせないぞ。お前は経験があるんだからな」


 三人の中で人を生き返らせたことがあるのは琥珀しかいない。だから当然琥珀なら理解していると圭太は考えていたが、彼女の表情は悩まし気だ。


「確かに人を生き返らせたことはあるけど、クリスがいたからだよ? ボク一人じゃ……」

「お前一人じゃない。俺や一桜もいる」

「わたくしも死んでいるのですが」


 ちょっと状況は違うが、誰かの手を借りられるという意味では同じだ。

 圭太は当然のように自分ともう一人を指差したが、一桜からはなぜか冷たい目を向けられてしまった。


「自由にオンネンを弄れる時点で生きてるようなもんだろ。俺に操作権を渡すか?」

「そんなわけありませんわ」

「じゃあ大丈夫だ。俺たち二人が琥珀の味方になれる」


 自分の中に自由に動かせないものがあるのは不安でしかないが、それはそれとして。

 ここにいるのは圭太だけではない。一桜も琥珀のためなら協力してくれるだろう。つまり人数に数えられる。


「それで、どうすればいいと思う?」

「そうだね。確かクリスは最初に傷を治してたと思う。それから、ボクの魔力も使って一緒に祈ったんだ」

「なるほど。その方法はこの世界じゃ使えないな」


 琥珀が初めて他人を生き返らせたときの話を改めて聞いて、圭太はうむと頷いて肩を落とした。


「そもそもアダムがいない。アイツに祈るとか考えたくもないが」

「それは同感ですわ。コハクをあの世界に招き入れた張本人を許すわけにはいきません」


 圭太にとってアダムは忌むべき敵だ。どうやら一桜もよくは思っていないらしい。これだけは意見が合いそうだ。

 だが、琥珀の方法が使えないのは問題だ。いや別に他の手もあるんだけど。


「じゃあ一桜。お前のやり方で行こう」

「わたくしの?」


 圭太が視線を向けると、話を振られると思っていなかったのか一桜がコトンと首を傾げた。


「お前はこの世界で肉体を得ただろう? 厳密にはオンネンを肉体へ変換できるようになっただけだが」

「そうですわ。それが?」

「だから同じことを琥珀にやれ。肉体なら治してある。きっと消費は少なくて済むだろ」

「そうですわね。分かりましたわ」


 圭太の視界の端では、はたから見ればただ寝ているだけにしか見えない琥珀の死体がある。これに琥珀の魂をもう一度入れることさえできれば生き返らせることも可能だろう。

 圭太の命令に、一桜は驚くぐらい素直に頷いてくれた。あまりにも言うことを聞いてくれる彼女に圭太が疑心的な視線を向けていると、視線に気付いた一桜は不満そうに目を伏せた。


「わたくしは琥珀のために手を貸します。でもそれ以外には手を出しません。それでいいですわね?」

「十分だ。琥珀さえ生き返るんならな」


 つまり彼女なりの協力するための条件ということだろう。

 圭太は喜んで受け入れた。琥珀さえ生き返ってくれれば、それだけでも心強いのだから。

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