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第一章二十話「すべて察している」

「イブ様! ご無事でしたか」


 敵地偵察を終えた圭太たち一行がエルフの村まで戻ってくるとシャルロットが出迎えてくれた。


「シャルロット。来てたのか」


 確か魔王城でもお留守番が命じられていたはずだ。仕事は片付いたのだろうか。


「ケータたちのことだ。魔王城に直接帰るのではなくエルフの村へ寄って食事するのは容易に想像がつく」


 シャルロットの顔がちょっと怖いのは気のせいだと思いたい。


「まあ正論だな。旨い飯食いたいし」

「わたくしも父と話をしたいですから。色々と情報がありますし」


 そう言って一礼し、ナヴィアは一人歩き始めた。


「待てナヴィア。話をするのはいいが首輪を外してからにしてくれ」


 圭太は慌てて呼び止める。

 スカルドには人間の町に潜入すると伝えていない。なのに肌着のみに奴隷専用の首輪を着けた状態で話をすれば余計な誤解をされかねない。

 イブでしか止められない怒りを不用意に爆発させる必要はないだろう。


「あら。飽きたから捨てるというのですね?」

「違うから。ホント悪かったから許してくれよ」

「冗談ですよ」


 クスクスとイタズラっぽく笑って、ナヴィアはエルフの村の奥へと一人進んでいった。


「シャルル、仕事はどうしたんじゃ?」

「もちろん終えています」


 即答だ。


「人間どもが今この瞬間魔王城を攻めていたらどうするのじゃと聞いておる」


 だがイブを納得させられなかったようだ。剣呑な瞳がシャルロットに突き刺さる。


「人間の動きは把握しています。それでも見落としがあったならすぐに駆けつけます。だからエルフの村までしか足を運べないのです」

「不意を突かれる可能性もあるじゃろ」

「ですからイブ様が戻ってくるまで数分おきに往復していました。後でクレーターの修復をお願いします」


 シャルロットは頭を下げて、イブの言及から逃れようとする。

 イブは静かだ。荒ぶる怒りも無ければ陽気な談笑をする気配もない。頭を下げたままのシャルロットをただ静かに眺めている。

 横に控えているだけの圭太の手に汗がにじむ。魔王の眼光に晒されているシャルロットは圭太以上の緊迫感に襲われていることだろう。


「まあ及第点じゃな。よかろう。無理した分の尻拭いは引き受けた」


 ふぅっと車イスの少女は息を吐く。

 その場を支配していた緊張感は無くなり、圭太の肩から力が抜ける。

 シャルロットが頭を上げた。表情に安堵の色が混ざっているのを圭太は見逃さなかった。


「エルフの村から魔王城って決して近くはないよな」


 日が昇る前に魔王城を出発して、魔物を倒しながら進んで昼頃に到着する。決して近くはないはずだが、シャルロットは何往復もしたらしい。

 圭太は移動距離を実感しているだけに、シャルロットの報告が理解できなかった。


「まあの。ワシみたいに移動特化の魔法が使えれば楽じゃが、シャルルは剣士。便利な魔法は一切使えぬ」


 特別な魔法を使用している可能性は早々に否定された。

 というかイブは移動用の魔法があるのか。どうして遠出するときに使ってくれなかったんだ。


「イブ様をお守りするためには力が必要です。魔法を覚える時間などありません」

「ワシ一人でも最強なんじゃが?」

「勇者ごときに負けたではありませんか」

「あれはしょうがないのじゃ。攻撃が当たらぬのなら勝ちようがない」


 勇者と魔王の戦いにはとても興味を惹かれたが、話に茶々を入れるべきではないと思ったので黙っておいた。まだ聞く必要がないのも大きな理由だ。


「あのときわたしも戦えていたのなら」

「無理じゃ。シャルルはワシより弱いんじゃからの」

「くぅっ」


 悔しそうにシャルロットが唸る。一年の年季を感じた。


「魔法無しでどうやって移動したんだ?」


 話を逸らすというか戻したかったので、圭太は疑問を口にする。


「決まっておろう。走ってじゃ」

「はしっ――?」


 チョットナニイッテルカワカラナイ。

 圭太は聞き間違えたと思った。歩いて半日かかる距離を数分で走り抜けられるわけがない。


「気持ち程度の身体強化をかけて、跳ねるように走る。シャルルにできるのはそれくらいじゃ」


 どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。


「冗談だろ?」

「本当じゃ。なんなら見てきてもええんじゃぞ? 一定間隔でできたクレーターを」


 イブの瞳にはからかってやろうとか騙してやろうという色がなかった。むしろ呆れていた。なんで信じないんだと言っているようだった。


「いやいい。そんな嘘を吐くメリットもないしな……よく平然としてるな化け物かよ」


 堂々と腕を組んで佇んでいるシャルロットに、圭太はドン引きした。


「そう思うじゃろ?」


 イブがしししっと笑っている。まるでイタズラを企んでいる子供のようだ。


「違うのか?」

「平然としておるようじゃが、足をよく見ればわかる」

「見るな変態」


 イブの言葉に従って視線をシャルロットに移すと、彼女は自分の体を抱いて一歩下がった。

 いつもなら剣を抜いて首元に突きつけてくるはずなのだが。しおらしいシャルロットはそれだけで異常事態だった。


「気にするでない。ただの強がりじゃ」


 イブは大丈夫とばかりに頷く。

 もし首が飛んだらイブのせいだと胸中で呟いて、圭太はシャルロットを注意深く観察する。


「あっ膝笑ってる」


 シャルロットの足は生まれたての子鹿みたいに震えていた。


「じゃろう? ワシらを心配するあまり無茶をして、挙句の果てに隠そうとしておるんじゃ。可愛いものじゃろ?」

「いやー俺は笑えないかなー。主にシャルロットの殺気のせいで」


 魔族最強の剣士にジロリと睨まれている圭太は乾いた笑いを浮かべていた。シャルロットの右手は腰の剣へと伸びている。ちょっとでも刺激すれば剣身が閃くだろう。


「シャルルの照れ隠しじゃ。ほれ、両足を出さぬか」

「ありがとうございます」


 シャルロットは一礼して車イスに近寄り、イブが触りやすいよう足を掲げた。

 とても綺麗な足だ。むしゃぶりつきたくなる。


「エルフの魔法も優秀じゃが、どうせ治療はしておらぬのじゃろ?」

「これくらい大丈夫です」

「やせ我慢をするでないわ。ワシは帰ってきた。存分に弱音を吐いていいんじゃ」


 足を掲げたため低くなった頭を、イブは大事そうに撫でた。


「……はい。努力します」

「うむ」


 頭を撫でられているシャルロットは頭を下げ、イブの手を拒否するどころか受け入れた。


「尊みがヤバみで辛み」


 二人のやりとりを眺めていた圭太は両手を合わせ、二人を見守る空気になりたいと思った。


「な、なんじゃと? どうしてケータは拝んでおるんじゃ」

「女性同士の深い愛情を目撃したら仕方ないんだ」

「何がどう仕方ないか意味が分からぬのじゃが」


 突然合掌した圭太はイブになぜか警戒された。理由を教えても彼女の誤解は解けなかった。


「な、なななっ何を言ってるんだわたしとイブ様がそんな」


 シャルロットが顔を真っ赤にしてどもる。どうやら彼女は圭太の言葉の意味を理解したようだ。


「何も言うな。すべて察している」

「てんで的外れだバカーッ!」


 シャルロットに怒鳴られてしまった。照れ隠しだと分かっているので斬られる心配はない。


「二人はなんの話をしとるんじゃ?」

「イブ様は知らなくていいのです! まだ早いですから!」

「むっ。事情は掴めぬが子ども扱いされたのは理解できたのじゃ。ワシのほうがウンと年上じゃと改めて理解させなければならぬようじゃな」


 イブが不満げに頬をふくらませる。


「ケンカップルもまたよし」

「だから違うと言っているだろうが!」


 圭太が再び合掌して真っ赤になったシャルロットがまた怒鳴る。

 なんで怒っているんだろう。同性愛を否定するつもりはないのに。


「ん?」

「む」


 遠くのほうで何か大きな音がした。


「なんだ? 今の音は」

「ケータも気付いたか。なかなか良い勘をしておるな」


 ふむふむと腕を組んで何度も頷くイブ。魔王も何か聞こえたようだ。


「二人してどうしたのですか? わたしには何も」

「シャルル、帰ったら修行じゃ」

「そんなっ!」


 シャルロットだけは何も聞こえなかったようだ。ナヴィアが襲われているときも気付いていなかったから、耳が悪いのかもしれない。


「なんの音か分かるのか?」


 圭太の疑問にイブは重々しげに頷いた。


「人間じゃ。大量の人間がエルフの村へ押し寄せてきよった」


 圭太とイブが聞いたのは戦局を大きく動かす音だった。

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