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第一章二話「昼休憩」

 チャイムが鳴った。


「きりーつ、れーい」

「「「ありがっしたぁー」」」


 十代後半の少年四十人が一斉に頭を下げる。


「よっしゃ昼だぁー!」


 かったるい授業が終わり、数人の男子生徒が教室を飛び出していった。

 教室に残った生徒たちはカバンから弁当を取り出して談笑を開始している。学ランとセーラー服という時代遅れな制服が、昭和の時代を見ているようで笑えてくる。他の学校は多種多様なデザインだというのに、皆文句はないのだろうか。もう慣れてしまったか。

 今の時代が一九〇〇年代ではないと証明するかのように、弁当を広げている生徒たちはそれぞれのスマホを取り出す。一応校舎内でのスマホ使用は禁止なはずだが、まあ誰のスマホが没収されようが関係のないことだ。


 鳥羽圭太は周りを一瞥してから自分の弁当を取り出した。コンビニで買った弁当である。税抜四三〇円だ。

 いつもはコンビニ飯ではない。弁当が質素なのは家族が留守だからだ。

 月に一度の土曜日登校の日であることを家族全員がうっかり忘れており、圭太は学校が終わり次第家族旅行に合流する予定になった。今日は帰ったら温泉、とだけ念じて午前は乗り切った。午後も同じ手段で乗り切るつもりである。


「あぁー! 鳥羽君また一人で食べ始めてる!」


 教室の扉がバンと勢い良く開かれ、スカートをはいたイケメンが圭太を指差して叫ぶ。

 扉付近にいた生徒たちが黄色い声を出し、男女問わず女子生徒の邪魔をせぬようにとモーゼの海割りがごとく左右に移動する。真っ直ぐ作られた道に圭太はレッドカーペットを幻視した。


 スカートをはいたイケメンの名前は小鳥遊琥珀。

 短く切り揃えられた金髪に青い瞳は白馬の王子様その人である。これで純日本人だというのだからやってられない。

 顔立ちは十人すれ違えば百人が見惚れるほどのイケメンである。切れ長な瞳は愛くるしく細められており、肌荒れ一つない白い肌が盛り上がることで鼻を作っている。唇はぷっくりとした薄紅色で、ガーガーとうるさい口から覗く歯は純白だ。同じ人間なのか疑いたくなる。実は美術館とかに飾ってある彫刻がオカルトな力で動いているとかではないんだろうか。


「いいだろ別に。昼休憩なんだから」


 圭太はズンズンと大股で近付いてくるイケメン美少女を尻目に、弁当のメインであるとんかつを口に運んだ。

 琥珀に近付かれた生徒は軒並み小さく悲鳴をあげる。毎度のことながらいい加減慣れろよ。相手は男女問わず同年代の初恋をことごとく奪っていた琥珀だけど、まあ慣れろよ。俺は慣れたぞ。

 圭太は琥珀を見てもうるさい奴が来たとしか思わなくなっていた。美人は三日で慣れるのである。


「一緒に食べよって言ってるじゃん」

「あのなぁ小鳥遊。どうして俺に構うんだよ。人気者なんだから俺以外と食べればいいだろ」


 不満げに頬を膨らませるイケメン美少女。子供っぽい仕草にギャップ萌えしたクラスメイトの一人が鼻血を吹き出して倒れた。保健室はそろそろ輸血パックの導入を検討すべきだ。

 琥珀は容姿端麗でさらに人懐っこい性格だ。初恋キラーである彼女の周りにはそれはもうたくさんの生徒が集う。中には若い教師まで下心丸出しで近付いてくる。

 昼飯の相手は困らないはずだ。わざわざ隣のクラスの冴えない男子高校生と弁当を囲む必要はない。


「ボクは鳥羽君と一緒に食べたいの!」


 琥珀は何度も聞いた意味の分からない言葉をまたも不満げに吐き出した。何故睨まれるのだろうか。当然の疑問だと思っているのだが。


「分からんね。疫病神と食べて何が楽しいんだか」

「鈍感だもんね」

「人の気持ちが分からんから疫病神呼ばわりされても学校来てるんじゃね?」


 圭太は琥珀と違う。

 眉目秀麗ではないし、性格が別段明るいわけでもない。常にだるそうな目をしているとは鏡を見るたびに思う。一週間に一度ぐらいしか見ないのでよく琥珀に怒られているが、それとこれとはまた別の話だ。

 琥珀がいなければ圭太は一人で昼食を済ませていた。別に何も思わない。圭太は自分の立場をよく理解している。


「……まだイジメられてるの?」

「ああいや。イジメられてはない。だから周りを睨むな。また文句言われるだろ」


 周囲へと視線を移して厳しい顔をする琥珀に、圭太は面倒だとばかりに表情を歪める。

 ただ避けられているだけだ。話しかけられず、まるでいないものとして扱われているだけだ。便所飯を強いられるような環境ではないし自殺したくなるほどの壮絶なイジメに遭っているわけでもない。

 琥珀が心配するようなことは何一つ起こっていない。

 イジメというのは結局本人の思い次第だ。辛いと思えばどんなことでも苦しいが、何も感じていなければイジメ扱いされることはない。


「面と向かってボクに言えばいいんじゃないかな?」

「お前に言えるわけないだろ。自分が美人なのいい加減自覚しろよ」

「び、美人? えへへ」

「照れんなよ。調子狂うな」


 圭太の軽率な言葉に琥珀は顔を赤くする。

 滅多に見せない乙女な顔に圭太は戸惑った。まさか人気者の彼女に限って、いないものに特別な感情は抱いていないはずだ。抱かれていては困る。

 他の女子生徒ならともかく相手はあの初恋キラー。高校では盗撮まがいのプロマイド写真が高額で取引されているような人間だ。好意を抱かれていては面倒に巻き込まれるのは明らか。それこそイジメに発展しかねない。


「鳥羽はいるか!?」


 えへへーと笑っている琥珀にやりづらさを感じていると、教室の扉が再び勢いよく開かれた。そろそろ壊れやしないだろうか。

 現れたのは頭に白髪の混じった中年の男、この高校の教師の一人だ。走ってきたのだろうか額には大粒の汗が浮いている。肩は大きく上下しており、息は大げさなほど荒くなっていた。

 スマホを触っていた生徒が一斉に自分の端末を机の引き出しにしまい込む。今なら現行犯で没収し放題だろう。だが教師は生徒の焦りすら眼中にないようだった。


「鳥羽君がどうかしましたか?」


 何をやらかしたかだろうかと首を傾げている圭太の代わりに琥珀が教師に問いかけた。

 聞いていたか。先生は俺を呼んだ。お前じゃないんだぞ小鳥遊クン。


「ああ小鳥遊か。鳥羽を借りるぞ」

「えっまだ食べてる途中」

「行きましょうか先生」

「早っ!」


 税別四三〇円の弁当を胃に流し込んで圭太が立ち上がると、琥珀は芸人顔負けのリアクションをした。

 どうせ一人で食べるつもりだったのだ。弁当の味なんてどうでもいいし食べる時間がもったいない。それなら少しでも寝ていたほうが得である。

 立ち上がった圭太を一瞥し、教師は喉を鳴らしてから教室を出ていった。要件も言わないとはよほど焦っているらしい。怒られるようなことはしていないはずなのだが。

 圭太は嫌な予感を胸に抱え、足早に教師の後を追った。




『現在高速道路は事故のため封鎖されています』


 見覚えのある車がテレビに映っている。無残に破壊された姿。これだと乗員は全滅しているだろう。それぐらいの大惨事がテレビには映し出されていた。

 教師の後を追って圭太は職員室に通された。なんだか変な表情になっていた他の教師に嫌な予感が強くなったが、気のせいだと思いたかった。

 テレビのテロップに車に乗っていた人間の名前が表示される。鳥羽という苗字に見慣れた名前が続いていた。名前の後に続いているのは赤い文字で死亡と書かれている。


「どういうことですか……これは」


 教師が分かるはずがないのに、圭太は聞かずにはいられなかった。

 圭太の家族は死んだ。全滅だ。旅行に向かっている最中に事故に遭い、皆いなくなった。


「落ち着くんだ鳥羽。気持ちは分かるが取り乱すな」


 教師の声もどこか遠くに聞こえる。


「やだなあ落ち着いてますよ……今日は早退してもいいですか?」

「あ、ああ。授業に出られなくても仕方ない。今日は帰って休みなさい」

「ありがとうございます」


 圭太は頭を下げて、定まらない視線と足取りのまま職員室を後にした。

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