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第一章十九話「道具としか」

「……」


 酒場を出てから三十分。圭太たち一行は雑踏に紛れ、町の様子をさらに観察して回っていた。

 会話はない。イブとナヴィアは頰をふくらませてムスーっとしていた。


「な、なんだよ二人して」


 人の群れが少なくなってきたので、圭太は二人が不機嫌な理由を聞いてみた。


「主はワシらを金儲けの道具としか見ておらぬのだな」


 イブがポツリと言った。


「えっいやあれは」

「農園で働けない体目当ての奴隷だったのですね」

「ナヴィアまで。違うって誤解だよ」


 どうやら二人が不機嫌なのは圭太の嘘が気に入らなかったかららしい。

 圭太の話がすべて嘘だとイブもナヴィアも知っているはずである。圭太はこの世界に召喚された。もちろん農園の息子ではないし奴隷の扱いにポリシーがあるわけでもない。酒場での内容はあり得ないと理解しているはずだ。


「確かに話の前提こそ嘘でしたが」

「あんなペラペラと喋れるのは、本心でそう思うておるからじゃろ?」


 ナヴィアとイブの視線はそれはもう冷たかった。


「凄惨な光景のせいで流していましたが、そういえば奴隷市でも同じようにわたくしたちを見下していましたね」

「主が魔族の味方になっておる理由が分かったのじゃ。もうこの町でお別れ――」

「待って待ってホントに待って。俺人間たちの町に置いていかれても生きていけないから」


 圭太は言葉をかぶせ、少しずつ距離を取ろうとしている二人を慌てて止めた。

 人間の世界にはルールがある。この世界のルールを知らない以上、生きていくのは簡単ではない。

 元の世界はマイナンバー制度により色々と管理されていた。同じような制度があれば一発でゲームオーバーだ。


「大丈夫じゃろ。主の面の厚さなら」

「いやいやいや。話を聞いて」

「そうやってまたわたくしたちを騙すつもりなんですね」

「違うから! 誤解だって!」

「どうかなさいましたか?」


 誤解を解こうと躍起になって圭太が叫んでいると、第三者に呼びかけられた。

 全身をざわっとした悪寒が走り抜ける。

 振り返ると銀の鎧を着た金髪イケメンが立っていた。腰に剣を差しているということは騎士なのだろうか。とりあえず殴りたいと思った。


「ん? 誰だこの爽やかイケメンは。殴っていいか?」

「ダメじゃケータ。手を出すな」

「イブ?」


 圭太が握りこぶしを固めていると神妙な顔つきのイブに止められた。緊張感のある顔だ。初めて見た。


「こやつは勇者パーティの一人じゃ」

「あははっ、困りましたね。知っていましたか」


 イケメンが苦笑して一歩下がる。とても絵になっていて憎たらしい。

 どうでも良いがこの世界に来てから美男美女にしか会っていない気がする。キモメンを自称している圭太には生きづらい世の中だ。


「僕が勇者の盾、この町を守る役目をいただいた騎士、サンです。よろしくお願いします旅の人」


 イケメン改めサンが礼儀正しくお辞儀をする。鎧がガチャリと鳴る騒音でさえも彼の気品を裏付ける要素の一つになっていた。


「俺たちが旅人だとどうして分かった有名人。多忙で一般人は近づけないって話だったが?」


 たずねながら、圭太は最悪の予想を立てていた。

 町中でサンに出会ったのは想定外だ。多忙である英雄が町をぶらりと歩いていた可能性は低い。

 何か目的があるはずだ。例えば、魔王の素性に気付かれたとか。


「奴隷の売買にかかわった人はすべて記憶してる。でも君は見たことないしその珍妙な乗り物も初めてだ。僕の記憶は間違ってないから、君たちは最近来た人たちとなる。簡単な話だよ」


 どうやら圭太の予想は外れていたらしい。


「すごい自信だな。俺たちに声をかけたのは唾つけとくためってわけか」

「ううん。気になるのは確かだけど君を警戒しているわけじゃない。ほら彼女を見てよ」


 サンは首を横に振り、それからナヴィアに指差した。

 人に指差すなと習わなかったのだろうか。


「奴隷なのに傷一つなく、綺麗な服を与えられている。奴隷だからという理由だけで道具のように扱う人も多いのに、彼女の待遇はとてもいい」

「見えない場所に傷をつけているだけだ。愛玩動物としてな」


 もちろん嘘だ。思春期男子にそんな度胸があるわけない。


「それはないよ。だって彼女は言い返していたじゃないか」


 いい笑顔である。この笑顔を写真に撮ればアイドルのプロマイド写真ばりに売れるのではないだろうか。この世界にカメラがないのが残念でならない。


「人の話を盗み聞きか。英雄にあるまじき趣味だな」

「僕は英雄じゃない。英雄は勇者様ただ一人。僕らはただの道具だ」


 濁りのない目は冗談を言っているようには見えなかった。


「そんなことより喧嘩は大丈夫ですか? 僕が力になれるならなんでもしますよ」


 どうやらこの英雄様は言い争いを止めたくて他人に声をかけてきたらしい。

 困っている人を放っておけない根っからの善人なのだろう。イケメンだからこそ許される所業だ。


「英雄様の手を煩わせるほどではないのじゃ。迷惑をかけてすまぬ」


 イブが頭を下げた、だと。

 圭太は驚愕した。この魔王は唯我独尊を地でいくような性格だと思っていた。まさか謝れたなんて。


「何か失礼なことを考えておらぬか?」

「いーやまさか」


 勘が鋭い。平静を装って圭太は否定したが、内心では冷や汗を流していた。


「……? どこかで聞いたような声ですね。もしかして会ったことありませんか?」


 サンが小さく首を傾げていた。まあ勇者と一緒に戦っていた英雄なら魔王の声を聞いたことだってあるかもしれない。


「会ったやもしれぬ。現にワシは知っておるんじゃからな。じゃが、人と接する機会の多いのじゃから忘れておったとしても不思議ではない」

「そんなことはありません。顔を見ればきっと」


 一度でも顔を合わせた人を忘れているなんて許せないのか、サンは膝をついてイブの顔を確認しようとする。

 イブは不機嫌なオーラを纏い、いきなり白いフードを外した。


「おっおいイブ」


 突然の行動に、圭太は慌てる。

 イブがフードをかぶっていたのは特徴的な白い髪と真紅の瞳を隠すためだ。

 どこかで会ったかもしれない英雄を相手に、特徴をさらけ出すのは得策ではない。


「ワシを知っておるか? どうじゃ見覚えがないじゃろう」


 自信満々に告げるイブ。彼女と英雄は顔を合わせたことがないのだろうか。

 でも魔王が勇者と顔を合わせたのが一度だけだとしたら、顔を知らないのも無理はない。軍を率いる立場のイブだけ知ってて魔王を倒す旅をしていたサンが知らないのも納得できる。


「美しい……」

「えっ」


 圭太は聞き間違えたと思った。


「勇者様に勝るとも劣らぬ美貌です。素直に見惚れてしまいました」


 聞き間違えではなかった。

 サンはイブの手を握り、手の甲に軽く口づけする。

 なんだこいつは。何をやってるんだこいつは。


「なっなんじゃ急に」


 イブが慌ててサンの手を振り払う。顔がちょっと赤くなっていた。

 本当に手を出したらダメなのだろうか。今なら勇者にだって負けない自信がある。


「同性のわたくしから見ても綺麗ですからね。幼さとはこうも羨ましいものかと痛感させられてしまいます」

「小娘もここぞとばかりにバカにするでないわ!」


 がるるーと尖った犬歯をむき出しにして唸るイブ。ナヴィアはニコリとしており、魔王をバカにしているのは明らかだった。


「彼女の足は動かないんですね。身じろぎしてもピクリともしない」


 見た目と実年齢の上下が逆の少女二人が、まるで姉妹のように言い争いを始める。色々と溜まっているものを吐き出す目的もあるのかもしれないので、圭太は大人しく傍観に徹することにした。

 傍観者になった圭太に近づいてきたのは先ほどやらかした騎士だった。


「家内は病気でね。生まれながらにして両足の自由がきかないんだ」


 正直無視してやりたかったが悪い印象を与えるわけにもいかないので圭太は仕方なく、本当に仕方なく返事する。


「なるほど。それで動くイスを。これは君が?」


 いい加減黙ってくれないかとは言えなかった。


「俺が考えて協力者と一緒に作り上げた。その反応を見ると、やはり有名ではないんだな」

「僕は初めて見たよ。そうかなるほど。歩けないなら座ったまま動けるようにすればいいのか」


 サンは一人でブツブツと考え始めた。圭太がやったら気味悪がられるのにこの男がやるとまるで彫刻のようだ。これが顔面偏差値の差か。


「知り合いに足が不自由な奴でもいるのか?」

「まあね。僕らも兵士だから体の一部が無くなるのも珍しくない。この乗り物は僕たちで量産してもいいかな?」

「勝手にしろ。誰かの助けに繋がるなら悪い気はしない」


 いつか言われると思っていた言葉に、圭太は真顔で吐き捨てた。

 科学を披露すれば、便利に思った人間が真似しようとする。なぜなら魔法を使用しない道具は個人の才能にかかわらず使えるからだ。

 健常者も障害者も関係なく、魔力の有無も関係ない。この世界には存在しない考え方なのかもしれない。


「君と君の協力者にも手伝ってほしいんだけど」

「残念ならそれはできない。家内と旅して回る時間のほうがよっぽど大切だ」

「それは重要だ。君の協力は諦めるとしよう」


 口から出るでまかせも今日ほど役に立った日はない。

 圭太の言葉を疑いもせずサンは微笑み、ギャーギャー言い争いを続けているイブとナヴィアに近付いていく。騎士は自然な仕草で片膝をついた。


「お二人の貴重な時間を使ったこと、どうかお許しください」

「う、うむ」

「ありがとうございます。それじゃあ僕はこれで」


 先ほどやらかされたイブがとても警戒している中サンは頭を下げて立ち上がる。そして今度は圭太のもとへと歩み寄ってきた。

 来るなと思ったのは内緒だ。


「奥様の病、治ればいいですね」

「ああ、そうだな」


 サンの言葉に、圭太は素直に頷く。

 イブの足が治ることは永遠にないと分かっているから。

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