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第一章十八話「ひどい扱い」

「だから言っただろう。外で待っとけって」


 奴隷市を抜け出した圭太たちは再び雑踏に紛れていた。

 よく見てみると女性の半分は首輪が着けられていた。重そうな革製の袋を抱えている姿をよく見かけるから、多分買い出しに来た奴隷たちなのだろう。見た目は雑踏に紛れるぐらい清潔だから、用途は恐らく主人の処理用だろう。なんの処理かはあえて語るまい。

 男の奴隷はほぼ見つけられない。労働力を外に出す理由がないのか単純に需要がないのかは分からない。奴隷市では男女比が同じぐらいだったから需要がないわけではないと思うのだが。


「むぅ。ついて行くとは言ったがあそこまでひどいとは思ってなかったのじゃ。ワシあそこまでひどい扱いしてなかったんじゃが」


 イブは珍しく顔を青くしていた。奴隷市での奴隷の扱いが堪えたようだ。

 ナヴィアの顔色も優れない。だがエルフの少女はまだ想像ができていたのかイブほどショックを受けていない様子だった。

 イブがショックを受けているのは、助けられる力があるのに助けられない歯がゆさもあると思う。無力を知らない魔王には刺激が強かったかもしれない。


「魔王様は戦場では容赦なく木っ端微塵ですからね。原型留めているほうが稀です」

「じゃって加減とか相手に失礼じゃし」

「なんだよその変な正々堂々さは」


 どう考えても対等じゃないんだよなあ。

 魔力量はもちろんそれ以外のスペックも並の人間では手も足も出ないのに、正々堂々を持ち出されてしまってはイジメにしかならない。


「とはいえわたくしも少し応えました。何人か同郷もいましたから」

「ちょっと驚いてたエルフはそういう事情があったのか。俺いつか刺されるかもなあ」


 奴隷市を見て回っていたとき、数人のエルフがわずかに驚愕しそして更なる深い絶望に呑まれていた。

 ナヴィアはエルフの族長であるスカルドの娘だ。族長の娘でさえも奴隷に堕ちたという事実は、奴隷のエルフに逃げられないという楔を打ち付けたことだろう。


「大丈夫ですよ。仕方ないことです」

「あっ助けたりはしてくれないんだな」

「人間ですから仕方ありません。わたくしたちには違いが分かりませんから」


 デスヨネー。

 圭太は絶望した。設定とはいえ主を助けてくれない奴隷に。殺されても仕方ないと笑顔で断言するナヴィアに、圭太は絶望した。


「うーん。二人とも大変そうだな。ちょっと休憩するか?」


 絶望に打ちひしがれたけどすぐ立ち直った圭太は、気丈に振る舞っているがかなり堪えている二人に気を利かせてとあるお店を指差した。

 そのお店の壁はボロボロだった。中からはアルコールのにおいがする。どこからどう見ても酒屋だ。どんな世界でも娯楽は栄えるらしい。


「……まだ日は高いですよ?」

「分かってるよ。大体俺お酒飲めないし」


 ナヴィアが呆れたようにジト目を向けてくるので、圭太は顔の前で手を左右に振る。

 未成年飲酒ダメ絶対。


「じゃあなぜ酒場を選ぶのじゃ? 他にも選択肢があると思うんじゃが」

「もちろん情報収集だ。知ってるか? 酒飲みって大体正直者なんだぜ?」


 理由としては酔っぱらった人間は饒舌で、聞いたことをご機嫌に答えてくれるからだ。酒の勢いを借りることで色々と情報を集めやすい。


「まあ水が飲めるのなら」

「ワシも喉が渇いた」

「はいはい。じゃあ入ろう」


 もう限界も近いくせにまだ余裕とでも言いたげな顔をしているナヴィアとイブに圭太は苦笑いを浮かべ、酒場の扉を豪快に開けた。気分は開拓時代のガンマンだ。


「どうして黙り込むかなあ」


 開ける前までは豪快な笑い声が聞こえていたのに、圭太たちが入った瞬間に水を打ったように静まり返った。

 ありがちな展開だ。分かっていたことだが、やっぱり思うところはある。教室に入るたびに似たような状況になっていた圭太でもやっぱり慣れない。


「水を三杯くれ」


 不躾な視線をぶつけてくる酒場の客を無視してカウンターの席につく。飲み過ぎてテーブルに突っ伏している客からちゃっかり腰袋の中身を拝借した。どの客もいい感じに酔っぱらっているのか気にされなかった。

 ダンディーなおじさん店主が出迎えてくれた。が、彼もまた圭太の盗みには気付いていないようだった。コップを拭く仕草はとても絵になる。


「お客さん新入りかい?」


 声までダンディーな初老のおじさんに、圭太は無駄に緊張した。


「だったらなんだ? この町でよそ者は珍しくないだろ?」

「まあね。だが奴隷に水を飲ませるような物好きは珍しいんだ。この町じゃ特に見ない」

「そうか。分かってない連中なんだな。綺麗な奴隷なら持ち主に箔が付くってのに」


 圭太はわざとらしくため息を吐いて、思ってもいない考えを適当に口に出した。

 圭太が本当に奴隷を買ったとしても道具としては扱えない。彼ら彼女らだって生きていて、人権がある。使い捨てみたいなやり方には納得できない。


「そんな意見は初めてだ」

「ああだろうな。奴隷市を見てきたが、まあひどい管理だった。あれじゃあ商品の寿命を縮めるだけでロクに使えない」


 管理の仕方に問題があると思ったのは本心だ。だが商品ウンヌンについては嘘だ。

 詐欺などの常套手段の一つに、嘘の中に事実を紛らせることで信じ込ませやすくするというものがある。例えばオレオレ詐欺だって有り得そうな設定を使っている。異世界に転生したから金を振り込んでくれなんて話は聞いたことがない。


「お客さんまだ若いみたいだけど、随分奴隷の扱いに慣れてるんだね」

「家が大農園を管理していてね。小さいころから奴隷を見てきたのさ」

「なるほど。この大陸にはなんの用で?」


 いや嘘なんだが。さすがに信じすぎではないだろうか。ちょっと心配になってくる。

 圭太はこのダンディーおじさんが気の毒になってきた。八割以上が偽りなのに感心したように頷かないでくれ。


「もちろん新しい奴隷が集まっていると噂で聞いてね。人間より便利だと思って魔族の品定めに来た」


 目の当たりにしたのは今日が初めてだから、噂として聞いたというのは間違ってないはずだ。シャルロットの話はとても嘘が混じる余地のない情報だったから、噂とは違うかもしれないが。

 人間の多くがこの大陸に奴隷を買いに来ているのは人間とは違う奴隷に興味を引かれているからだ。何ができるのか、どこまで頑丈なのか。人間とは違う基準、違う出力を試したいと思っている人間が多いからこそ奴隷がブームになっている。

 圭太の話はほぼ嘘だ。だが、ほぼすべての人間と同じ考えのもとに出てきている嘘だ。簡単には見破れないし、違和感があったとしても気に留められることはない。


「お眼鏡に適ったのはそこの女エルフだけってわけですか」

「残念ながらな。しかもこの奴隷は顔がよかったから買っただけだ。働かせる目的じゃないだけに家にも持って帰りにくい」


 ナヴィアをあごで指して、圭太はやれやれと肩をすくめる。

 彼女が美人で助かった。おかげで新たな嘘のネタになったのだから。


「それは困りましたね」

「いい話はないか? 例えば、奴隷を捕まえやすい穴場とか」


 ダンディーおじさんの目がギラリと光った。


「お兄さん。初めからそれが目的だったね?」


 どうやらこの店主の中で圭太は客から取引相手に格上げされたようだ。

 先ほどまで話半分に聞いていたくせに、相手の隙を見逃さないようにと観察してくる瞳。老けたときの手本にしたいダンディーおじさんに睨まれるのも悪い気分ではないが、残念かな。ここから先は本音でしか話さない。つけ入る隙は無い。


「まあね。じゃなければ苛立って水を飲もうとも飲ませようとも思わないさ」

「なるほど。肝が据わってる。だけど残念かな。タダじゃ教えられない」

「これでどうだ?」


 圭太は先ほど拝借した金貨一枚をカウンターに乗せる。

 日本じゃないのだから盗みが悪いとはならない。圭太は魔族側の味方であり人間の法に従う理由もない。

 罰せられないのなら、有効活用しない手はない。


「十分です。さて、何が聞きたいんです?」


 店主は満足したのか指一本でカウンターの金貨を自分の前に引き寄せた。

 交渉は成立したようだ。映画で見たようなやりとりにちょっとテンションが上がってくる。


「この町に競争相手はどれぐらいいる?」


 競争相手という言い方をしたのは、奴隷狩りを行っている人間の規模が知りたいからだ。言い換えよう。外に出ていてこの町に滞在していない人間の数が知りたい。

 エルフが手助けをする条件。ナヴィアの話では人間をこの大陸から追い出せばよいと言っていた。ならば残党が残らないよう注意しなければならない。

 人間が外に出ている間にこの町を潰したとしても残党は多くなるだろう。そのための対策をしなければならない。対策をするためには規模を知らなければ話にならなかった。


「この町にいる人間は大きく二つ。奴隷を買うか売りに来た連中です」

「その中でも酒場に顔を出すのは奴隷を売りに来た奴ばっかりってわけね」


 つまりこの酒場で酔いつぶれている人間たちは排除しなければならない敵というわけだ。


「それだけいるのなら他人の奴隷を盗もうって輩が現れそうなものだが?」


 圭太はナヴィアを連れている。彼女は奴隷の恰好をすることで周りの目を欺いているわけだが、仮に盗まれでもしたら目も当てられない事態になる。

 奴隷を盗むような輩がどれぐらいいるのか把握しておきたかった。何事も情報だ。攻略するうえで不必要な話も聞いておいて損はない。


「有り得ませんね。リスクが高すぎる」

「というと?」

「この大陸は魔物が多く、そして強いって話を聞いたことは?」

「風の噂で少しだけ。まだ大陸渡って日が浅いからか遭ってないが」


 遭った。すでに戦ったりもした。シャルロットやナヴィア、イブが瞬殺してばかりだったが、たまに圭太も隙を突いて攻撃した。

 三人のアシストがあったからかあまり強いとは思わなかったが、どうやら人間基準では強敵に値するようだ。


「そりゃあ運がいい。この町に入ったなら魔物はもちろん、たとえ魔王であろうと簡単には落とせませんから」


 名前を呼ばれたイブの肩がピクリと反応した。


「へえ。城塞都市には見えないがな」

「この町には勇者様の盾がいるんですよ。あの方が町にいる限り、どれだけ強かろうが町を守っていただけるというわけです」


 強い魔物を寄せ付けないために、英雄の一人がこの町に滞在しているらしい。

 イブとナヴィアの様子をチラリと確認する。二人とも圭太を立てるためか黙って話を聞いていたが、やはり人間の英雄には思う部分があるのだろう。敵意が隠しきれていなかった。


「勇者の盾。そんな凄い方がいたのか知らなかったな。一目見たいんだがどこで会える?」


 恐らく盗みを働いたものは英雄に処罰されるのだろう。だから犯罪者はいないと。

 なるほど納得である。圭太は一人でこの町の抑止力となっている英雄に興味が出てきた。やはり直接会って話をしなければつけ入る隙は見つけられない。


「無理ですよ。あの方は一人で町を守っている。そう簡単に会える人じゃない」


 圭太のように会ってみたいという人は多いのだろう。店主は苦笑して肩をすくめた。

 いちいち絵になる。圭太はちょっとイラっとした。


「そりゃあ残念だ。まあいい。ちょうど奴隷も水を飲み終わったところだ。今日は帰るとしよう」

「またのご利用を」

「ああ、ごちそうさま」


 圭太は店主の視線を背中で受け止めながら酒場を後にする。

 店主の取引相手になってしまった以上、もう盗みはできなかった。

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