第一章十七話「奴隷市」
「おぉーっ。活気づいているな」
雑踏を前に、圭太は感嘆の息を漏らした。
この世界に来て初めての人の群れ。町に入ってすぐに着いた大きな通りに露店が並んでいる。といっても埋め尽くす人のせいで何を売ってる店なのか分からない。屋根代わりに張られている厚手の布がなければ、どこに露店があるかも不明だっただろう。
恐らく圭太たちがいるこの大通りが町のメインストリートなのだろう。
「大した町並みじゃな」
「魔王様がいなくなってから一年が経ちましたからね。それにしてもここまで発展しているとは思いませんでしたが」
イブが吐き捨て、ナヴィアはあっけに取られている。
二人からすれば楽しいものではないだろう。敵地が栄えているのだ。痛ましく思うことはあっても嬉しくは思えない。
「物資は有り余っているんだろうな。奴隷を売って儲かってるだろうし」
「そういうものなのですか?」
「そりゃあそうだろう。魔族のせいでこの大陸に人間はいなかった。それが魔王の死亡と共に解放されたんだ。新大陸にこぞって集まるのは人間の性だ」
それこそ勇者が勝利の報告を持って帰ったときはお祭り騒ぎだっただろう。
大陸を渡るための大きな船が急ピッチで出来上がり、我先にと押し寄せたに違いない。
「経験があるみたいな言い方じゃな」
「俺の世界でもあったんだよ。新大陸を見つけたから侵略して、結果的に奴隷商が栄えたことが」
アメリカ大陸での出来事だ。世界でもっとも優れた国もかつては侵略に遭い、奴隷の売買が盛んにおこなわれていた。最終的に独立戦争を仕掛けて勝利したからこそアメリカは世界最高の大国になったのだ。
「なんでもあるんじゃな。歴史までワシらと似ているなんての」
「まあな。多分歴史的には俺がいた世界の方が進んでいると思う。魔王なんておとぎ話だったし」
「ワシいるんじゃが?」
「いや俺の世界にはいなかったから」
さすがに世界を渡るほどの威光は持ち合わせていない魔王が、何故知らぬとでも言いたげな顔になっていた。
「不思議な話ですよね。異世界があって、自分たちよりも進んだ文明を持っているだなんて」
「まあの。じゃが魔法はなかったらしいぞ? さぞ不自由じゃったろうな」
「科学っていう誰でも使える魔法みたいなやつはあったけどな」
「そうなんですか。詳しく教えてもらえませんか?」
ナヴィアが興味津々とばかりに目を輝かせている。いつも一歩引いたような落ち着きっぷりを見せている彼女には珍しい子供っぽい表情だ。
「無駄じゃよ。ワシが聞いても答えてもらえなんだ」
「絶対に必要って状況でもなければ広めるつもりはない。イブの車イスは数少ない例外だ」
圭太が車イスを作ったのはイブの両足が動かないからだ。原因は圭太にもあるため、自分の罪滅ぼしも兼ねて作った。生まれつき足が不自由だったならきっと車イスなんて作らなかっただろう。
「魔王様の乗っているそれも別の世界で生まれたものだったのですね。道理で見たことがないわけです」
「元はワシの使っとったイスと神造兵器の盾じゃけどな。便利なものじゃ。快適じゃよ」
イブが車イスをバンバンと叩いて、ご機嫌な様子を見せる。どうやら気に入ってくれたみたいだ。製作者としても鼻が高い。
「それは羨ましいです。わたくしもぜひ別世界の技術に触れてみたいですね」
「あー、機会があったらな」
確約はできないので圭太は言葉を濁した。
「そういえば聞いてませんでしたね。どうして人間たちの町へ来たのですか?」
「そうじゃそうじゃ。しかもワシに魔法を使うなとは何事じゃ。襲撃に来たのではなかったか?」
ナヴィアが首を傾げ、イブが唇を突き出して不満を露わにする。
二人の服装はいつもと少しだけ変わっていた。
イブはゴスロリドレスを着たままだ。違うのは白のフードを頭にかぶり、幼さの残る顔のほとんどは窺えないという一点。パッと見た感じでは日光を避けたい病弱な少女だ。人間の敵である魔王にはとても見えない。
そしてナヴィア。彼女はイブ以上の変化だった。まず服は最低限の肌着だけ。美しいプロポーションが露わになっている。思春期男子には刺激が強すぎる格好だ。それだけではない。何よりも目を引くのはナヴィアの首元につけられた革製の首輪。鎖が繋がれている首輪はおしゃれ目的だとはとても思えない。
「物騒な。イブもナヴィアも人間たちと真っ向勝負は難しいだろうが。予想以上に発展した町だし」
エルフの奴隷と病弱な家族を連れているという設定の圭太が、二人に呆れかえった視線を叩きつける。
設定では圭太が一番偉いのだが、実際の立場は逆だ。実力から考えても圭太の立場はほとんどない。
「ワシ余裕なんじゃが。まだ魔法一発でなんとかできるんじゃが」
「わたくしも後れを取るつもりはありません」
「勇ましいのは結構。だけど力任せじゃダメなんだ。まずは情報を集めたいんだよ」
二人の実力を圭太は身をもって味わっている。
だが強いからとあぐらをかいていても勝てない。魔族と人間は戦争をしているのだ。正面から殴り合うだけが戦いじゃない。
「情報じゃと? 策に頼るは弱者のやり方ではないか」
「なんという脳筋魔王だ。嫌いじゃない考え方だけど、魔族の残りは少ない。少ない戦力で効果的な打撃をするには情報が必要不可欠だと思うけど?」
「むっ」
この脳筋は自身の実力に絶対的な自信があるから考えようとしない。多分この町だって宣言通り魔法一発で潰せるのだろう。
だが、それではダメだ。
イブは勇者に負けた。彼女が絶対強者という前提は崩れたのだ。力押しを続けていれば最終的には同じ結末を迎えてしまうだろう。圭太でも解けないような封印を施されてしまえば魔族に未来はない。魔王を表舞台に出すのは極力避けたほうがいいのだ。
まだ助かるのは、イブは理屈を説けばまだ納得してくれるという点だ。頑固者だったなら圭太は魔族を離れて行動しなければならないところだった。
「情報が必要だという考えは理解しました。ですが、人間が行き交う市場からではその情報も得られないのではないでしょうか」
「ご明察。さすが賢人だ。どこぞの魔法ブッパでいいだろとか言ってる魔王より理解力あるな」
「ありがとうございます」
「ワシ嬉しくないんじゃが!」
イブがウガーとばかりに車イスのひじ掛けを叩いた。
「はいはい。じゃあ次の場所見に行こう。あー、でも二人は別の場所で時間潰しててもいいぞ」
このまま雑踏の中に消えればきっと二人は圭太を探し出せないだろう。だが圭太は一人で行動したいとわざわざ声に出した。
きっと短気な魔王が怒りの魔法を放つだろう。圭太の策を台無しにされてはたまらない。
「ここまで来てまだ言うか。主を一人にできぬと言うておろうが」
「いやまーそうなんだけどさ。次行こうとしてる場所は二人にはちょっと厳しいんじゃないかなーって」
「どこに行くつもりなのですか?」
まあ聞いてくるよな。あまり言いたくはないのだが、焦らしたところで魔王の痺れを切らすわけだ。
ナヴィアの問いかけに答える前に、圭太は一つ大きなため息を吐いた。
「――奴隷市だ」
元の世界では廃絶された忌むべき商品を、圭太は現実として確認する必要があった。
「これは……」
奴隷市に着いたナヴィアが絶句した。
鉄でできた鳥かごのような檻が屋外でいくつも吊るされていた。鳥かごと違うのは中身が人間だということだ。耳がとがっている人や半分液体みたいな人もいる。
エルフや魔族が檻に入れられて飾られていた。ナヴィアと同じ首輪が彼ら彼女らにも着けられていた。逃げられないための拘束具だ。首輪か檻のどちらかあるいは両方に魔法を使わせない仕掛けがあるのだろう。そうでなければ人型のスライムが逃げられないわけがない。
「ひどいな」
予想以上に予想通りの扱いをされている惨状に、圭太は思わず呟いた。
檻の中に入っている人たちの肌はところどころが痣になっている。抵抗したのだろう。だが通用せず、逃げる機会も意思も失ってしまったのだろう。檻の中にいる奴隷たちの目には光が宿っていなかった。
「おっ兄さんエルフの奴隷連れてんのか。今日は何用で?」
どれだけの奴隷がどのような檻に捕まっているのかそれとなく観察していると、商人の一人が近付いてきた。
こってりと肥えたこれまた予想通りの人間。服に使われている布は一目で分かる高級品だった。少なくとも先ほど見たメインストリートで同じ材質のものはなかったはずだ。さぞ儲かっているのだろう。
「あー、そろそろ新しい奴隷が欲しくてね。一通り見ようと思っている。おすすめはあるか?」
正直言えば奴隷を買うつもりはないし買いたいとも思わなかったが、警戒されず観察して回るために商人の提案を呑むことにした。
「そうかそうか! そうかおすすめか。兄ちゃんは女の奴隷がいいんだろ?」
ナヴィアを、言い換えるなら絶世の美女を連れていたからか商人はすぐに希望を言い当てる。
一瞬だけ商人の目がギラリと光ったのを圭太は見逃さなかった。
「まあな。何かと使い勝手がいい」
「はっは! 若いっていいな! よし任せておけ」
何を勘繰ったのか商人の男は大声で笑って圭太の肩を叩いた。まあそう誤解されるような言い方をしたのはわざとだが。
圭太は商人の先導のもと、色々と見て回った。やれどこどこで捕まえただのこの奴隷は珍しいだの抵抗が激しかっただの聞いてもない情報を色々と教えてくれた。
時間が経つにつれイブとナヴィアの表情が硬くなっていった。
「なるほど。いくつか気になったが残念ながら手持ちがない。数日後に改めて来るよ」
これ以上の長居は不可能と判断して、圭太は商人の話を切り上げた。
知りたい情報は大体掴めた。これ以上はこの場に居続ける意味はない。
「そうかそうか。いくつかキープしておこうか?」
「止めてくれ。また来たときに予約代だとふんだくられたらたまったもんじゃない」
「はっはっはっ! ちげえねえ! じゃあまた今度だな。いつ頃来る?」
抜け目がない。次にくるまでにさらに高い奴隷でも仕入れるつもりなのだろうか。
「そうだな。家内は見ての通り足が悪くて乗り物を手放せない。俺個人なら三日と言いたいところだが、家内の体調次第だ」
「なるほど。またごひいきに」
「ああ。縁があったらまた使わせてもらおう」
くたばれクソ野郎。
圭太は笑顔で手を振る商人に同じような笑みを刻んで、心の中で吐き捨てた。




