第一章十六話「行ってくる」
「というわけで人間の町行ってくるわ」
「ふざけるな!」
魔王城に帰ってきた三人をシャルロットは大声で怒鳴った。
「そんな怒鳴るなよ」
「怒られないと思っていたのか!? 人間の町へ、敵地のど真ん中へ行くなど正気じゃない!」
圭太がうんざりしながら諫めたつもりだったが、火に油を注いでしまったようだ。シャルロットの顔は憤怒に染まっている。いつ剣が抜かれてもおかしくない。
「ワシも行くから大丈夫じゃ」
「だから余計と怒っているのです! 何かあったらどうするのですか!」
「だよな。イブは一人では自由に動けないんだし、もしも魔力を無力化されたら抵抗しようがない。だから一人でいいって言ってるだろ?」
圭太はシャルロットに同意するフリをして、ちゃっかり一人で行動しようと話を持っていく。
イブの実力はとても心強い。彼女が一緒だったなら多少の荒事も無難に過ごせるだろう。だが、対策がまったくないというわけではない。
基本的にエルフは人間より強い。性格の問題もあるだろうが魔族も人間より魔力量は多いのだろう。あくまでもテンプレからの推測だが、当たっている確信があった。
なのに人間は魔族やエルフを奴隷として捕らえているという。魔力を封じる手段があると考えるのは当然だと思う。
勇者のように魔族やエルフよりも強い人間が荒稼ぎしている可能性はないはずだ。圭太が初めての人殺しをしたあの人間二人は、とても実力者だとは思えなかった。背後からの一撃を避けられない人間を実力者なんて認めたくない。
「ダメじゃ。主はまた勝手に自分の命を組み込んだ賭け事を楽しむつもりじゃろ。そんな愚行は許さぬ」
さりげない要望はイブに却下されてしまった。残念である。
「しないって。川上から毒を流し込むだけだ」
「そんなことをすれば川に住む魔族にも被害が出る。許可できないのじゃ」
「じゃあ暗殺とか? トップから順番に殺していけば移住しようとするだろ」
「移住先がこの大陸以外という保証はないし、そもそも危険すぎる。却下じゃ」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
策をことごとく否定された圭太は不機嫌になった。
「じゃからワシを連れていけと言うておる。ワシならどうとでもできるし魔王としての仕事はシャルルに任せればよい」
「ダメです。人間にとって魔族は商品です。獣人のような身体能力の高いものから、エルフのように魔力の高いものまで等しく捕まっています。イブ様と言えど、無事で済むかどうか」
「ワシを舐めるでない。勇者でさえ殺せぬと些事を投げたのじゃぞ」
「壊れない奴隷って価値凄い高いだろうなぁ。イブの見た目は一部の変態に人気だろうし両足が動かないから逃げ出す可能性も少ない。愛玩動物として最適だと思うけど?」
不老不死の奴隷ほど有用なものはないだろう。壊れない消耗品ほど使い勝手のいい物はない。
イブの容姿は文句なしの美少女だ。残念な態度が魅力を半減させているが、彼女を好みとする人間は少なくないだろう。壊れない美少女はさぞ乱暴に扱われることだろう。
「主、そんな風に見ておったのか……」
「あくまで奴隷としての価値の話だ。俺が密かに邪な感情を抱いているとかそういう話じゃない」
イブにドン引きされた圭太は慌てて否定した。
「やはりここはわたしが」
「「それはダメ」」
「なぜですか。二人で声を揃えてまで」
シャルロットの提案は圭太とイブが即答することで却下された。
「当たり前じゃろうが。シャルルは魔族の最強剣士じゃぞ」
「そうだ。何かあったらを考えるならある意味イブよりも取り返しがつかない。誰が魔族を守れるって言うんだ」
「そうですか……そうですね」
シャルロットは自分の立場を自覚したのか、何度か繰り返し呟いて納得した。
「だから俺一人で」
「ダメじゃ。ワシも」
「ダメです。それならわたしが」
「だからダメだって」
「あのー」
圭太とイブとシャルロットが堂々巡りで言い争っていると、ナヴィアが手を挙げた。
「それならわたくしと魔王様がついていくというのはいかがでしょう?」
その場にいた全員の視線を集めたナヴィアは少しだけ恥ずかしそうに顔を赤くして、第四の選択肢を提示した。
「ナヴィアいつからいたんだ?」
「最初からいましたよ。エルフの村からずっと」
「そうだったっけ。悪い忘れてた」
「何気にひどいですよねそれ」
ナヴィアが不満げに頬を膨らませる。十割の確率で悪い圭太はバツが悪そうに後頭部に手を回した。
「そんなことはどうでもいい。お前とイブ様がケータにつくだと? イブ様を完全に守り抜けるのか?」
「わたくしも弓にはそれなりの自信があります。お役に立てるかと」
「いやダメだろ。魔族だけじゃなくエルフまで連れていくなんて、目を付けられるどころの騒ぎじゃない」
自信満々に答えるナヴィアだが、圭太は首を横に振って同行を拒否した。
シャルロットは実力だけでしかものを考えていないようだが、人間の目を引くというのはよくない。肉食獣の前に生肉を巻き付けて歩くようなものだ。いくら強いからといって数の差に直面するのはよくない。
「わたくしはともかく、魔王様は髪と目を隠せば人間とほとんど変わりません。フードか何かを使えば魔族だと気付かれる恐れはないかと」
圭太の懸念をナヴィアは簡単な説明で払拭する。
イブの見た目の特徴は病的なまでに白い髪と素肌、そして深紅の瞳だ。神秘的な印象を与えるそれら特徴は、彼女を人ならざるものだと本能に訴えかけてくる。
しかしシャルロットのように角が生えているわけでもないし、ナヴィアのように耳がとがっているわけでもない。青い肌とかでもなければ顔がトカゲというわけでもない。
イブは変装が簡単に済むだろう。要は髪と目さえ隠して病弱な少女と言えばいいだけの話だ。
「じゃが小娘が狙われる。何かあればスカルドに顔を合わせられぬ」
「それについては当てがあります」
「ほーう? 聞かせてみよ」
イブが片眉を上げて興味を示す。どう見ても子供のくせに不思議な威厳がにじみ出ていた。
「わたくしはエルフなのですから奴隷となればよいのです」
「ナヴィアを売るってのか? そんなの当然」
「却下でしょう。でも服装と首輪をつけるだけならいかがです?」
小さく首を傾げるナヴィアの提案は、魔族も人間も思いつかなかったものだった。
「偽装する、ということかの? 奴隷のフリをして潜り込むと?」
「確実でしょう? 奴隷を買える人間はそれなりに裕福のはずですから盗めばただでは済みません。エルフに意識は集中されており、魔王様の正体に気付かれる危険性も減るでしょう」
「なるほど確かに。目立つエルフを連れていれば変な恰好をしていたとしても注意を逸らせるかもしれない」
「誰が変な恰好じゃ? ん?」
圭太が納得して何度か頷くと、ジト目のイブに睨まれた。
ゴスロリ服を着ているお前のことだよ。とは当然ながら言えなかった。
「やっぱりダメだ。ナヴィアにリスクが集中する」
「望んでやるのです。それに、わたくしに何かあれば助けてくださるでしょう?」
「もちろんじゃ。魔王の名にかけて主を守り抜こう」
イブが圭太では到底真似できないぐらいの頼もしい返事をした。
彼女がナヴィアを気にかけているのはスカルドの娘だからだろう。
イブとスカルドは言い争いをしていた。実力はともかく立場は対等なのだろう。
「ほら魔王様も仰ってます。後は貴方のみです」
ナヴィアは得意げに圭太の言葉を待つ。
どうやら彼女の考えで決まりのようだ。ナヴィアのアイデアが一番合理的で反論のしようがない。
「最後に聞かせてくれ」
だが、だからともいうべきか、圭太はとある点が気になった。
「はい? なんでしょう」
「どうしてナヴィアはそこまでしてくれるんだ?」
この作戦はナヴィアに危険が集中する。奴隷に扮したところで頭の悪い奴は盗もうとするだろうし、偽装が見破られないとも限らない。いくらイブが守ると言っても、手が回らない可能性も捨てきれない。
「貴方は魔王様を諫めるという形でわたくしたちを救いました。借りは返す。それだけです」
ぶっきらぼうに答えるナヴィアに、圭太は何も返せなかった。




