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第一章十一話「言伝」

 昇ったばかりの太陽が真上に来た頃、圭太とシャルロットは森の中を突き進んでいた。

 エルフと言えば森である。正直もう一歩も動きたくないぐらい疲れていたが、あとちょっとで目的地だと自分に言い聞かせて、圭太は足を動かしていた。


「止まれ」

「えっ?」


 シャルロットが片手を上げる。今までほとんど無言で歩いていただけに、戸惑った圭太は足を止める。

 圭太の足元に矢が刺さった。


「おおぅっ」

「下がっていろケータ。お前では相手にならない」

「ぐっ分かった」


 無力だと言われることは気に入らなかったが、シャルロットと圭太の実力差は歴然だ。従うに越したことはない。

 魔物との戦闘でさえ戦力不足と言わなかった。つまりこの矢を放った相手は魔物よりも強い相手となる。テンプレ通りの展開ならその相手は一つしかない。


「魔族がなんの用だ」


 姿の見えない声がこれほど不気味だとは思わなかった。どんな手品を使っているのかは分からないが、開放的な森の中なのに声は反響しており全方位から聞こえてくる。正直気味が悪い。


「魔王様から言伝を預かった! 長はいるか!」


 シャルロットは臆さず、辺り全体に響き渡る大声で用件を告げる。

 相手は恐らくエルフだろう。長というのはいうまでもなくエルフの族長だ。

 エルフといえば高貴なイメージがあるが、そんな上からな言い方で問題ないんだろうか。もしや気難しいという話は魔族側の問題もあるんじゃないだろうか。


「魔王……?」


 シャルロットの言葉を繰り返してから、ゲラゲラと下品な笑い声が森のあちこちから聞こえてきた。

 エルフのイメージとは違う。いや、変な幻想を勝手に抱いていただけでエルフも思ったより人間に近いのかもしれない。


「魔王は死んだもういない!」

「いつまで過去の栄光にしがみ付いているんだ」

「現実を受け入れられない哀れな女」

「うわーお。すっごい不快」


 エルフは複数いるらしい。それぞれエコーがかかっているが微妙に違う声が色々なところから聞こえてくる。

 圭太は眉間にしわを作った。

 圭太のイメージしていたエルフなら言いくるめるイメトレをしてきた。だけど人間のように下卑た相手は想定していない。予定と違う事態はよくあることだが、まさか性格が違うとは思っていなかった。


「ケータ」


 シャルロットが落ち着いた声音で名前を呼ぶ。自分の主をバカにされた彼女は激怒していると思っていたのだが、どうやら圭太の予想は外れていたようだ。


「コイツらは自殺願望があると解釈して介錯してもいいよな?」


 訂正。無茶苦茶怒ってる。


「気持ちは分かるが手は出すな。貴重な戦力を失いたくない」

「魔族だけでよいのでは?」

「それでまたイブを封印されたいか?」

「チィッ!」


 シャルロットがとても大きな舌打ちをした。その顔は実に悔しそうだ。

 彼女の悔しそうな顔なんて初めて見た。


「人間だ人間がいるぞ!」

「魔族は堕ちるところまで堕ちたか!」

「殺せ殺せ殺せ!」


 シャルロットの後ろに隠れていた圭太の存在に気付いたエルフたちがまた騒ぎ始める。熱気は高まっていき、一度でも突けば容易に爆発してしまいそうだ。

 シャルロットは正面に向き直して、彼女の愛剣を抜いた。


「シャルロ――」

「自己防衛まで止めてくれるな」


 抑えるように言おうとした圭太に、シャルロットは振り向かずに言葉を重ねた。

 彼女の背中は語っている。絶対に守ると。イブ様のために、お前には傷一つ付けさせないと。

 頼りになる背中だ。きっとシャルロットは無言の宣言の通り、圭太を意地でも守り通すだろう。


「……分かった。でも過剰には殺さないでくれ」

「善処する」


 圭太もイロアスをハルバードモードにして両手で掴んだ。彼女の負担を少しでも軽減するためである。

 素人の圭太でも分かるぐらい空気がピリピリと張り詰めていく。言葉はなく、シャルロットの吐息すら聞こえてきそうな静寂が辺りを覆う。

 弓を引いて木が軋む音、シャルロットのすり足が土の上を滑る音が同時に鳴った。


かぁあつッ!!」

「!?」


 突如聞こえた怒声に、全員の体は動きを封じられた。特殊な魔法なんかではない。ただの気迫で、魔族ナンバーツーのシャルロットをはじめ、その場にいた全員は動かなくなった。


「やれやれ。見知った魔力を感じて来てみれば、何をやっているのですかシャルロット」


 やれやれ系のイケメンだぁーっ!

 耳が長い緑髪ロン毛の優男が首を振りながら姿を現し、圭太は胸中で大きく叫んだ。

 異世界に来ればいつかまみえると思っていた。やれやれと言って自分はやる気ないぜアピールをするイケメンにいつか出会えると思っていた。それがまさか、これから話をしなければならないエルフにいたとは。

 圭太は反射的に斬りかかろうとする本能を鋼の意思で抑え込んだ。


「スカルド……腰は大丈夫なのですか?」

「小娘が。お前の主がおかしいのだろうが」


 スカルドと呼ばれたクソイケメンから、とんでもない重圧が放たれる。

 エルフたちでは話にならない圧力だ。面と向かったときのシャルロットと同じくらいの迫力があるかもしれない。

 直接向けられたわけでもないのに魔族ナンバーツーと同じ重圧が放てるとはどういうことだ。


「お元気そうで何よりです」


 ロン毛金髪イケメンエルフに直接睨まれたシャルロットは、表情を崩さずに冷や汗を流していた。

 彼女の表情から余裕が消えたのは初めてだ。イブの相手をしているときでさえ見せたことのないのに。


「コホン。お前たちは何をやっているのです。客人に茶ではなく矢を出すなんて」


 シャルロットから視線を外して、滅びろクソ野郎ことスカルドは辺りを見渡す。

 彼の周りに似たような緑髪の美男美女が片膝をついて集結した。まるで忍者を呼び出したかのようだ。ちょっとだけ憧れる。

 恐らく彼らが先ほど圭太たちを囲って不気味な声を演出していたエルフたちだろう。決して隣を歩きたくないイケメンことスカルドのせいで影が薄くなっている美男美女たちの耳も尖っている。


「だって人間が」

「客人をもてなせと言っているのです。口応えは聞きたくありません」

「申し訳、ありません」


 エルフたちは何か言いたそうにしていたが言葉を飲み込み、爆発しろことスカルドに頭を下げた。そろそろしつこいだろうか。


「おぉーっ、あのエルフたちを一言で」


 圭太はあえて場の空気を読まずに手を叩いた。

 スカルドには及ばないがエルフたちは揃って顔の造形が整っている。モデルとか言ってテレビに出てもなんら不思議ではない美男美女だ。それが悔しそうに顔をしかめている。すごく胸がスカッとした。


「何を感心しているのです人間」


 スカルドがジロリと冷めた視線を圭太にプレゼントしてくれた。


「ああ、俺のことか。初めましてスカルドさん。俺は圭太です」

「はて? 名乗った覚えはありませんが」


 本気で言っているのだろうか。まあ本気か。圭太とスカルドが言葉を交わすのはこれが初めてだ。名乗っていないのに名前を知られているわけがないと思うのも無理はないかもしれない。


「シャルロットが名前を言っていましたよ」

「なるほど。人の会話に聞く耳立てていたというわけですか」

「人聞きの悪い。この場にいれば会話が聞こえるのは当然でしょうに」


 バカにされたので、こちらも全力で皮肉を返す。

 言葉の裏にはそんな単純なことも分からないかくそったれ、という気持ちを込めている。込めているが、圭太は人の好い笑顔で言い切ってやった。


「ほう。肝が据わっている。面白い人間を連れてきましたねシャルロット」

「イブ様が見出した人間です。わたしも気に入っています」

「それはそれは。あのクソガキの知り合いでしたか」


 全身が焼かれたのかと思った。

 スカルドは圭太を一瞥した。行なったのはそれだけ。魔法を使ったわけではないし一歩も動いていない。

 だが確かに圭太は自分が殺されたと錯覚した。シャルロットが冷や汗を流していたのも頷ける。

 この殺気は紛れもなく魔王と同格だ。


「何を考えているのでしょうね」

「……さあ。それは俺にも分かりません」


 肩をすくめてみせたが、圭太の声は震えていた。


「俺が来たのはエルフと話をしたかったからです。スカルドさんなら問題ないですね?」

「はい。某はエルフの族長を務めています」

「率直に言います。魔族と共に戦ってください」

「お断りします」


 デスヨネー。

 予想通りの言葉に、圭太は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「魔王は死んだと聞いています。我々が残党と手を組む理由がない」


 今の魔族を残党とは言ってくれる。でもま、イブとシャルロット以外に戦闘能力はほとんどない。人間にビクビク震えている魔族は確かに残党と言えるかもしれない。

 その残党のリーダーが目の前にいるにもかかわらずスカルドはまったく気にしていないようだった。


「イブ様は生きています。スカルドなら分かるはずです」

「ええ。ですがあのクソガキがわざわざ代理を立てるとは思えません。動けない何かがあるのでしょう?」


 スカルドは反論を許さない目をしていた。なんとか言葉を絞り出したとしても、すぐさま論破されるだろう。

 口喧嘩でも勝てるような相手ではなさそうだ。ちなみに実力勝負は論外だ。


「ご名答。さすがエルフの長。賢人とか言われてたりしない?」

「ケータ? なぜ教えるんだ」

「仕方ないだろ事実なんだから。隠したって無駄だって」


 シャルロットが責めるような顔で睨んでくるが、圭太は肩をすくめて振り返った。

 魔族側の事情はすべて看過されている。そのうえでスカルドは、エルフは協力しないと言っているのだ。

 これ以上の話し合いは無駄だろう。少なくとも魔王が代理を立てる必要などないと証明できなければ話にはならない。


「隠し事を良しとしない性格は認めます。ですが口は災いの元でも――」

「俺たちが勝つためには、この大陸から人間を追い出すためにはエルフの力が必要不可欠です」

「ほう?」


 圭太は首だけを動かして、スカルドに向ける。


「俺、諦めてませんから」

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