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第四章十一話「なまくら」

「魔物よ!」

「僕が止める!」


 旅を再開して数刻が経った。

 道中現れた四足歩行の魔物、狼みたいな見た目だ、にキテラが叫びサンが剣を抜く。


「じゃあボクが倒すよ」


 いつも通りサンが引き付け、別の人間がとどめを刺す。長い旅の間で幾度も繰り返された連携は、もはや最低限の言葉だけで通じるようになっていた。

 今回の魔物は一匹だけだ。キテラの魔法に頼るには物足りず、クリスはそもそも前線に出るような人間ではない。

 この場でもっともとどめを刺すのに最適な琥珀が、腰にぶら下げている剣を抜いた。


「……あれ?」


 剣を抜いている途中で、琥珀の動きが固まった。


「コハクどうしたの?」

「ボクの剣が」

「わたくしが倒します!」


 戦闘中に動きを止めるのは自殺行為に等しい。

 素早い判断で琥珀のフォローに回ったイオアネスが、逆手に持ったナイフで鮮やかに魔物の首を斬り落とした。


「どうしたのですかコハク。珍しく動きが鈍かったですわね」


 戦闘の最中で突然動きを止めた琥珀に、イオアネスは眉間にしわを刻んで首を傾げる。

 戦闘に慣れていないわけではない。むしろ慣れきってしまっているからこそ、動かないという行為の危険性を知っているはずだ。

 なのに素人同然に立ち尽くしていた。何か理由があると考えるのは極めて自然だった。


「うん見て。これ」


 琥珀は四人に見えるように剣を掲げてみせた。


「何? アダムから貰った剣を今さら見せびらかしたいわけ?」

「違うよ!」


 そんなことするわけないじゃないか。


「そうよね。コハクがそんな性格悪いわけないし。サンならともかく」

「僕をなんだと思ってるんだ」


 突然の流れ弾にサンが眉間にしわを刻み込んだ。

 サンだって自分の武器を自慢したりはしない。むしろ黙っておくぐらいだ。それはサンを除く四人もよく知っている。


「いけ好かない野郎よ。それで、コハクは何が気になるわけ?」


 理解しているがあえて最低な評価を叩きつけて、キテラは話を戻した。


「この剣、アダム様の加護がないの」

「はぁっ?」

「剣そのものもなまくらですね。あくまで元の剣と比べればですが」

「はぁあっ!?」


 剣を観察するクリスとサンの言葉に、キテラは顔をどんどん険しくさせていった。


「ちょっちょっと待ってよ。じゃあまさか」

「うん。これボクの剣じゃないみたい」


 琥珀はあっさりと、キテラが想定していた中で最悪の可能性を肯定した。


「盗まれたってこと!? 神造兵器を!?」

「うーん。みたいだね」

「みたいだねって、大問題じゃない!」


 飄々と腕を組む琥珀の両肩を掴み、キテラは激しく前後に揺らした。

 勇者の剣。アダムが作った神造兵器で魔王を倒すためには必要不可欠な代物なのだ。盗まれたのにどうしてまったく焦っていない。


「アダムの話じゃボクにしか使えない剣って話だったから安心していたけど、どうも盗むぐらいはできたみたい。ホント半端なものしか作らないね」


 首をガックンガックン揺らされながら、琥珀は彼女にしては珍しい侮蔑の表情を浮かべていた。


「アダム様の悪口は聞き逃せないの」

「ボクからすれば誘拐犯だからね? クリスには悪いけど態度を改めるつもりはないよ」

「コハクだけは例外にするの」


 事情を当事者から聞かされているクリスは、信仰心より親友の心境を優先して黙り込んだ。

 琥珀のアダムに対する恨みは並大抵ではない。しかも道を提示されており手の上で踊らされている感覚を抱いている分、やり返しもできない琥珀はただただ恨みを募らせるしかない。


「何を悠長にしてんのよ! 戻るわよ!」


 踵を返して走り出そうとするキテラを、サンが慌てて羽交い絞めにした。


「落ち着くんだキテラ」

「るっさい! 放してよ」

「できないよ! 放っておいたら全部燃やす勢いじゃないか!」

「当然でしょ! よりにもよってアタシたちから盗んだのよ。それも一番大切なコハクの剣を!」


 サンの腕の中で暴れながら、キテラは怒りを露わにする。

 紅蓮の魔法使い、キテラの最も得意とするのは炎魔法だ。

 一般市民は保護対象であるイオアネスやサン、単純に人殺しをしたくない琥珀やクリスと違い、キテラは殺人に一切の躊躇いはない。

 怒りに任せて村そのものを焼き払うことなど造作もない。


「だいたい、アンタが悪いんじゃない。どうしてちゃんと守ってないのよ!」

「……色々考え事があって眠れなかったから散歩してたんだ」

「もうっ! ホント使えないわね!」


 申し訳なさそうに顔を逸らすサンに、キテラの怒りはさらにボルテージを上げる。もはや味方であるサンですら燃やしそうな勢いだ。


「キテラ、いいんだよ。そんなに怒らなくても」


 大激怒しているキテラを目の当たりにしても落ち着いている声音で、琥珀は一歩前に出て意識を自分に集めた。


「はぁ!? 何言ってんのよ!」

「どうせあの剣は売るつもりだったんだ。アダムが余計なことしたせいで売れなくなったけど、実際に使わなければ触れることは実証されたわけだし」


 琥珀からすればあの剣は大切な相棒であると同時に忌まわしきものでもあった。

 あの剣の作成者は憎きアダムであり、剣をふるい続けている限りアダムの手の上からは逃れられないと嫌でも自覚してしまうからだ。あれば楽になる。しかし、なかったとしても困らない代物でもあった。


「アンタねえ! 神造兵器よ神造兵器! 普通の剣じゃないの。アタシだって喉から手が出るくらい欲しかった代物なんだから」

「じゃあなおさらだよ。求めている人の手に渡るならいいんじゃないかな」

「……コハクはこういうやつだったわね」


 キテラはとうとう頭を抱えて項垂れ始めた。


「コハク。それはダメなの。あの剣がアダム様に作られたものだというのを知っているならなおさらなの」

「どうして? この財布なら分かるけど」


 琥珀は腰にぶら下げた無限に金貨が出てくる小袋を取って首を傾げた。

 無限の金貨が出てくるのだから、悪用したらとんでもない影響が出ることぐらいは琥珀でも理解できる。

 何せお金が使い放題なのだ。使い方によっては経済が破綻し、国が滅びる可能性もある。


「過去には神造兵器を求めて戦争が起こったこともあるのですわ」

「えっそうなの?」

「はい。一部の例外を除いてアダム様に直接干渉する方法はありません。よって本来なら神造兵器も世に出回るようなものではないのです」


 召喚された当日に夢でアダムと直接会話した琥珀は実感がわかなかったが、人間側からアダムにコンタクトを取る方法はほぼない。

 だからこそ祈りが届けられるクリスが聖人扱いされているのだ。


「神造兵器、あの剣にも多大な魔力が込められているのは知っているはずなの」

「そうだね。クリスと出会ったときも魔力を使わせてもらったし」


 初めて出会ったときのことを忘れるはずがない。クリスはどことなく嬉しそうに頷いた。


「魔族でもないのに使いこなせない量の魔力が手に入る。アタシみたいな研究者からサンみたく戦う力を求めている兵士まで、それはあまりにも魅力的なのよ」

「いいじゃないか。ボクの手にあるよりはますます」

「戦争が起きたって話を聞いてなかったの?」


 一般人に毛が生えた程度である琥珀が持っているよりキテラが所有していたほうが皆の役に立つだろうしサンならきっと皆を守ってくれるだろう。

 どちらであろうと、琥珀が持っているよりずっといい。そう思っての発言だったのだが、クリスに冷たい目を向けられてしまった。


「神造兵器を手にすれば勝利が確定するの。どれだけ小さな勢力でも例外はないの。つまり、新たな覇権を得るために剣を奪い合うようになるの」


 例えるなら核のようなものだ。いや、個人での運用が可能なのだから核よりも脅威は上かもしれない。

 そんな恐ろしいものを腰からぶら下げていたんだと思うと背筋にうすら寒いものが走った。


「現在お兄様、エドワード様は確認された神造兵器をすべて破壊しています。余計な火種は平和を妨げると言って」

「おかげでたまに闇市で破片が流れたと思ったら法外な値段になっていることがほとんどよ。それでも買い手はいるみたいだけど」

「そんな凄いものだったんだ……」


 自信という言葉を人の形にしたみたいなエドワードでも保管ではなく破壊を選ぶほどの影響力。

 琥珀は八つ当たり気味に思っていた。どうしてそんな凄い物を何の説明もなくポンと渡したんだ。


「ええ。だからあの剣はコハクの手元になければならないのですわ。争いは嫌いでしょう?」

「……うんそうだね。分かった。返してもらいに行こうか」


 戦いは嫌いだ。倒すにしても倒されるにしても、楽しいと思ったことは一つもない。

 だから余計な火種を増やさないためにも、琥珀は踵を返して来た道を戻っていった。

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