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第一章一話「終わり」

「これで終わりだね」


 ふうっと金髪の女が息を吐く。

 灰色の床は長方形に切り揃えた石を規則正しく並べたものだ。天井も同じ灰色の石を積み上げていたのだが、この女のせいで吹き飛んでしまった。


「強いんじゃな。さすがは最強の人間じゃ」


 鈴のような声の少女、名はイブという、が自分で天井や壁を吹っ飛ばした責任を金髪の女に押し付ける。

 この女がすべて悪い。攻撃を一身に受けていればこれほどの被害は出なかったはずだ。

 イブと金髪の女はつい先ほど殺し合いを終えた。金髪の女の勝利という結果で。


「最強ではないよ。ボクよりも強い人間はたくさんいる」


 金髪の女は苦笑して床に倒れるイブを、正確には胸を貫いている黄金の剣を見る。

 つい先ほどまで使っていたこの剣が無ければ金髪の女は負けていた。そう考えて改めて背筋に冷たいものでも流れ落ちたのか、金髪の女は小さく喉を鳴らした。


「人間ごときに負けるワシではないわ」


 イブは両手足を投げ出しており、自分に刺さっている剣を感情もなく眺める。

 装飾はあるが過多というほどでもない片手剣。一目で分かる神々しさはきっと神造兵器だからだろう。道理で簡単にはへし折れなかったわけだ。

 イブは舌打ちした。彼女は黄金という色が一番嫌いだった。


「ボクだって勝てたわけじゃない。君はまだ余裕でしょ?」

「当たり前じゃ。たかが剣を刺したぐらいでッ――」


 自分の胸と床とを縫い付けている趣味の悪い黄金の剣を両手で引き抜こうとして、イブの両手は剣が放った稲妻により弾かれた。

 手が焼けるにおいがする。きっと今手のひらを見たら皮膚が黒焦げているだろう。自分の手が焼かれて喜ぶ趣味は持っていないので確認する気も起きないが。


「無理だよ。その剣は勇者じゃなければ触れない」

「なるほどの。じゃったら」


 すまし顔をしている金髪の女は、どうやらイブの両手がこんがり焼かれることを予想していたらしい。

 気に入らなかったので今度は床を壊して剣から逃れようと両手足に力を込めるイブ。ピクリともしない。

 魔力を両手足に集中して身体強化をしてみるが結果は同じ。というかなんだか魔力の流れが悪い気がする。

 ただの石なら余裕なはずなのだが。と考えたところで思い出した。そういえば謁見の間で戦うのカッコよくね? と床に何重もの強化魔法を施したのだった。イブが魔法で破壊した天井よりは気合いを入れなければ壊れない。完全に見栄を張ったことがあだとなった。


「魔法も使えないでしょ?」

「そうじゃな。この剣には阻害魔法が付与されてるんじゃろう?」

「さすが魔王。ご明察だよ。何度も助けてもらったんだ」


 自分の武器の特性を言い当てられたことがそんなに嬉しいか。

 イブは顔を綻ばせる金髪の女に冷たい視線を叩きつけた。

 殺し合いの最中から気になっていたが、この女はどうやら平和ボケが抜け切れていないらしい。普通は能力が敵に気付かれたら慌てると思うのだが。それほど自信があるのだろうか。まああるか。勇者だし。


「じゃが、ワシを封じ込めるほどではない」


 そのにやけ面を燃やしてやる。

 イブは阻害魔法が体の芯を貫いているにもかかわらず、有り余る魔力を使って無理やり魔法を発動させる。

 広範囲に及ぶ炎の波が、金髪の女目掛け襲い掛かった。


「やっぱり無理か」


 炎が通り過ぎ、金髪の女は同じ場所に無傷で立っていた。

 魔法が当たる直前、金髪の女の全身が光ったのをイブは見逃さなかった。なんらかの魔法を行使したのだろう。その内容までは分からぬが、魔法を難なく切り抜けるのだから単純なものではないだろう。もしかしたら勇者にしか使えない魔法なのかもしれない。


「何度見ても卑怯じゃな。その魔法は」

「魔法というかただの身体強化なんだけどね」

「どんな攻撃じゃろうと避ける魔法なぞ聞いたことがない」

「光の速さで動いてるだけだよ。君には理解できないだろうけどね」


 光の速さと言われてもイブはピンとこなかった。

 光は天から降り注がれるものだ。速さなど持っていないはずである。なのに光の速さとはいったいどういうことなのだろうか。

 この世界にガリレオやニュートンはいない。だから光が速さを持つということをイブは知らなかった。

 イブの戸惑いをよそに勇者は何か考え事をしていた。


「そういえば君の名前を聞いてなかったね」

「魔王と呼んでおったではないか」


 何を言うかと思えば、名前が聞きたいとは。

 殺し合いをした相手の名前など知りたいとも思わないイブは、金髪の女の平和ボケした感覚を鼻で笑った。


「魔王は名前じゃないでしょ? それとも名前がないとか?」

「人間に名乗る名などない」


 名前はある。魔王に親しい友人たちは彼女をイブと名前で呼ぶ。

 名前に特別な意味があるとは思わない。だけど何だかこの女に教えるのだけは気に入らなかった。


「ボクは小鳥遊琥珀。君の名前は?」

「聞いておったか? ワシは名乗らぬと」

「それは人間に対してでしょ? 小鳥遊琥珀になら教えてくれるんじゃないかなって」

「なんという無茶苦茶な」


 金髪の女改め琥珀の暴論に、イブは目を丸くした。


「強引な人だってのはよく言われたよ。それで? 君の名前は?」

「答えぬと――」

「君の名前は?」

「…………イブじゃ」

「そうかイブか。いい名前だね」


 琥珀は後光が差しそうな笑顔を浮かべた。イブはとても悔しい気持ちになった。


「コハク様!」


 謁見の間に新たな人間の男が現れた。


「サン。そっちは終わったの?」

「はい! 全員勝利しました!」

「――ッ」


 サンと呼ばれた男の言葉に、イブは息を呑む。

 魔王の部下たちがいたはずである。人間と戦っていたはずである。

 人間が勝利したということは、部下は全滅したということになる。


「そっか。皆強いね。二人は?」

「魔力切れということで休んでいます」

「それじゃあすぐに迎えに行こう。ボクも終わったから」


 イブの心にぽっかりと穴が開いている間に話を終えて、琥珀は謁見の間の唯一の扉へ向けて歩き出す。

 もう戦いは終わったと、屈辱的な言葉を残して。


「まだ終わっておらぬぞ」

「コハク様……魔王はまだ息があるみたいですが」

「うんそうだね。だけどこれでいいんだ。魔王は殺せないからね」


 サンは魔王の眼光を前に震えているようだった。だが、琥珀は背中で受け止めているからか気にした様子も見せない。


「殺せない、のですか? コハク様でも?」

「細切れにしてもすぐ元に戻るんだよ? ボクじゃ殺せないよ」


 不老不死じゃからな。舐めるな人間。

 イブは鼻高々に思ったが声には出さなかった。どこぞの勇者みたくわざわざ敵に情報を与えるつもりはなかった。


「大丈夫だよ。簡単だけど封印した。勇者じゃないと解けない封印をね」


 封印というか剣を刺しただけなんだけどね、と琥珀は笑っていた。

 イブはその背中に殺意を込めた視線をぶつけていると、扉の前まで歩いた琥珀は振り返った。


「……イブ。ボクは君とも仲良くなりたかった」

「笑わせるな。ワシは魔族でお前は人間。分かり合えるはずがない」

「種族の差を超えて仲良くなれると思っていたんだ。勘は外れたけど」


 何がおかしい。へらへら笑いおって。


「じゃあね魔王。今度会ったときはお茶を飲みながら話をしよう」


 そう言って、琥珀は魔王城謁見の間の扉を閉めた。

 バタリと重たい音がして、扉の向こうの音は遠ざかっていく。


「……ワシ封印されてるんじゃが。再会を望むなら封印を解くべきじゃと思うんじゃが」


 イブは呟いて、もう一度床を破壊しようと魔法を発動させてみるがやはり魔王直々に強化された床には傷一つつかなかった。


「さて、格好つけたツケはどう払うべきじゃろうな」


 イブの言葉に答える存在はいなかった。

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