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ラベンダーのサシェ

「――というわけで、染色魔法というのは、たったひとりの勘違いから生まれたのです」


 そう言ってライカさんは、枝を一本火にくべました。


「“まじない”など、染め物屋がその場で色を染めてみせる見せ物のおまけぐらいに思っていたが……」


「それか、迷信深い田舎でもないと残っていない古ぼけた風習か、ですわね」


 くすくす笑うライカさんに、隣に座る騎士さまは――ふたりは焚き火の近くの手頃な大きさの石に、それぞれ腰かけていました――決まり悪げに視線を泳がせました。


「この“おまじない”には、実は二種類ございますの」


「二種類?」


「ええ。わたくしのようないわゆる古い染色師が使うのは、布を染めるのに使った草花の持つ力を引き出すお手伝いをし、それを布に定着させる魔法。騎士さまがご存知の、街にお住まいの染色師がお使いになるのは、魔法で染め付けた布に、色のイメージの元となった草花の持つ力を()()()()()()()ものなのです」


 ライカさんは荷物の中から白いハンケチを一枚とラベンダーの束を取り出し、そこからひと枝引き抜きました。


 それから、広げたハンケチの上でラベンダーをひと振り、ふた振り――鈴のなるようなかすかな音とともにふわりとハンケチが光り、次の瞬間には、まるでラベンダーからそのまま色を写し取ったかのような青紫色のハンケチがライカさんの手にありました。


「染色師どのも、街の染色師たちと同じ魔法が使えるのか」


 ライカさんは、それはもちろんとうなずきます。


「染料に向いていない植物の花言葉が必要なときや、お客さまが希望なさるときにはそのようにいたしますわ――やはり花そのものの色というのは美しゅうございますから」


 ライカさんは、短く切り詰めたラベンダーをひと束ハンケチに包み、いつもかばんに入っている針と糸で縫い綴じながら答えました。


「わたくし自身は、魔法の力を使わずに染めた色も気に入っておりますし、“おまじない”も、魔法で無理やり運を引き寄せるよりも効き目が穏やかでいいと、森からいらしたお客さまなどはこちらのほうがお好みのようですね」


「森から……」


 呆れたようにライカさんを見て、騎士さまは枯れ枝を一本、火に放り込みました。


「ふふ、ついこの間も、わたくしクマの奥さまに姪ごさんのご出産祝いをクローバーで染めましたのよ――きっと魔法使いさまも、出来る限り魔法の作用を少なくしたいと、古い染色師をとわざわざご指名なさったのですわ」


 最後にクリーム色の細いリボンを結んで、ライカさんはできあがった小さな布包みを騎士さまに手渡しました。


「――これは?」


「もしよろしければどなたか、夜眠れずに困っているかたがいらしたら、このサシェを差し上げてくださいな。よく眠れるようになる魔法をしっかりと染めておりますから」


「そうか――いや、これはわたしが使わせてもらってもいいだろうか」


 しげしげとサシェを眺めながら騎士さまがたずね、ライカさんは目をぱちくりさせました。


「まあ、騎士さまも不眠にお悩みで?」


「……そんな日もたまにはあるだろうから」


 騎士さまが、そのご自身で使うには少々かわいらしすぎる紫色のサシェを大事そうに懐にしまうと同時に、鍋のお湯が沸いたのでした。





・おまじない


 近頃では、染色師は魔法で染色を行うのがその仕事の全てだと思っている人が増えているようです――なんと、魔法以外で布を染める方法があると知らない人までいるのですから!

 そしてそれに従い、染色師本来の技であるはずの花言葉を染め付ける魔法は、よほど迷信深い田舎者か恋に浮かれる恋人たちくらい――それか、伝統と格式を重んじるやんごとない方々ですね――しか信じていないとばかにし、嘲りも込めて“おまじない”と呼ばれるようになったのです。



・サシェ


乾燥させたりポプリにしたハーブを小さな袋に詰めたものがサシェです。部屋に吊るす、枕元に置く、身につけたり衣装箪笥の中に入れるなど、さまざまな使い方ができます。染色師が“しっかりと”染めた布で作ったサシェは、きっとより一層あなたの役に立ってくれることでしょう。



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