悪い魔法使いと呪いの顛末2
「助けて、助けて!」
お姫さまの叫びに、侍女も騎士たちも必死で悪い魔法使いを追いかけました。
足をもつれさせたお姫さまが転んだのにつられて悪い魔法使いがたたらを踏んだ瞬間、騎士のひとりがぱっと剣をひらめかせ、悪い魔法使いの片腕が宙を飛びました。
耳をふさぎたくなるような恐ろしい悲鳴が森に響きわたり、侍女はお姫さまに覆い被さるように身を投げ出し、騎士たちは油断なく剣を構えます。
「やれ、花嫁どのはずいぶんと恥ずかしがりの様子、今日のところはいったん引き上げるとしよう」
憎々しげに騎士たちを睨んで切り落とされた腕を拾い上げると、みるみるうちにそれは大きな黒いカラスに変わり、悪い魔法使いは空に飛び立ちます。
「次の新月の真夜中、花嫁を迎えに行くぞ! 婚礼の支度をよく調えておけよ!」
笑い声はどんどん遠ざかり、やがて騎士たちがほっと剣を納めたとき、侍女がお姫さまを抱き起こそうとして「姫さま!」と悲鳴をあげました。
このときにはもう、お姫さまは恐ろしい呪いに捕らわれてしまっていたのでした。
お城にお姫さまが運び込まれるなりすぐに魔法使いさまが呼ばれました。
しかし魔法使いさまは、お姫さまを見るなり
「これは、わしの力だけでは難しいかもしれぬ」
と、染色師の助けが必要だと言いました。
それも、今流行りの、染色魔法で華やかな色を染め付けるだけではない、もっと古い方法で布を染める染色師だというのです。
お城の人たちは街中走り回って染色師を求めました。
しかし、今どきそんな地味な色を使う染色師など、よほどの田舎でもない限りいやしないだろうと、街の染色師たちは口を揃えて首を振ります。
そんな中、ひとりが思い出したことには、この街から少し離れた場所にある森でわざわざ暮らす、変わり者の染色師がいるらしいということでした。
領主さまと魔法使いさまはその染色師をお城に呼ぶことを決め、それを受けて騎士さまはライカさんの住む森まで馬を走らせた――というわけなのでした。
必要なものはなんでも用意させると言う魔法使いさまに、ライカさんはお城の薬草園を使わせてほしいということ、白い布をたくさんとこのお城にあるだけの糸巻き、お針子さんを何人か、あと大きな鍋や桶など染色に使う道具を用意してほしいとお願いしました。
それからライカさんは、騎士さまに案内された客間のふかふかのベッドで、倒れ込むようにして眠りました――それはもう、夢の訪れる隙もないほどにぐっすりと。
・恐ろしい呪い
己の醜い欲望、恨みや憎しみといったどす黒い感情が魔法の力を伴って凝り固まったもの、それが呪いです。
魔力を持たないただの人が使える、ほぼ唯一の魔法といってもよいそれ――ただびとの使う悪い魔法を“呪い”とするなら、よい魔法は“奇跡”と呼ばれています――を、強力な力を持つ悪い魔法使いが使ったとしたら、いったいどれほど強固で恐ろしい呪いとなるのか、想像もつかないことです――。