悪い魔法使いと呪いの顛末1
こんこんと眠り続けるお姫さまの様子に、ライカさんははっと息をのみましたが、すぐにお姫さまを繭のように厳重に取り巻く魔法――いえ、これはもはや呪いというべきものでした――の力を感じとりました。
「お前さんを呼んだわけがわかったかね?」
そう訊ねる魔法使いさまに、ライカさんは眉を寄せながらうなずきました。
「はい――でもこれは、なんてひどい……」
たしかにこのようなたぐいの呪いに、染色師のわざは――とくにライカさんのように古い染色師のものはとても有効なのです。
「いったい、姫さまの身になにが起こったというのですか?」
――魔法使いさまと侍女さんの説明によると、それは、こういうわけなのでした。
今から二日ほど前の早朝、お姫さまは侍女をひとりと騎士がふたりというわずかなお供だけを連れて、お城の庭からつながる森に出ました――それはいつものことで、森には危険な動物もいないからと、誰も心配などしていなかったのでした。
森の小道を散策していると、道端の切り株に腰かけているおじいさんがいました。
お姫さまはとても気さくな方でしたから、おじいさんが薄汚れ、ぼろぼろの服を着ていることも気にせず話しかけました。
「こんにちは、おじいさん。気持ちのいい朝ですね」
「ああ、まったくだね」
おじいさんはまぶしそうにお姫さまを見上げ、訊ねました。
「ところで、娘さんはあの城の姫君でいらっしゃる」
「ええ、その通りだけど――」
そのとき、おじいさんの懐からなにかがこぼれ落ち、お姫さまの足元までころころと転がってきたのです。
「おっと――」
「あらおじいさん、どうぞそのままでいらして」
身をかがめ手を伸ばそうとするおじいさんをとどめ、お姫さまはその古ぼけた木彫りの人形を手に取り、「まあ!」と声をあげました。
なぜなら、その人形は顔から服から、なにもかもお姫さまそっくりに作られていたのでした。
「わしは、嫁取りの旅をしているのだよ」
そう言って、おじいさんはにやりと顔を歪めました。
「そら、運命の相手は、この人形が教えてくれているぞ!」
気味が悪くなって、思わず人形を放り投げてしまったお姫さまの腕をつかみ、「さあ、さあ!」とおじいさんは狂ったように笑い、お姫さまを引きずるようにして走り出しました。
「今すぐわしの城に帰って祝言をあげるとしようか! 参列客は悪魔と魔女たち、蛇の生き血で祝杯をあげるとしよう。ごちそうはネコの目玉か、イヌのはらわたか、花嫁どのはなにがお好みか?」
なんということでしょう、おじいさんは悪い魔法使いだったのです。
・悪い魔法使い
人のためにその力を振るう“よい魔法使い”がいるなら、私利私欲のために力を使い、周りの迷惑を省みない――どころか、むしろ喜んでそれをするような“悪い魔法使い”だってもちろん存在します。
なぜ悪い魔法使いはお姫さまを狙ったのか? 継母とその娘は醜く、彼女らに虐げられるかわいそうな妹は美しいのと同じように、動物の姿に変えられた王子――あるいは王女が恋人の献身で元の姿と取り戻すのと同じように、それは「そういうものだから」としか言いようがないのです。