眠れる塔のお姫さま
夜の女神が薄橙色のドレスをたなびかせて明けの明星と一瞬の抱擁を交わすころ、ライカさんと騎士さまを乗せた馬は、領主さまのお城の門にまるで風のように飛び込みました。
騎士さまに馬から抱き下ろされたライカさんはそのままお城の中に運ばれ、顔と手を拭かれて髪を簡単に整えられ――気づけば領主さまの目の前に立っていました。
「――そなたが、森の染色師か」
「はい、その通りにございます、殿さま」
ライカさんは膝をついて深く頭を垂れます。
なにか心配ごとがあるのか、眉間にしわを寄せひどく疲れた顔をした領主さまは、ライカさんがとても若いことに驚いていましたが、すぐにライカさんの手を取って顔を上げさせ、どうか楽にしてほしいと言いました。
「急なことにも関わらず応じてくれたことに感謝する――そなたを呼んだのは、他でもない、我が娘にかけられた呪いを解いてもらいたいからなのだ」
それを聞いたライカさんは目をぱちくりさせて、
「それは、はい、わたくしで力になれることなら喜んで――ですが、あの……お城にはわたくしなどよりよほど力のある魔法使いさまがおられるのでは……?」
とたずねました。
「その魔法使い本人が染色師――それも古い力を持つ染色師が必要だと言ったのだ。彼と姫の待つ塔へ案内させよう。どうか、姫を救ってほしい」
そうして領主さまとの謁見は終わり、ライカさんは、領主さまの部屋のすみに控えていた騎士さまに、まるで子どもを抱くようにして再び運ばれていきました――夜通し馬に乗って疲れはてていたライカさんにとって、ありがたいことではありましたけれど。
お城の一角に佇む優美な塔をぐるぐるとのぼった最上階、そこはお姫さまの寝室でした。
部屋の真ん中に置かれた天蓋付きの大きなベッドの脇に侍女さんが控え、白い髭のおじいさんがちょんと丸椅子に腰かけています。
「ああ、染色師どの、よく参られた――」
おじいさんは、長く伸びた眉毛と髭に埋もれそうな顔をくしゃくしゃにして笑いました。
ライカさんには、このおじいさんが力のある魔法使いだとすぐにわかりましたから、騎士さまに床におろしてもらい、丁寧に膝を折りました。
「染色師の力をお求めと伺いました、魔法使いさま。――わたくしは、なにを染めればよろしいのでしょう」
「そうじゃのう」
と魔法使いさま。
「まずは姫さまにお会いしてもらおうか」
そう言って、魔法使いさまが侍女さんにうなずきかけ、ベッドをおおう美しい光沢の布が左右にかき分けられました。
そこには、なんということでしょう、白い陶器のようになめらかな肌にバラ色の頬と唇、輝く金の髪を絹のシーツに波打たせた美しい――それはそれは美しいお姫さまが、静かに眠っていたのでした。
・夜の女神と明けの明星
夜の女神と彼女の恋人である明けの明星は、毎日夜が明けきるまでのほんの短い間しか会うことが叶いません(なかなか会えないからこそ思いは募るものなのかもしれませんね)。ふたりは時に愛をささやき、ときに抱擁を交わし――人びとは、とくに色鮮やかな朝焼けの中ひときわ星の輝いている日には、今日は恋人たちのご機嫌がうるわしいのだなどと言い合うのです。
・魔法使い
その領主がどれだけ力のある魔法使いを擁しているかで領地の繁栄と安定は左右され、各領主の集まる場においての格付けが決まるのは言うまでもないことでしょう。
だからこそ、みなこぞって高名な魔法使いを城に招き、野に隠れた賢者を探し当てようと必死になるのです。