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黒の騎士さま

3話同時投稿おわり。


 それは、なんだかひどく胸がざわざわする不思議な夜のことでした。


「風がやまないわね……」


 明日受け取りにやって来るクマの奥さんのために、染めた布を丁寧に折り畳んでいたライカさんは、ガタガタ軋む窓を見ながら不安そうにつぶやきました。


 こんなふうに風の騒ぐ日というのは、何かしら特別なことが起こるものなのです――そしてそれは、よくないこともいいこともいっしょくたになってやって来ることが多いのでした。


 もう寝るからと、普段おさげにしている髪をほどいてしまったのは少し早すぎだっただろうかと、首をかしげたときでした。


 どこからか馬のいななきとひづめの音が聞こえたような気がしました。

 そしてドンドンと乱暴に扉を叩く音に、思わずライカさんは飛び上がり、それから、おそるおそる玄関から顔をのぞかせたのでした。


「はい、どなた――」


「腕のいい染色師がいると聞いた。取り次ぎを頼みたい」


 扉の向こうにいたのは、麦わら色の長い髪をひとつに結び、全身黒い衣裳に身を包んだ若い騎士さまでした。


「あの……」


「火急の用件なのだ、早く染色師殿を」


 風に乱れた前髪を苛立たしげに掻き上げながら、騎士さまはライカさんにそう命じました。


「いえ、騎士さま。わたくしがこの森の染色師でございます」


「そなたが?」


 その答えが意外だったのか、騎士さまはわずかに眉をしかめます。


「だが、その若さで――」


 ライカさんはにっこりと笑いました。


「腕は確かだと自負しておりますわ」


 騎士さまの眉間に寄っていたしわが少し緩みます。


「そうか――染色師の力を必要とする方が待っておられるのだ。わたしと共に来ていただきたい」


「ええ、それはもちろん――」


 ライカさんがうなずいたとたん、騎士さまはずいぶんとせっかちなことに「では行こう」とライカさんの腕を取り、表に繋がれた馬――なんと、騎士さまの服だけでなく、その馬まで真っ黒でした!――のもとへ向かおうと歩き出しました。


「騎士さま、騎士さま――! 待って、どうか待ってくださいまし」


 ずんずんと進む騎士さまに引っ張られるままに、ライカさんは訴えます。


「どのような力をお求めでわたくしを必要となさっているのですか? 手持ちで使えるものがあるなら持って行きたいのです」


 すると騎士さまは立ち止まり、


「……“眠り”と“目覚め”について――これ以上この場で詳しく言うことはできない」


 と言ってライカさんの腕を掴んでいた手を離しました。


 ぱっと家に駆け戻ったライカさんは、大急ぎで奥の作業部屋に向かい、逆さにして吊るしてあったラベンダーとミントの束を油紙に包んで肩かけかばんに押し込み、それからカモミールの詰まった瓶もひとつ、あとは火の始末と戸締まりの確認をしてからクマの奥さんのための包みを玄関の郵便受けに入れ、騎士さまのもとに戻りました(なんと、その間たったの二分でした!)。


 すでに出発の用意を済ませて待っていた騎士さまがライカさんの手を取ったかと思うと、あっという間にライカさんは馬の背の上、騎士さまの懐に納まっていたのでした。





 半分に割ったアンズのような月の明かりを頼りに、馬は走ります。


「ライカ、ライカ――」


 ごうごうと風を切る音にまじって、フクロウさんの羽ばたきが聞こえます。


「ライカ、こんな夜中にどこへ行くんだい」


「これから大事なお仕事なの――!」


 ライカさんは夜の森に向かって叫びました。


「お願い、クマの奥さんに伝えて、ご注文の品は郵便受けに入ってますって!」


「よくよく気をつけてお行き、きっと無事で帰ってくるんだよ、ライカ、ライカ――……」


 しばらくライカさんたちを追うように飛んでいたフクロウさんは、名残惜しそうに森へと戻っていくのでした。





・ハーブを収穫するには


 できれば晴れが幾日か続いた日の、朝露が消えたころに収穫しましょう。花が咲く直前のものがもっとも香りも薬効も高く、従って染色魔法にも最適とされています。

 もし収穫に適した時期、時間を逃してしまったハーブを使う場合でも、あらかじめ適切に収穫、保存しておいたものをひとつかみ加えることで、その効果を補うことができます。だから、染色師にとって、ハーブを育て、収穫することは大切な仕事のひとつなのです。

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