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ボダイジュの下で

 ライカさんは領主さまからお褒めのお言葉と金貨の入った包みを、お姫さまからは感謝のお言葉をいただき、森に戻りました。


 行きとは違って昼間に、騎士さまはゆるやかに馬を走らせます。おかげで、ライカさんは周りの景色を眺め、騎士さまと会話する余裕もありました。


「おかえりなさい、ライカさん」


「おかえり」


「おかえり、ライカ」


 森に近づくにつれて、小鳥が、キツネが、フクロウが、リスが、森の仲間たちが次々にやってきて騎士さまとライカさんを乗せた馬を先頭に続く様子は、まるでちょっとしたパレードのようでした。


 森のすみっこの小さな家の前で騎士さまはライカさんを丁寧に――それはもう、ふわふわのケーキを扱うように丁寧に下ろし、二言、三言ライカさんと別れの言葉を交わすとお城へと帰っていきました――好奇心旺盛な動物たちが何匹か、馬を追って駆けていきます。


 郵便受けには、ハイイログマの奥さんと、ウサギのお嬢さんからのお礼の手紙が届いていました。家の中は、なにもかも出る前のままでした。

 こうして、ライカさんはいつもどおり森の仲間たちや近くの村の人たちの注文を受けて布を染める日々に戻ったのでした。




 そして、これきり、黒の騎士さまに会うことはありませんでした――――ほんとうに? あなたはほんとうにそう思いますか?








 秋もだいぶ深まったころ、ライカさんは村である噂を聞きました。


 なんでも、お城のお姫さまを大いに助けた染色師への褒美のひとつとして、その染色師の住む森を守り、管理するものを置くことになったというのです。


「それにしても、姫さまをお助けしただなんて、ライカさん、いったいどんなすごいことをしたんだい?」


「あら、わたしは姫さまの夢見がお悪いとのことで、少しばかり力をお貸しただけですけど」


 ライカさんが家に戻ると、なんとお城から注文が届いていました。婚礼の衣装用に同封した布――それは大変上等な絹でした――をクローバーで染めてほしいというものでした。


「まあ、姫さまのご結婚が本決まりになったのかしら、おめでたいことだわ」


 ライカさんはお城で聞いた噂を思い出し、あの美しいお姫さまが淡い緑色の衣装を身に付けたならどんなにおきれいだろうと、それを染めたのが自分というのはどんなに名誉なことだろうと思いました。


 でも、どうしてなのでしょうか。少しだけ――ほんの少しだけライカさんの心は重かったのです。






 その日は、新しい森の管理人さまがいらっしゃる日でした。今ごろは、きっと村の人たち総出で歓迎の準備をしていることでしょう。

 ライカさんはといえば、染め上がった布を手に、布が仕上がったことを連絡しようか、それとも直接お城まで届けに行くべきかしらと頭を悩ませていました。


 トントントン。


 そこへ、控えめに玄関の扉が叩く音がしました。ライカさんはいったん布をテーブルに置き、玄関へと向かいます。


「はい、どなた――まあ、騎士さま!」


 そうです、そこに立っていたのはあの黒の騎士さまだったのです。


「――注文の品を、受け取りに来たのだが」


 どこか決まり悪げに騎士さまは言いました。


「まあ、わざわざ騎士さまがおいでくださったのですか? こちらからお城へお届けにあがりましたのに」


 目をぱちくりさせるライカさんの前に騎士さまはひざまずき、ライカさんの手を捧げ持つと、


「あの布はわたしが個人で頼んだもので、そしてあなたのものでもある」


 と言いました。


「騎士さま?」


「わたしのことはリーンハルトと」


「リーンハルトさま……」


「染色師どの――ライカ、ライカどの、どうかわたしと結婚を――」




 よく晴れた春の日、お城のお姫さまを悪い魔法使いから守った功績を認められ、小さな森を領地として与えられた騎士さまと、ライカさんの結婚式が行われました。


 村の人たちも森の仲間たちも、みんなふたりを祝いに来てくれました。


 隣の領主さまの息子と婚約が整ったばかりのお姫さまも、魔法使いさまといっしょにお城から駆けつけてくださりました。


 ウサギの若夫婦は、かごいっぱいに摘んだ花をぴょんぴょん跳ねながら撒きました。


 ハイイログマの一家――ついこのあいだ新しい家族が増えました――から、はちみつをたっぷり使ったケーキが贈られました。


 森の賢者と呼ばれるフクロウがふたりを言祝ぎました。


 キツネがフィドルをかき鳴らし、ゴシキヒワが歌いました。


 人も、動物も、みんな食べて飲んで陽気に踊りました。


 森の広場に立つボダイジュの下で、花嫁と花婿は顔を見合わせて笑い、それから何度めかのキスを交わしました。



挿絵(By みてみん)




 実はわたしも招待されてライカさんたちの結婚式に出席していたのですよ――そこであやうく蜂蜜酒を飲み過ぎて酔い潰れてしまうところでした!

 わたしはこのおはなしを書くために一足先においとましたのですが、きっと今でもお祝いの宴は続いていることでしょう。嘘だと思うなら、ライカさんの住むあの森に行ってごらんなさい、楽しい音楽や歌が聞こえてくるはずですから――。





・ボダイジュ


 愛や優しさを象徴するボダイジュは、薬草として、楽器や彫刻の材料として古くから親しまれてきました。また、裁判や祝祭、結婚式などが行われる神聖な木でもあり、同時に人びとの憩いの場でもありました。

 人びとはボダイジュの下で歌い、踊り、梢に止まった小鳥が見守る中、若い男女はつかの間の逢瀬を楽しむのです。

 


・四つ葉のクローバーの花言葉

「幸運」「わたしのものになって」



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