表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

戦い

 おぞましい呪いは消え去りました。


 今お姫さまを包んでいるのは、真に純粋で穏やかな眠りだけでした。魔法使いさまの見立てでは、もうしばらくもすれば――遅くとも明け方までにはお姫さまは自然にお目覚めになるとのこと。


 お城の人たちは、抱き合って喜びました。


 ――さあ、あとは、この新月の夜を乗り切るだけです。






 お城では至るところにかがり火が焚かれ、そこに魔除けの香がくべられました。そして、お城の中も外も騎士たち、兵士たちが総出で寝ずの番に立ち、悪い魔法使いを待ち構えます。特にお姫さまの眠る塔の周りは領主さま自らが先頭に立ち、部屋の扉の前も厳重に守られています。


 ライカさんは、騎士さまや魔法使いさま、お姫さま付きの侍女さんといっしょに、お姫さまの部屋の中で一晩を過ごすことになりました。


 ひと月のなかで一番暗い夜がやってきます。


 ちょうど真夜中にさしかかったころ、侍女さんの頭がかくりと落ちかけたときでした。テーブルに置かれたランプの影がじわりと広がり、黒く盛り上がりました。


 あっ、とライカさんは声をあげ、魔法使いさまは杖を、騎士さまは剣を構えてお姫さまやライカさんたちをかばうように前に出ます。


「さあ花嫁どの、そなたの花婿が迎えに来たぞ。婚礼の支度は整っているか?」


 姿をあらわした悪い魔法使いは、黒く焼けただれたような顔半分を片手で押さえながら、憎々しげにライカさんたちを睨み付けました。


「おのれ老いぼれ、お前のしわざか、姫にかけた魔法は完璧だったはずだ」


「だが、こうして呪いは解けておる」


 飄々と答える魔法使いさまへの返答は、どす黒い恨みのこもった魔法の一撃でした。


 魔法使いさまは杖を振りかざし、攻撃を防ぎます。侍女さんの甲高い悲鳴があがりました。


 部屋の外からは、異変に気づいた人びとが扉を破ろうと、必死に体当たりしたりなにかを打ち付けているような音が聞こえます――どういうわけか、扉は不思議な力で押さえつけられているかのようにびくともしないのでした。


 悪い魔法使いが再びお姫さまに呪いをかけようと杖を振るうのを、魔法使いさまがすばやく呪文を唱えて弾きました。ぱっと砕けたその呪いは無数の赤い目をしたカラスに姿を変え、一斉にお姫さまに襲いかかります。


 ライカさんはカラスとお姫さまのあいだに立ちふさがり、侍女さんはお姫さまにひしと抱きつきます。そして騎士さまが目にも止まらぬ速さで剣をひと振りすると、ばさばさとカラスたちは床に落ちていきました。


 手強いと見たのか、カラスは標的を変え、その爪でくちばしで騎士さまの目をつつこうと群がり、ぎゃあぎゃあ叫びます。


 騎士さまが剣を閃かせるたびにカラスはその数を減らしていきます。しかし、またそれと同時に飛び散る羽が少しずつ騎士さまのからだに降り積もり、呪いが染み込んでいくのでした。


 ライカさんは思わずカラスが飛び回っているのにもかまわず騎士さまのそばに駆け寄ると、手にしていたヤドリギでさっと騎士さまに絡みつく呪いを()()()()ました。そしてヤドリギで()()()()()()()()()、悪い魔法使いの顔めがけて力いっぱい投げつけたのです。


「ぎゃあああ!」


 ぞっとするような叫び声をあげた悪い魔法使いは、両手で顔をおおってよろめきました。それもそのはずです。ヤドリギ――それもオークの枝についた――の神聖な力は、邪悪な存在にとってはなによりも恐ろしく苦しいものなのですから!


 その瞬間、前に飛び出した騎士さまが、悪い魔法使いを袈裟懸けに斬り下ろしました。


 ――苦悶の叫びは、断末魔の叫びとなったのでした。


 やっと開いた扉から、騎士や兵士たちが雪崩のように飛び込んできます。


 悪い魔法使いは――彼の魔力から生まれたカラスたちも――どろどろの真っ黒なタールのように溶け広がり、やがてそれもランプの光に追いやられるようにしてさらさらと消えていきました。


「やれやれ、一件落着といったところかのう」


 魔法使いさまがさっと杖を振ってお清めの呪文を唱えると、心なしか部屋がさっきまでよりも明るくなったような気がしました。


 尻もちをついていたライカさんが――ヤドリギを力いっぱい投げすぎてしまったのです――ほっと息をついているところに、騎士さまがやってきました。


「ずいぶんと無茶をする――」


 ぎゅっと眉を寄せる騎士さまに、ライカさんは震えそうになる口元をごまかすように笑い、


「でも、効果てきめんでしたでしょう?」


 と言いました。


「だが――いや、そうだな。染色師どのには助けられた、心からの感謝を」


 騎士さまはさらに苦い顔でなにか言いかけて――しょうがないといった風に笑い、座ったままでいるライカさんに手を差し出しました。


 そのときです。


「まあ、ずいぶんと騒がしいこと……これはいったいどうしたことでしょう」


 まるで鈴を転がすような愛らしい声が聞こえたのでした。





・オークとヤドリギ


 古くからオークは神、精霊の宿る木として重要視され、さまざまな祭祀、民間信仰の拠り所となってきました。また、ヤドリギも不死の象徴とするだけでなく、魔除けの力を持つとも言われ、とくにオークに寄生したヤドリギは最も神聖なものとして尊ばれているのです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ