糸巻きと魔法の糸
翌朝、ライカさんは薬草園でミントをたっぷり分けてもらい、昨日と同じように騎士さまに手伝ってもらって緑がかった黄色の布を染めました――あたり一面にミントのすっとする香りが立ち込めていました!
それからお城に戻ると、ちょうどラベンダーとカモミールの布を縫い合わせた肌掛けが完成していました。
休む間もなくライカさんは塔に向かい、できあがった肌掛けを眠るお姫さまにかけ、じっと目を凝らしました。
相手を深い眠りに落とし悪夢の中に捕らえる魔法、術者以外が呪いを解こうとするとひどい苦しみを与える魔法――複雑に絡み合い、お姫さまを厳重に包んでいる呪いの繭が、ほんのわずかほつれます。
それは、ラベンダーとカモミールの効き目が表れ、お姫さまが自然な眠りへと導かれ始めた証しなのでした。
ライカさんはすばやくその魔力の先端をつかまえ、用意しておいてもらった糸巻きに慎重に巻きつけました。
「その糸巻きでなにを――?」
そばでライカさんの様子を見守っていた騎士さまがたずねます。
「そうですわね――騎士さまにはご覧になれないかもしれませんけど、ここ――」
と、ライカさんはベッドの上の空間を指差しました。
「ここに、呪いの元となっている魔力があるのですが、今、姫さまを眠らせるのに使われていた魔力が、余った状態になっているのですわ。これはそのままにしておくと、他の魔法に取り込まれてしまいますので、こうして引き剥がしてしまわなければなりませんの」
ライカさんの説明に、騎士さまだけでなくお姫さま付きの侍女さんたちまで感心の声をあげ、ライカさんの手元をしげしげとのぞき込みました。
少しずつ、ほんとうに少しずつライカさんは手を動かして、悪い魔法の繭を巻き取っていきます――古い染色魔法は、穏やかなだけでなく、効果があらわれるのもゆっくりなのです。
ライカさんはそれから三日三晩、魔法の糸を巻き取り続けました――食事はこの部屋まで騎士さまが運んでくださり、片手を動かしながら食べましたし、ライカさんが短い仮眠をとっている間は、魔法使いさまが糸巻きを引き受けてくださいました。
やがてすっかり魔法の糸を巻き取り終わると、ライカさんと魔法使いさまは次にどうするかを相談しました。
「この肌掛けにはカモミールを使っていますから――それに、ラベンダーの沈静作用も手伝ってくれますでしょうし――このままでも悪夢を退けることは可能だと思いますの」
「ふむ……しかしそれではだいぶ時間がかかるのではないかね?」
「ええ、その通りですわ」
ライカさんは重くなった目と頭を振り払うようにひとつうなずきました――眠りの魔法を全て巻き取ったあとで改めて呪いの繭を見ると、はじめに思ったよりもずいぶんと分厚く悪夢の魔法でおおわれているようなのです。
「ですから、梨の木を使って姫さまのお心の回復を促すのがよろしいかと」
「なかなかよい考えじゃ」
「では、さっそくこれから――」
お城の果樹園に梨の枝を分けてもらいにいこうと立ち上がったライカさんは、なぜか騎士さまに抱き上げられていました。
「その前に、染色師どのはしっかり休むことだ」
「まあっ、でも、騎士さま――」
笑って手を振る魔法使いさまや侍女さんたちに見送られ、ライカさんは客間へと運ばれたのでした。
・魔法を巻き取る
染色師が染めるのは、なにも布だけではありません。糸を染めることだってあるのです。ですから染色師にとって、糸の扱いはお手のものですし、魔法使いほどではないにしろ魔法を身近なものとしている染色師が魔法、魔力を糸に見立てることだってお手のものなのだと、賢明なみなさんにはいとも容易くおわかりになることでしょう。
・ミント
ミントにはさまざまな効能があることが知られています。緊張を和らげる鎮静作用やリラックス効果、風邪の防止などにも有効な殺菌作用、胃もたれの解消にも役立つ整腸作用などなど――また、その清涼感のある香りは覚醒を促す効果があり、あなたの目覚めをすっきりとサポートしてくれることでしょう。
・カモミールの花言葉
「逆境に耐える」「苦難の中の力」
・梨の花言葉
花→「愛情」
木→「慰め」「癒し」