まじない歌とうわさ話
さっそくライカさんは桶にお湯を取り分けて布をひたし、それからお城の薬草園で刈り取ったラベンダー――騎士さまが川岸で軽く洗ってくださいました――を鍋に投げ入れ、さらに家から持ってきた束も加えました。とたんに爽やかな香りが立ち上ぼります。
ラベンダー、ラベンダー
気高い夏の女王
どうか力を貸しておくれ
その美しい香りを
姫さまの夢の中に届けておくれ
木の枝で鍋をかき混ぜながら、ライカさんは優しく歌うようにラベンダーへと語りかけ、お姫さまによい眠りをもたらして差し上げてほしいとお願いしました――そしてそれに応えるように、鍋の中のラベンダーはほんのり光を放ったのでした。
煮上がった染液に布をつけ、再びお湯を沸かして媒染液を作り、染液から引き上げた布をひたし――染め上がったその布は、ラベンダーの青紫色の花とは似ても似つかない、だけど落ち着いた灰緑色をしていました。
木に渡したロープにかけられたラベンダー染めの布を、興味深い様子で眺める騎士さまにくすりと微笑んで、ライカさんは次の布に取りかかりました。
薬草園のカモミールと瓶詰めのカモミールの花をあわせて鍋に入れて煮て――やがて優しい黄色の布ができあがりました。
二色の布をお城に持ち帰りよく乾かすようにお願いして、この日のライカさんの仕事は終わりました。
与えられた客間で疲れたからだを休めているところに、食事と、それからランプに火を灯しに召し使いがやってきました。
その人はライカさんのお母さんぐらいの歳のとてもおしゃべり好きな女の人で、ライカさんはお姫さまや魔法使いさま――とりわけ騎士さまについて、とても詳しくなったのでした。
魔法使いさまは、お姫さまがお小さいころからこのお城に仕えていて、お姫さまを自分の孫のようにかわいがっておられること、お姫さまもまた魔法使いさまに懐きとても信頼してらっしゃること。
騎士さまは領主さまの遠縁にあたり、お姫さまとは兄妹のように育った幼なじみ同士であること、昔お祭りでお姫さまが夜の女神役をしたときに、お供の騎士を務めたその衣装がよく似合うと幼いお姫さまに喜ばれたのを名誉に思い、今でも黒い服を多く着ているため“黒の騎士さま”と呼ばれていること、そしてお城や街の若い娘さんたちにとても人気があること――
「それにね、うわさによると姫さまの縁談がもうすぐ整うらしいんだけど、その相手っていうのがなんと、あのリーンハルトさま(リーンハルトさま――それが騎士さまの名前でした)じゃないかって言われてるんだよ!」
「まあ!」
「ご領主さまは、お二人が結婚なすったらどこか領内の町なり村なりをお与えになるんだろうって。姫さまはあんなにおきれいだし、リーンハルトさまだって姫さまの隣に立ってもちっとも見劣りはしないし、お似合いの夫婦におなりだろうねえ」
「ええ、ほんとに――」
「なにしろ、姫さまはリーンハルトさまのことを兄君のように慕ってらっしゃるし、リーンハルトさまだって、姫さまのためにあんなに必死になってあんたを連れてきたんだから」
だから、どうか姫さまのことをよろしく頼むよと頼む彼女に、ライカさんは「もちろんですとも」とうなずきました。
・夜の女神の行列
秋の収穫祭の目玉といえば、夜の女神を称える行列です。
その年の女神役を先頭に、月の従者や星の乙女、女神の守護騎士に選ばれた子どもたちが灯りを手に練り歩く様子は、これからどんどん夜の支配を深めていく季節の始まりにふさわしく――冬に向けて勢力を強めるという性質から、夜の女神は冬の女神と同一視されることもあります――行列の役、とりわけ女神に選ばれることはとても名誉なことなのです。