ライカさんとウサギのお嬢さん
本作に登場する動植物その他に、時代的、地域的な整合性を求めないように伏してお願い申し上げます(なにとぞ……なにとぞ……)。
また、本作での草木染めに関する知識は、素人が趣味で行った経験などによるものであり、これを専門にされる方の見解とは異なる可能性があることをご了承ください。
ライカさんは魔法染色師です。
魔法染色師とは、染める材料となる草の薬効や花言葉を色に溶かし込んで、魔法の糸や布を作る人のことです。
近頃では全て魔法だけで色を染めてしまう染色師さんも増えてきたようですが、ライカさんは、自分の手で草花を採ってきて染め上げる、昔ながらの染色師なのです。
もちろん、その季節に採れない草を扱わねばならないときには、ライカさんだって魔法に頼ります。
それに、魔法ならばこれまでの染めものでは出せなかったような、さまざまな色を生み出すことができますから――たとえばまさにバラのような鮮やかなピンクとか――そのような布が人気なのも知っています。
それでも、本物の草木を使って染め上げた布には、魔法にはない暖かさや味わいがあるような気がして、ライカさんは人の多い街中ではなく、緑の豊かなこの地に工房を構えているのでした。
「トントントン」
おや、誰か、森のお友だちがやってきたようですよ。
「ごきげんよう、ライカさん」
ライカさんが住んでいる、大きな木の根本をくり貫くようにして建てられた小さな家を訪ねてきたのは、ウサギのお嬢さんでした――ふたりは、とても仲よしなのです。
「森の泉のマツヨイグサが今晩あたり満開になりそうなのを、お知らせしとこうと思って」
「まあ、ウサギさん、どうもありがとう。そろそろ泉まで様子を見に行かなきゃと思ってたところだったの」
マツヨイグサは、それはきれいな鼠色に、また媒染剤を変えることで鮮やかな黄色にもなりますから、森の仲間や近くの村の人たちに人気がある花なのです。
「ちょうど今晩は満月だから、今年のマツヨイグサはとてもいい色になりそうね」
そう言って、ライカさんはにっこり笑いました。ウサギさんもにこにこうれしそうです。
「ねえライカさん、今度マツヨイグサでハンケチを一枚染めていただけないかしら?」
そしてウサギさんはほんのりはにかんで、ないしょ話をするようにライカさんの耳に顔を寄せました。
「あのね――わたくし、マツヨイグサを贈りたい方がいるの」
「まあ!」
ライカさんは、これは気合いを入れて染めなければ、とうなずいたのでした。
マツヨイグサは夜に花開き、明け方につぼみます。別名をツキミソウと呼ばれるくらいですから、月と関連の深い花とされていて、月の光をたっぷりその花に浴びたマツヨイグサで染めることで、魔法の効果もまた一段と高まるのです。
おあつらえ向きに、今晩は月の光がまぶしいくらいのよく晴れた夜でした。
もしかしたから来年あたり――早ければ春にでも――ウサギのお嬢さんによく似た、かわいいふわふわの赤ちゃんに会えるかもしれません。
花ごと根本から刈り取ったマツヨイグサをかごに入れながら、ライカさんは押さえきれない笑みをこぼしました。
『小さな染色師さんと黒の騎士さまのおはなし』イメージ
・魔法染色師
みなさんもご存じのとおり、今どき染色魔法の使えない“普通の”染色師など滅多といないものですから、たいていの人は魔法染色師のことをただ“染色師”とだけ呼び、それで十分通用するのです。
・マツヨイグサ
マツヨイグサにはメマツヨイグサ、オオマツヨイグサなどいくつかよく似た種類が存在しますが、染まる色にはほとんど違いがありません。
マツヨイグサのよく知られた花言葉は「協調」「ほのかな恋」、人気がある染め物だというのもうなずけますね(友だちや意中の相手への贈り物にと、特に若い娘さん方に好まれているのです)。