アリシエ・オルレアン①
「聖騎士、アーシェ様!転移者が現れました!」
教会の詰め所で待機していると、突然衛兵が入ってきてそう告げた。
異世界からの転移者…。
この世界における、変災の一つ。
それも、強大な力を持った暴威。
聖騎士は人々を守る騎士であると同時に、この転生者鎮圧の騎士でもある。
故に、出現したばかりというこの転生者を放っておく訳にはいかない。
「すぐに出ます。場所は?」
私は鋼の剣を手にしながら問いかける。
「リデア像の前の広間です!現在衛兵が取り囲んでおります」
「わかりました。
無理な戦闘は避けるように。
生まれたての転生者とは言え、力は強大のはずです」
そう伝えると、「御意。ご武運を!」と衛兵は私に告げた。
私は詰め所を飛び出し、跳躍する。
"疾風の加護"を受けしこの身は羽のように身体が軽くなり、風のように疾走する。
ほんの1分もかからずに広間へと到着するが、既にそこには転生者の姿はなかった。
衛兵達の声が響き、「あっちだっ!」「そっちにいるぞ!」とあちらこちらで叫んでいる。
その声から移動先を予測し、こちらも駆け出す。
正直、追いつけない事に驚いた。
疾風の加護は伊達ではない。
馬よりも早く、建物も乗り越える跳躍力も持っている。
おおよそ、障害物というものに妨げられず全力疾走できるのにも関わらず、転生者には追い付けなかった。
やはり化け物…。
どこかで猛威を振るう前に、ここで捕らえなければ。
精霊の声を聞き、転生者が辿った道を追う。
そして行き着いた先は林を抜けた高台だった。
街が一望できる、眺めの良い場所で、大分街からは離れている。
もうこんなところまで移動しているとは…。
そしてそこに少年はいた。
年の頃は私と同じか、少し下だろうか?
黒い短髪は切り揃えられ、肌艶の良さからも割と良家の人間であると推測する。
服装は真っ黒い服を上下に、中には白いシャツを着ている。
真っ黒い服装が不気味ではあった。
その少年は息を整えながら街を眺めていた。
「やっと追いついたわ。
こんなところで一休みなんて、悠長なものね」
声をかけると少年は振り返る。
少し驚いた顔をして私の顔をジッと眺めて、ゲンナリした顔になる。
私はゆっくりと剣を構えた。
「"疾風の加護"を持つ私ですら追い付けない速さなんて、やっぱり化け物ね。
人間とは思えない」
少年はゆっくり立ち上がって口を開く。
「あのー…俺って多分この世界の人間じゃないんだよね。
まだこの世界に来て間もないと思うんだけど、追われるような事しましたっけ?」
この世界に来て間もないのだからそこに疑問を持つのは当然か。
理由もわからず追い掛け回されたのだから、それは心中穏やかではないだろう。
「ええ、勿論あなたがこの世界の人間じゃない事は知っているわ。
異世界転移者…なのでしょう?
あなたのような異世界転移者は初めてじゃない。
珍しくはあるけれどね。
あなたにとっては残念な事だけれど、この世界において異世界転移者と呼ばれるモノは歓迎されないの」
理由くらいは説明してあげよう、と口にする。
少年の顔はしかめっ面になる。
「なんで歓迎されないか、理由を聞いても?」
「単純な話。
力よ。
能力、と言っても良いけれど、あなた達は人智を超えた力や能力、またはその両方を持っている。
野放した結果、災厄となってこの世界に猛威を振るっている存在もいるわ。
だから異世界転移者が持つ膨大な魔力を常に感知できる結界石をどの街にも置いている。
街に入ったり、今回のように街に突然出てきても、すぐに気付けるようにね」
そう。
準備は万端なのだ。
いつ街の中に転移者が出没しても対応できる処置が施されている。
後手に回ればそれが取り返しのつかない事態にもなりかねない。
「力が強すぎるから、放置できないって事か?
俺、割と人畜無害な方だと思うけどね。
生まれてこの方殴り合いの類の喧嘩もした事ないんだ」
冗談めかしてそう言う少年は両手を上げる。
少し、カチンとくる言動である。
「そう。なら抵抗せずに拘束してくれるなら、こちらとしても手間が省けるわ」
そう言って一歩、二歩と近づく。
すると少年は慌てて反応する。
「待て待て待て!
抵抗はしないが、拘束されるつもりもない。
何で悪い事もしてないのに捕まえられなきゃならんのだ。
弁護士呼んで来い」
ベンゴシ?なんだそれは。
きっと前にいた世界の言葉だろう。
こちらではそんな言葉は通じない。
「ベンゴシが何か知らないけど、拘束してしばらく牢獄にいてもらうわ。
聖教会の人達から取り調べを受ける事になって、完全に無害だとわかれば釈放されるわ」
もっとも、ほとんどの場合は釈放などされないと聞く。
強大な力を野放しには出来ない、という事だろう。
捕縛されたままの転移者達がどうなるのかは私も知らないが…。
「人権とかねぇのかよ、この世界には」
人権を問うてきた。
この世界に勝手にやってきて権利を主張するとはなかなかふざけた奴だ。
「この世界に来て間もない異世界転移者が権利を主張するのはおこがましいのではないかしら?」
失笑を込めてそう言うと、少年は顔を引きつらせる。
これ以上の会話は無意味だろう。
早く捕らえて聖教会に引き渡す。
そうすれば一件落着だ。
「悪いが、大人しく捕まるつもりはない。
乱暴はしないが、抵抗はさせてもらうぞ」
少年は不適に笑ってそう告げる。
良い度胸である。
喧嘩もした事なかったのではなかったんだろうか?
「そう…残念ね」
私はそう呟いて剣を構える。
これ以上語ることもないだろう。
すぐに終わらせる、そう思った直後、私達の頭上を紅いの龍が通り過ぎていく。
あれは…あれはっ!なぜここにっ!!
「俺の事を、異世界転移者の化け物か何かだと思っているようなら、願い下げだ、って事だ」
彼の言葉が胸に突き刺さる。
思い返せば、出会った時に彼へと向けた言葉は実にトゲトゲしいものであった。
『異世界転移者は即ち敵である』
これは聖教会の常識だ。
そうずっと私は教えられてきた。
疑う事もなく。
そして、歴史もそれを証明していたのだ。
しかし、目の前の少年…アキトはその常識を覆しつつある。
確かに、彼の持つ身体能力は目を見張るものがある。
ステータス鑑定を行っていないので、実際どれほどの強さを身につけているのかはわからないが、恐らく身体能力だけなら私よりも強い。
直感がそう告げている。
けれど、彼はその力を無闇に振りかざしたりしない。
むしろ、戦いに関しては消極的と言っていい。
彼も言っていたが、争い事とは無縁の生活を送ってきたのだろう。
彼は言った。
ダークハウンドに対して、
「正直あいつらも怖かった」
そう言ったのだ。
私の知る限り、異世界転移者が恐れるものなど本当に力を持つ勇者や英雄の類だと思っていた。
けれど、彼は弱小の魔物に恐怖したのだ。
それは、ごく一般の人間であれば普通に感じるべき感情だ。
にも関わらず、私はさも当然かのように戦いの場に彼を引きずり込もうとしていた。
彼の言うように、村人を捕まえて「魔物を退治するから一緒に来い」などと言える訳が無い。
けれど、それを頼んだのは…確かにさっき自分が言った仲間だから、というのもある。
でもきっとそれは建前だ。
本音は、自分よりも力のある転移者としての彼の力を貸りたかったからだ。
浅ましい自分を恥じる。
「どうした?なんか泣きそう顔になってるけど」
アキトが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「いえ、なんでもない。
ごめんなさい。
配慮が足りなかったと、自分でも反省しているわ。
今更と、そう思うかもしれないけれど…」
私はそう謝罪を口にする。
アキトはそんな私を驚いてみている。
「いやいや、別にそんなに気にしなくていいって。
仲間って、言ってくれた事、正直嬉しかったしさ。
頼られるのは結構嬉しいもんじゃん?」
アキトはそう言って笑う。
その笑顔を見て、内心凄くホッとした。
「ええ、仲間と思っている事は本当よ。
アキトも私のことを仲間と思ってくれていれば尚嬉しいけれど」
つい、そんな事を言ってしまった。
「ん?まぁそうだな。
アーシェは仲間、なのかな。
っていうより、俺にとっての先導者みたいなもんか?
俺はこの世界じゃまさしく世間知らずだからな。
これからも色々教えてくれよ」
そう言ってアキトは私に手を差し出した。
「うん、勿論」
私は笑顔でその手を握る。
大きな手だ。
体付きはそんなに大きくはないが、アキトには不思議な包容力がある。
傍にいると、なんでも出来るような気がして、とても安心する。
これも異世界転移者の力なのだろうか?
それとも、彼が持って生まれたモノなのだろうか?