コルト村
「見えてきたわ」
アーシェが指をさす。
それは木造の建物が13軒ほどの小さな村であった。
俺達が村に近づくと、一人の老人が近づいてきた。
「これはこれは、聖騎士様ではありませんか。
昨日の昼間、炎龍が上空を飛んでいくのを村人が目撃しましたし、物凄い衝撃音と地響きがありましたが、エールダイトに何かありましたかな?」
心配そうにそう尋ねてきた。
この人はこの村の村長だろうか?
周りに村人が集まってくる。
アーシェは表情を曇らせ口を噤んでいたが、意を決して口を開く。
「都市エールダイトは…炎龍によって滅ぼされました」
村人達にざわめきが起こる。
「それは確かなのですか?」
「はい。私はその時、少しだけ都市を離れていたので助かりましたが、街は"ヘル・インフェルノ"によって今も業火に包まれています」
アーシェはそう言って唇を噛み締める。
「左様でございますか。
お悔やみ申し上げます」
村長は深々と頭を下げる。
アーシェは悲痛に顔を歪める。
「いえ…。
とにかく、早急にクレスタリアへ向かい、聖教会に報告したいと思っています。
荷馬車はありますか?」
村長の顔色が曇る。
「…大変申し上げにくいのですが、炎龍が現れた影響か、魔物の動きが活発化しているのです。
アーソン村からこちらに着いた荷馬車があるのですが、車軸を壊されてしまいまして…。
修理が終わるのは明日の朝になるかと」
「そんな…」とアーシェの顔色が曇る。
「では、馬だけでも」
え、俺馬になんて乗れませんよ、アーシェさん。
「積荷も沢山ありまして、ここに残す訳にもいかないのです。
申し訳ありませんが、修理が終えるまで待っていただけませんか?」
村長は申し訳なさそうに言ってくる。
「待つしかないんじゃないか?
それに、俺は馬には乗れないぞ」
俺はそうアーシェに声をかける。
あまり俺たちが急いでいる姿や焦っている姿を見れば、きっと村人達は動揺してしまうはず。
余計な心配や不安を煽るような行動は避けるべきだろう。
ただでさえ炎龍の脅威が身近にあると断言した直後なのだ。
「そうね…」と、暗い顔を切り替え応えるアーシェ。
「ところで、そちらの若者はどなたですかな?
冒険者か、何かでしょうか?
随分服装がボロボロになっておりますが…」
村長は俺を見て言う。
あ、そういえば、俺お尋ね者じゃなかったっけ!
俺はどう反応するべきか、とアーシェを見る。
「あぁ…えっと…彼は、その。
そう、クレスタリアから来た教会の人なの。
私が彼を出迎えに街の外まで出ている時、炎龍に街が襲われて私達だけ助かったの。
これから一緒にクレスタリアに向かうところよ」
「左様でございますか、災難でしたな」と村長は言った。
あれ…?俺の事を転移者って言わないのか?
それに村人達は気付いていない?
クエスチョンマークが沢山頭に浮かぶが、アーシェは俺を見て、訴えている。
「後で説明するから大人しくしてて」と。
「ともあれ、その服装では流石に目立ちます。
古着であれば差し上げますので、こちらへ」
村長はそう言って俺を促す。
おぉ、めっちゃいい人じゃないか!
俺はお言葉に甘えさせてもらい、村長についていく。
村長は自分の家の中に入り、しばらくしたら出てきた。
手には衣服を持っている。
薄茶色の半ズボンと長袖シャツだ。
「ありがとうございます。助かりました」
俺は礼を言って受け取る。
村長は「災難がありましたが、なにはともあれ命があって何よりです」と同情の目を向けてくる。
まぁ、いろんな意味で災難ではあったよ。
現在進行形でな。
そうこうしているうちに、アーシェがやってくる。
「民泊の2部屋を貸してくれるそうよ」
そう言って先導していく。
おー、ようやく屋根の下で眠れるのか。
正直ここに着くまで二日連続野宿を覚悟していたぞ。
村娘が「こちらです」と案内してくれる。
扉を開くと、狭すぎず、広すぎない8畳ほどの部屋だった。
ベッドはダブルベッドが一つ。
小さな机と椅子が一組。
木の箪笥が一つあった。
ふむ、なかなかいい感じだ。
「鍵はこちらです」
そう言って村娘はアーシェに鍵を渡す。
「もう一部屋はこちらです」
む、俺の部屋か。
それは通路の奥の方にあった小部屋だった。
3畳ほど部屋に、小さなシングルベッドが置いてある。
他にはなにもない。
寝るだけの部屋である。
「鍵はこちらです」
あ、はい…。
なんか、さっきの見た後だと、ね。
いや、別にいいんだよ?屋根があってベッドもあるんだから。
文句ないんだけど、なんかなー、なんかなー。
とりあえず、俺は部屋のドアを閉めて服を着替える。
下着のパンツも少し焼けて穴があいていた。
お尻と大事な所はちゃんと隠れているので、まだ使えるか。
貸してもらった衣服は流石に文明の違いか、だいぶゴワゴアしている。
生地が堅いな~。
でも、地球だって昔ってこんなんだったんだろうなぁ、と思いにふける。
着替え終えて、アーシェの部屋の前に行く。
「コンコンッ」とノックする。
「入っていいわ」とアーシェから返事がくる。
扉を開けると、鎧を脱いで、ベッドに座るアーシェがいた。
青と黒のピッタリとした下地を着て、身体のラインが良く分かる。
腰から白いミニスカートが伸びており、ブーツを履いている。
鎧を着ていたからわからなかったが、アーシェは着やせするタイプだな。
「どうしたの?ぼーっとして突っ立って」
アーシェが不思議そうな顔でこっちを見てくる。
「いや…。
ずっと鎧の格好着てたから、ちょっと新鮮で。
鎧着るより、そういう格好のが良いな、って思っただけだ」
え?とアーシェは自分の衣服を見る。
すると、顔を赤らめる。
「何馬鹿のこと言ってんのっ。
それより、今後の方針!」
そこ座って、と椅子を指差すアーシェ。
はいはい、と俺は椅子に腰掛ける。
「まず、さっきの村長への説明だけど、村長に伝えた通りに演じてね。
あなたが転移者となれば村人は怯えてしまうわ」
「そういえば、なんで村人は俺のことを転移者だとわからなかったんだ?
街の人なんか俺が来た途端に騒いでたぞ」
正直この世界に着いた途端に悲鳴を上げられるって軽くトラウマレベルだったんだが。
どこの怪人だよ、俺は。
「村にはほとんど転移者を探知する結界石はないから。
とても希少価値がある魔石も使ってるし、術式も特殊だから量産できないの。
だから大きな都市にしか転移者を探知する結界石は設置していないわ」
なるほどね。
だからここでは普通に接してくれるのね。
「ちなみにこれから向かうクレスタリアにはその結界石はあるのか?」
「もたろん。
聖教会が指揮する聖騎士団が最も多くいる都市よ。
結界石が反応したら、街の人間よりも先に聖騎士達が反応するでしょうね」
うーわー、俺そんなところに向かってるんだ。
凄く行きたくないんですけど。
それはそれとして、とアーシェは続ける。
「明日まで身動きとれないのは仕方ないとして、さっき村の人から話しを聞いたらゴブリンやオークがこの辺りで暴れているようなの」
真剣な顔で俺に言ってくるアーシェ。
「荷馬車を壊したのもゴブリンの仕業で、村の人達にも被害者がいるそうよ。
それで、どうやらゴブリンの巣が近くにあるらしいの」
うーむ、もう何を言いたいのかわかってきたぞ。
「だから…」
「ちょっとストップ!」
俺は最後まで言われる前に遮ることにする。
「なによ」とアーシェはむくれたような顔をする。
「アーシェ。
確かに俺はクレスタリアに行くまでの道中は協力する、と約束した」
ただな、と続ける。
「俺は戦闘経験が昨日の晩のダークハウンドが初めてだ。
正直あいつらも怖かった。
でも、あの時は自分達の身を守るために戦っただけだ。
俺は基本的に出来れば戦うような事は避けたいと思ってる」
「でも、彼らは困っているわ。
助けてあげないと」
アーシェは俺を咎めるように言う。
「それはアーシェが聖騎士だからか?
じゃあ俺は何だ。
異世界に転移した一般人だ。村人Aだよ。
でも、アーシェ。
お前の認識は違うんじゃないか?
お前にとって、俺は何だ?」
聞かねばならない。
アーシェにとって、俺という存在の、その認識を。
確かに俺はこの世界に来た事で力を得たようだ。
それに間違いは無い。
だからと言って、無敵のスーパーマンになったと俺は思っていない。
思えもしない。
あくまでも俺は一般人だ。
それが俺の認識。
でもきっと、アーシェは違うんじゃないだろうか?
「わたしにとってのアキトは…仲間、よ」
む、仲間ときたか。
「仲間?」
「そう、仲間。
一緒に旅をしている仲間。
だから協力し合いたいって思っているの。
私が困っている時は助けてほしいし、アキトが困っていれば私は助けたい。
そういう仲間。
それが私の認識」
お、おう…。
ちょっと俺の方が恥ずかしくなるような台詞を言いやがって。
「仲間…か…」
「そう、仲間。
だから、今回も、助けてほしい。
私一人じゃ荷が重いかもしれないから」
真っ直ぐ、俺を見つめて伝えるその声はとても強い力を持っていた。
そんなん言われたら…断れないだろ…。
「…わかったわかった。
村人を助ける為に、ゴブリンとオークを退治したいんだろう?
手伝うよ」
出会った当初なら、俺のことなど放って置いて自分一人で突っ込んでいったかもしれない。
最初に出会った時のように。
彼女なりに自分の手の届く距離というのを考えた上での相談たったかもしれない。
少し、俺は意地悪をしてしまっただろうか。
反省だな。
「いいの?」
アーシェは少し不安そうに聞いてくる。
「あぁ、俺への認識の仕方によっちゃ、断ってたけどな」
俺は両手を上げてそうい言う。
「それって、どういう認識のこと?」
アーシェは首をかしげる。
そんなのは決まってるだろ。
「俺の事を、異世界転移者の化け物か何かだと思っているようなら、願い下げだ、って事だ」