奇襲
「まったく、いつの間に他の女の子にまで手を出していたのかしら!」
アーシェは先ほどのミーシャとのやり取りを見て、えらくご立腹な様子。
「別に手なんて出してねぇっつうの。
一緒に狩りしたり、弓の指導をしてもらったりしただけだ」
俺は弁明する。
「弓の指導…それは反り返るアレの事ですか?」
「ぶっ飛ばすぞ、シェリー」
俺はつい乱暴に突っ込む。
「どういう意味なの?反り返る?」
アーシェは意味がわかっていない様子。
「つまりですね…」
「やめろ!説明するんじゃない!」
俺が必死になってシェリーを止める。
シェリーがここまで痴女全開の人だったとは…。
というかシェリーの壊れ具合が大分深刻なレベルになっている。
むしろこれがシェリーの素なのか?
そんなやり取りをしていると、広い海が見えてきた。
そして、港の街も見えてくる。
港には大きな灯台があった。
そして港の近くにはいくつも帆船が海に浮かんでいる。
街は港の近くは多くの建築物が並んでおり、街の外れには廃れたような建物が多く存在していた。
むしろ、それが逆に綺麗な街並みとの比較になり、明と暗をクッキリとさせていた。
「…なんだか、裏表が顕著な街だな」
俺はその街を見ての感想はそれだった。
一見すると港のある美しい街。
けれど、外れの街の存在が空から見ると一際目立つのだ。
すぐにわかる。
ここは、貧富の差がかなりある街なのだと。
俺は街の門にヒポグリフを降り立たせた。
すぐにヒポグリフから飛び降りて、俺はヒポグリフに向けて首にかけたペンダントを翳す。
「“ストレジオ”」
詠唱するとヒポグリフが光りだし、ペンダントの中へと吸い込まれる。
「それ、保管のペンダント?いつの間にそんなもの…」
アーシェが俺のペンダントを指さしてそう呟く。
「いや、ルシアさんがくれたんだ。
この姿じゃあ召喚獣も使えないから、帰りが困るだろう、ってさ。
再召喚の必要がこれでなくなるから便利だし、何より道具も少しなら収納できるしな。
良いアイテムボックスだよ、これ」
俺はそう言ってペンダントを揺らす。
そんな俺達はあらためて門を見る。
かなり大きい。
「まずは門を通りましょう」
シェリーが俺達に声をかけ、俺達は頷くと門へと進む。
上空から見てわかったが、この街は外壁で囲まれている。
エールダイトもそうだったし、クリステリアは湖に囲まれていたが、恐らく魔物の侵入を防ぐ為だろう。
つまり、外から街へ入るには門を抜けなければならない。
空から侵入できない事もないが、突然見知らぬ者がそのような事をすれば衛兵達に取り囲まれてしまうとの事。
門の大きな扉の前に立つと、衛兵が二人こちらへやってきた。
「エルフとは珍しいな。
しかも三人…いや、一人はハーフエルフか。
里からやってきたのか?」
一人の髭面の衛兵が訝しげに俺達を見てそう言った。
「ああ、そうだ。
…少し、迷宮に興味があってね」
俺はそちらの目的を伝える事にする。
「迷宮にか。
それで三人でやってきたとは、随分行動力のあるエルフ達だな。
まぁ、ゆっくり街を見て回ると良い。
ただ、夜道には気をつけろよ。
エルフは目立つからな」
髭面の衛兵はニヤつきながら俺達にそう言った。
もう一人の太っちょの衛兵はアーシェとシェリーをガン見している。
目潰してやろうか、こいつ。
「それじゃ、通させてもらうよ」
俺達は難無く中へと入れた。
エルフ、というのはそこまで警戒はされないのかもしれない。
いや、むしろ歓迎された、という可能性の方が高い。
あの髭面の衛兵が人攫いと繋がっていれば、だが。
「一応中には入れたな」
俺はそう言って二人を見る。
「ええ、けれど、あの衛兵は人攫いとの繋がりがありそうです。
つまり、私達はかっこうの的、という事ですね。
敵をあえて誘き寄せる、という作戦でよろしいですか?」
シェリーは俺を見て問いかける。
「その方が手っ取り早いだろ。
連中の居場所は俺達にもわからない。
けれど、エルフがこうしてうろついてりゃ、向こうからやってきてくれるさ」
そう言って俺は短剣を握りしめる。
「言う必要もないと思うけど、いつでも抗戦できるようにしといてくれよ」
念押しするが、二人とも心配はなさそうだ。
どちらも目が真剣になっており、周りの気配に気を配っている。
とりあえず、俺達は冒険者ギルドへと向かう。
当初の予定通り、まずは冒険者登録が必要となるからだ。
「冒険者ギルドの場所って、二人はわかるか?」
俺の問いかけにアーシェが答える。
「私はこの街に二度ほど来てるわ。
多分、わかると思う。
こっちのはずよ」
そう言ってアーシェが先導する。
街の道は石畳で出来ており、脇にはレンガ造りの建物が立ち並んでいる。
なるべく広い街道を選び、冒険者ギルドを目指す。
すれ違う人達のほとんどは振り返って俺達を見返していた。
「…やっぱり、エルフってのは珍しいんだな」
俺は小声で言う。
「そうですね。
あまり街中で見かける事はないでしょう。
しかも三人も並んでいるとなると、余計に目立つはずです」
一人はハーフですけど、とシェリーが付け加えて言う。
すると、アーシェが立ち止まる。
「どうした?」
俺がアーシェに尋ねると、アーシェが自分の首筋に手を伸ばす。
俺もその手の先へと視線を移動させると、アーシェの首から光る細いモノが突き出している。
…これは!?
次の瞬間、アーシェがバタリッとその場に倒れる。
次の瞬間、俺の目の前を何かがかすめていった。
辛うじて身を躱した俺だが、その何かは地面に突き刺さっていた。
細い、針だ。
「シェリーも注意し…っ」
シェリーに声をかけようと振り返ると、シェリーもその場に倒れる。
やばいっ、どっから狙ってる!?
地面に刺さっている針から対角を見て、どこから射出したのかを確かめる。
そこには三階建ての建物の窓の隙間から穴の開いた棒が伸びていた。
吹き矢か!?
俺は二人を抱えようとするが、すぐにまた針が俺を襲ってくる。
回避性能のおかげで躱し切るが、二人から俺が離れた隙に馬に乗った男達が二人を攫っていってしまう。
それはあっという間の出来事。
くそ、ここまで手際が良いのか!?
その道は他の道よりも人が少なく、今の出来事を見ていたのはほんの数人。
しかし、エルフが狙われる事などありふれた事、とでも言わんかのように、目を反らす。
どいつもこいつも、腐ってやがる!
俺は大きく跳躍し、弓を構える。
「“ヴェントス・アロー”」
俺は矢筒を持たない。
そんなものがなくても、矢を作り出せるからだ。
空手の指先には風が集まり作り出された矢が出来上がる。
その数は五本。
俺は五本の矢を一気に引き絞り、射ち放つ。
放たれた風の矢は馬と騎乗している男に突き刺さる。
射貫かれた男は馬から転げ落ち、アーシェとシェリーも投げ出される。
だが、まだ二人は目を覚まさない。
すると、さきほどの建物の窓が大きく開かれ、そこから影が飛び出してくる。
それは漆黒のローブを身にまとった鋭い目つきの男。
手には短剣を持ち、それを振りかざす。
すぐさまその男に向けて矢を速射する。
しかし、その男は空中で身をよじってその矢を躱す。
そんな馬鹿な!?
男は俺に強烈な蹴りを叩き込み、俺を壁まで吹っ飛ばす。
ウグッと痛みに呻き、顔を上げるとすでに男は視界から消えている。
そして死角から迫る短剣を察知し、転がりながらそれを避ける。
すぐに立ち上がって振り返り、弓を構える。
「ふむ、良い動きだな、少年」
男は感嘆とした声を上げる。
「あまり長くはやりあうべきではなさそうだ」
そう言って男は身構える。
接近戦で弓は不向き。
しかし、この身のこなしの相手と短剣でやりあうのは正直分が悪い。
不向きとわかっていながら、得意な弓でしか戦えないだろう、と俺は判断する。
それに…。
「近距離じゃなけりゃ、良いんだろ」
俺の周りに魔力と旋風が吹き荒れる。
「“ヴェントス・ウィスティオ”!」
風魔法を詠唱する。
巻き起こる風を身に纏い、魔法によって模倣した疾風の加護である。
一気に加速した俺は地面をけりあげ、男との距離を開いて一本の矢を引き絞る。
「“飛燕”!」
放った矢は燕に変わり、男に向かって高速で飛翔する。
この魔法の矢は俺とメーティスで編み出した固有魔法だ。
逃げる敵を追尾し、その敵を切り裂く追尾するカマイタチ。
それを弓から射出する事でさらに加速していた。
本来、これを回避する事は出来ない上に、受けたら致命傷を負わせられる。
はずだった…。
男は高速で飛翔する風の燕に蹴りを放つと、燕は四散してしまった。
蹴りを繰り出したその足には切り傷はまったくない。
無傷である。
「厄介な…」
「それはこちらのセリフだ、少年。
だが、時間は稼げた。
会いたくはないが、続きはまたの機会でな」
そう言って男は跳躍し、遠ざかっていく。
俺はそれを見届け、すぐに駆け出す。
あの二人は!?
俺はすぐにアーシェとシェリーが転げ落ちた場所に向かうが、もう二人ともいなくなっていた。
ここまで…手早くやる連中なのか…。
俺は自分の考えが甘すぎていた事を後悔する。
敵は手練れだと聞いていた。
けれど、戦闘という面では規格外の強敵とやりあった経験もあり、過信があった。
いや、むしろ慢心だ。
相手の事をなめすぎていた。
警戒はしていた。
けれど、こんな形で奇襲されるとは…。
いや、それも想定するべきだった。
あらゆる奇襲を想定し、身構えなければいけなかったのに。
今すぐこの変化を解除すれば、二人の居所は生体感知でわかる。
しかし、それは出来ない。
それをすれば、もうこの街から離れなければいけなくなる。
縛られているこの身体が悩ましい…。
とにかく、連中の居場所を探さないと。
俺は一人になって、街を駆け抜ける。
あぁ、そういえば…この世界に着いた時も、一人で街中を走っていた、と思い出す。
けれど、今は大切な人がいる。
大事な仲間がいる。
当てもなく、俺は街を駆け抜ける。




