アリシエ・オルレアン②
「ォォォ…」
目を薄っすらと開ける。
前を見るとアキトの姿が無かった。
慌てて飛び起きる。
まだ布団には温もりがある。
という事はまだいなくなってそこまで時間が経っていないはずだ。
起きる寸前に聞こえた雄叫びは魔物のもの。
アキトは生態感知のスキルがあるはずだから、逸早く魔物の接近に気付き、迎え撃ちに行ったのだろう。
何故かわからないが、逃げ出した、とは思わなかった。
剣を手に持ち、鎧を着る事もなく外に飛び出す。
村人達も魔物の声を聞いたのか、何事かと出てきている人がちらほらといた。
「みなさん!
魔物が近くにいるかもしれません。
家の中に戻って下さい」
私が声を上げると村人達は青い顔をして直ぐに家の中へと戻る。
アキトがどこに向かったのかを調べなければ。
「“精霊達よ、彼の者の居場所まで私を導いて”」
私は精霊達に祈りを捧げる。
それに応えるように精霊達が淡い光を灯していく。
その光を追おうとするが、その道を阻む者達がそこにいた。
オークだ。
しかも、四方八方にオークがいる。
いつの間に村を囲みこんだのだ?
剣を構え直す。
オーク達は民家を襲い始める。
一番近いオークを首を跳ね上げ、隣にいるオークの心臓を突き刺す。
その身体を蹴り飛ばし、次の民家の前にいるオークを切り伏せる。
ダメだ、これじゃ全てを倒しきる前に犠牲者が出る。
私は剣を両手に握り締め、切り札のユニークスキルを発動させる。
「オーバーリミットマギカッ!!」
アーシェの双瞳が澄んだ青色から輝く金色に変わる。
全身から魔力が一気に溢れ出し、力がみなぎってくる。
それは時間制限付きの限界突破。
魔力とマナか現在持っている能力から飛躍的に上昇させる奥義の一つ。
リミッターが外されたこの状態ならば、通常時では放てない魔法や複雑な術式も行使可能となる。
手の平を空に掲げ、目線は周囲を走らせる。
「“閃光の槍をここにっ”!」
その手の周りに浮かび上がる光の槍はその数三十四。
ズラリと弧をえがいて並ぶその槍は真っ直ぐ空を向いている。
「“天に昇りて、我が敵を穿通せよっ”!」
アーシェが唱え、掲げた手に力を込める。
放たれたのは三十四の閃光の槍。
空高く飛び上がるその槍は遥か上空で地面へと向きを変える。
アーシェは全てのオークを目視し終えると、魔法の術式に目標座標を与える。
「“ラディウスジャベリン”っ!」
アーシェが手を振り下ろし、全ての槍が落雷の如くオーク達に降り注ぐ。
その光景はまさに多重雷。
天から落ちる槍は地面に突き刺さり、オークの身体を消滅させる。
たった一度の詠唱で全てのオークを葬り去る。
たった一回の魔法によって、三十四ものオークの群れは塵も残さず搔き消した。
終わった。
まさに全力の一撃。
オーバーリミットマギカを解除すると、グラリと身体が傾く。
あのユニークスキルの代償は使用後にくる急激な倦怠感と疲労感だ。
うまく力が入らない身体に鞭を打ち、再度アキトの姿を追う。
森の中を走る。
疲労困憊のこの身体だが、すぐにアキトと合流しなければ。
あの数のオークが村にきているにも関わらず、アキトの姿は村には無かった。
つまり、アキトは別の何かと今も尚戦っているという事。
オーク如きにアキトが後れを取るとは日中の戦いから到底思えない。
ならば、更にその上位の魔物と対峙している可能性が高い。
それは何か?
この辺りにいる上位種の魔物を思い浮かべる。
そして、思い当たるのは先月三つの村を滅ぼし、討伐に向かった精鋭の聖騎士6人を虐殺した存在。
オーガ。
最後に目撃されたのはコルト村よりかなり離れた場所だが、それでもあれから一月経っている。
近くにいても不思議ではない。
もしもオーガと対峙するのであれば、アキトと言えど危険である。
そして、それは自分にも言える。
既に自分の切り札は使ってしまった。
再使用までにはまだ時間が必要だ。
オーク如きに使うものではなかったが、直ぐに決着を付けなければ誰かが犠牲になっていただろう。
しかし、切り札を失った自分ではオーガに及ぶべくも無い。
出来る事なら、アキトと対峙する魔物が別の何かである事を祈るのみだった。
しかし、現実は甘くなかった。
精霊の導きを辿り、着いた場所には確かにアキトがいた。
しかし、最初に見た光景は血飛沫を上げながら切り裂かれていくアキトの姿。
その前に立つのは斬撃の風魔法を放ち続けるオーガ。
そして次の瞬間、切り裂かれて体勢の崩れたアキトにオーガの大鉈が喉笛を切り裂いた。
アキトの喉から噴き出る血。
膝を落とすアキト。
その口からも多量の血が零れ落ちる。
「アキトッ!いやあああああああ!」
悲鳴を上げる。
すぐに駆け寄ろうとするが、その前に立ちはだかるオーガ。
私を見るとニヤリと笑う。
「貴様っ!アキトをよくも…っ!」
剣を構える。
オーガは大鉈を構える事もなくこちらをジロジロと眺めている。
「イイオンナダナァ」
舌なめずりするオーガ。
この下衆な怪物を今すぐ切り伏せて、アキトを治療しなければ。
見れば両目も深く切り裂かれている。
酷い怪我だ。
むしろ、あの怪我で生きているのか?
いや、まだ生きている、絶対に…。
死なせはしないっ!
残りの力を振り絞り、疾走する。
瞬時に間合いを詰め、振るう刃は軽く躱され、横っ腹を殴られる。
「バキャッ!」と肋骨が折れる音がして、そのまま吹き飛ばされる。
地面にたたきつけられると口から息と血が吐き出される。
なんて怪力…。
たったの一撃で立ち上がれなくなる。
「カンタンニコワレルナヨ。
タップリカワイガッテヤル」
グゥヘヘ、とオーガが笑う。
悔しい…。
こんな奴に負ける事が。
情けない。
力のない自分が。
そして怖い。
オーガの存在が。
私に向けられているその悪虐の感情が。
色んな感情が湧き出て涙が出てくる。
アキト、ごめんなさい。
守ってあげられなくて。
私は何も守れなかった。
友人も。
愛した家族も。
過ごしてきた故郷も。
全てを失った私を支えてくれた、不思議な少年も。
守りたいものを守るために騎士になったのに。
私は何一つ守れやしなかった…。
「諦めるなよ」
声がした。
ふと目を開くと、アキトがゆっくりと立ち上がろうとしていた。
そんな、どういうこと?
確かに首が切り裂かれたはず。
あれだけの血を流して立ち上がれるのか?
目を見開きアキトを見れば血がベットリとついたその首にはもう傷はない。
「アーシェ、まだ諦めるな。
俺はまだ、負けていない」
アキトは力強くそう言い放つ。
アキト、あなたはあんなに傷だらけになったのに、まだ立ち上がれるの?
その姿に私は胸が熱くなる。
アキトの姿を見たオーガが気分を害したように顔が歪む。
邪魔だ、と大鉈が大きく振るわれるが、それをアキトが手で掴む。
首を刈り取る確かな一閃であった。
それを掴み取った事にオーガは驚いている。
「おい、鬼。
お前、アーシェに手出しやがったな」
オーガが大鉈に力を込めているようだが、やはり動かない。
純粋な腕力でアキトはオーガを優っているのか?
「俺はもう大切な人を失いたく無い。
大切な人を奪おうとする奴も容赦はしない」
アキトの目が開かれる。
開かれたの瞳の色は知っているものと違っていた。
それは吸い込まれそうな程澄んだ翡翠色の瞳だった。
その両眼は力強くオーガを睨みつける。
「かかってこいよ、鬼。
ぶちのめしてやる!」




