異世界転移者は逃げ出します
佐伯 朗人 18歳。
ごく普通の高校生である俺は現在猛ダッシュで逃げています。
何からって?
衛兵からだよ!
何で追われてるかって?
俺が聞きたいよっ!
自分に突っ込みを入れながら、ひたすらに走る。
周りは石やレンガで出来た中世西洋風の建物と道。
体力は全く自信が無いが、今すでに30分程全力疾走しているが未だ速度は衰えない。
むしろ、自分の足の速さに驚いている。
まるで自転車を全速力で漕いでるかのような速度。いや、それ以上かもしれない。
周りの人や物を華麗に避けて、時に超人的な跳躍力をみせて建物の屋根に上り、また走る。
なんでこんな某蜘蛛人間みたいな動きが出来るんだろう、俺…。
とにかく、意味も分からず追われて、それから逃げているのが現状である。
槍とか剣とか向けてくるんだぞ?
そりゃ逃げるわ。
すでに衛兵は撒いたようだが、正直ここがどこだかサッパリわからない。
西欧風の町並みを爆走し、とにかく街から離れる事にする。
さっき追っ手を撒いたと思って裏路地で休んでいたら何処からかやってきた衛兵が「ここにいるぞお!」とか厳つい声を張り上げてまた追ってきたし。
この街はとにかく危険だ。
理由はわからんが、とにかく危険だ。
街外れまで疾走し、林を抜けて街が一望できそうな高台にやってきた。
「流石に…ここまで来ればもう追いつけないだろ…」
ゼェハァと息を整える。
本当に一体全体何で俺が追われてたんだ?
その場に座り込み、街を見る。
綺麗な町並みだ。
ヨーロッパにこんな町並みありそうだなぁ、とボンヤリ思う。
でも、道中明らかに人ではない猫耳や犬耳、はてはトカゲのような顔と皮膚をした二足歩行の生き物もいたし、長耳の美人さんも見かけた。
つまりここは地球ではない。
「異世界…って事?」
俺は異世界に来てしまった。
持っているものは着ていた服と財布、スマホのみ。
服は下校中だった事もあり、学ランだし、スマホの電源はもう30%ほどしかない。
武器はない。
初期装備は貧弱である。
でも、身体能力は目を見張るほど違っている。
確実に足は速くなっており、反射神経もかなり上がっている。
あの速度で走りながら、飛び出してきた猫を華麗に避けたし、人ごみを走り抜けたのに誰ともぶつかっていない。
追ってくる衛兵はぶつかりまくって背後から凄い音もしていたが、気にせず走っていた。
とにかく、身体能力は物凄く向上しての転生らしい。
救いはあったのは嬉しいが、なぜに俺は追われていたんだろう?
それに、追ってきた連中は俺が転生者だと知っていた。
なぜ?
わからない事だらけだ。
頭を抱えていると背後から声をかけられる。
「やっと追いついたわ。
こんなところで一休みなんて、悠長なものね」
え?と思って後ろを見ればすこぶる整った顔立ちの美少女がそこにいた。
ポニーテールの髪は金色に輝き、肌の色は白く、目つきは鋭いが何処となく幼さも見えた。
歳は俺と同じくらいか?
体付きは華奢に見えるが、細い身体に白銀の鎧を纏い、鋼の剣を片手に持ってこちらに向けている。
顔立ちは可愛いのに、めっちゃ睨んでるからめっちゃ怖い。
「"疾風の加護"を持つ私ですら追い付けない速さなんて、やっぱり化物ね。
人間とは思えない」
俺はゆっくり立ち上がって弁明する。
「あのー…俺って多分この世界の人間じゃないんだよね。
まだこの世界に来て間もないと思うんだけど、追われるような事しましたっけ?」
率直な疑問を投げかける。
「ええ、勿論あなたがこの世界の人間じゃない事は知っているわ。
異世界転移者…なのでしょう?
あなたのような異世界転移者は初めてじゃない。
珍しくはあるけれどね。
あなたにとっては残念な事だけれど、この世界において異世界転移者と呼ばれるモノは歓迎されないの」
勝手に連れてこられて歓迎しないとかどんだけふざけた世界なんだ、ここ…。
「なんで歓迎されないか、理由を聞いても?」
「単純な話。
力よ。
能力、と言っても良いけれど、あなた達は人智を超えた力や能力、またはその両方を持っている。
野放しにした結果、災厄となってこの世界に猛威を振るっている存在もいるわ。
だから異世界転移者が持つ膨大な魔力を常に感知できる結界石を大きな街にはどこも置いている。
街に入ったり、今回のように街に突然出てきても、すぐに気付けるようにね」
美少女騎士はそう言って微笑む。
その笑顔、怖いです。
「力が強すぎるから、放置できないって事か?
俺、割と人畜無害な方だと思うけどね。
生まれてこの方殴り合いの類の喧嘩もした事ないんだ」
両手を上げて降参ポーズをする。
「そう。なら抵抗せずに拘束してくれるなら、こちらとしても手間が省けるわ」
そう言って一歩、二歩と俺に近づいてくる。
「待て待て待て!
抵抗はしないが、拘束されるつもりもない。
何で悪い事もしてないのに捕まえられなきゃならんのだ。
弁護士呼んで来い」
俺は両手を前に突き出して後ずさる。
「ベンゴシが何か知らないけど、拘束してしばらく牢獄にいてもらうわ。
聖教会の人達から取り調べを受ける事になって、完全に無害だとわかれば釈放されるわ」
「人権とかねぇのかよ、この世界には」
「この世界に来て間もない異世界転移者が権利を主張するのはおこがましいのではないかしら?」
この娘、その怖い微笑みマジでやめてっ!
「悪いが、大人しく捕まるつもりはない。
乱暴はしないが、抵抗はさせてもらうぞ」
俺はそう言って身構える。
「そう…残念ね」
美少女騎士は気持ちの籠もっていない声でそう呟き、鋼の剣を構える。
怖ぇえええ!
俺素手なのに真剣持ってる奴を相手とか男女のハンデってレベルじゃねぇだろ!
とりあえず適当に躱してまた猛ダッシュするしか…。
そう考えてた時、頭上を何かが飛んでいく。
大きな翼の音を響かせて。
赤い…紅い、鱗の纏った、ファンタジーによく出てくるあの怪物。
「ドラゴン…?」
俺たち二人の頭上を飛び越え、街の真上で飛び上がる。
「炎龍!なぜここに!」
美少女騎士の顔が青褪める。
次の瞬間、紅いドラゴンの口から炎の弾が吐き出される。
大きさは家一個分くらいのでかさ。
もはや隕石レベルである。
それが街の中央にある時計台へと落ちていく。
「伏せろっ!!」
俺は飛び出し、美少女騎士に覆い被さってその場に倒れる。
そして熱風と風圧、爆音がやってくる。
あまりの衝撃に伏せていたにも関わらず吹き飛ばされ、転がっていく。
耳鳴りがして音が聞こえない。
視界もボヤけているが、すぐに明瞭になる。
視界に映った景色は、さっきまで見ていた夕暮れに照らされた綺麗な町並みとは程遠い…。
瓦礫と、炎に包まれた街の残骸だった。
俺は…本当に何で、この世界に来てしまったんだろう?