10秒97
かごの中からボトルを取り出し、部員に手渡しで渡していく。
「沙織!こっちにも頂戴!」
遠くで呼ばれた声がして沙織はその場にかごを置きボトルを一つ取り出して声の主に届けに行く。
「自分で取りに来なよナツ」
沙織はそう言いながらも笑顔でナツにボトルを手渡した。
「ごめん。靴紐絞めてて向こうまで行けなかったから」
ナツも笑いながら沙織のボトルを受け取った。
「あんまり怪我とかしないように気を付けなよ」
そう言って沙織は踵を返し、すでに空になっているだろう先ほど配ったボトルを回収しに行った。
陸上部でマネージャーを続けてきて今年で三年目になる。
ナツも同じ陸上部で100メートルの短距離を三年間やってきて今年が最後の年。
部員全員が張り切って最後の追い込みを見せる中でナツは見て分かる程練習に打ち込んでいた。
私はなぜナツが張り切っているのか知ってる。
*
学校帰り、沙織と佑美と美嘉の三人は公園の芝生でバトミントンをして遊んでいた。
「ねえ沙織しってる?」
佑美が羽を飛ばして沙織に話しかけた。
沙織は美嘉に羽をうまく返す。
「なにが?」
美嘉が打った羽は右にそれて佑美がそれをうまく拾った。
「今度ナツ君が100メートルを11秒切ったら美嘉に告白するんだってぇ」
佑美が拾った羽はさらに大きくそれて沙織の頭上を越えてしまった。
「へぇ。それでかぁ。よかったじゃん沙織。ナツめっちゃ頑張ってるよ」
沙織が美嘉に向けて大きく打ち上げると美嘉は顔が歪んで羽がラケットに当たらなかった。
「佑美ちゃん。まだ分かんないよぉ」
美嘉は照れながら羽を拾い上げ、佑美に向けてまた羽を打った。
「絶対告白するって。最後だし付き合っちゃいなよ」
佑美はニヤニヤしている。
「ナツは自己ベスト11秒01でギリギリだからね。すぐ告白してくるよ。やったじゃん美嘉」
私はナツのタイムをよく計るから自己ベストのタイムだって知っている。
佑美と一緒に美嘉をからかった。
「もぉ。二人とも茶化さないでよ。まだ分かんないでしょ」
「なんやかんやで嬉しいくせに」
佑美が笑うと私もなぜか笑っていた。
*
「沙織。今からちょっと走るからタイム計れる?」
ナツが靴紐を結び終わり、上着を脱いで走る体制になった。
「いいよ。その上着もっとくよ」
一緒に買いに行ったジャージをナツから受け取るとナツはスタート地点へと歩いて行った。
首から下げたストップウォッチを持ち、タイムを計る準備をする。
「いつでもいいよ!」
スタート地点についたナツに向かって声を上げるとナツは大きく手を振ってスタートの姿勢を整えた。
ナツの隣に陸上部のスターターが付き、片手を大きく振り上げる。
「スタート!!」
わずかに聞こえたスターターの声と同時に振り下ろされた手を見て私も同時にストップウォッチのタイマーを押した。
ぐんぐんとナツが近づいてくる。練習の成果もあってかいつもより速い。
沙織はナツが近づいてくるのを見てとても長く感じた。
最後の20メートルに差し掛かる。
……7……8……9……10…。
―――ピッ!
ナツが走り抜けたのを追いかけ持っていたジャージをかけにナツの元へ駆けつける。
「……はぁ。はぁ。………何秒だった…?」
ナツが息を切らして沙織の方をみた。
ストップウォッチに目を落とす。
…………………。
「11秒2」