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6 トイレは壺。

 気まずい雰囲気を壊してくれたのは、メリルだった。

 香りのよいお茶とクッキーをお盆に載せ部屋に入ってきた。


 「弟」という設定だったためか、王妃候補の泰貴の隣に李花が座っていてもメリルは驚くことはなかった。淡々と陶器のティーポットと、お揃いのカップをテーブルに置き、クッキーの入った皿を添える。


(美味しそう)


「古玉。涎出そうだぞ」

「あ、すみません!」


 一応口の周りを触り確認するが、まだ涎は出ていなかった。

 先ほどの昼食の際にしっかりパンと肉を胃袋に収めたはずだが、体は変わっても心は乙女。デザートは別腹だった。

 メリルがカップにお茶を注ぐのを待ち、食べていいかと泰貴を見る。すると、「彼」は口元に笑みを湛えた。


「お前、お預けを食らった犬みたい」

「はあ?」


(犬?犬ですか?そりゃあ、食べたいばかりに姑息だったのは認めますけど!)


「いいぞ。食べても。俺の分も食ってもいいし」

「本当ですか?」

「ああ」

「ありがとうございます!」


(さっきまで怒っていたのに。よかった!おいしそうなクッキー。肉厚できっとバタークッキーだ!)


「いただきます」


 優雅にお茶を飲む泰貴の隣で、李花はクッキーに被りつく。


「おいしい」

 

 長方形型の肉厚のクッキーはやはりバタークッキーで、「彼女」好みの歯ごたえはさっくり、中はもっちりであった。


「よかったな」


(何?何?)


 優しく微笑まれたので、李花はクッキーを持ったまま、泰貴を見上げる。しかし「彼」は何も言わず笑みを浮かべたままだ。


(まあ、いっか)


 二つ目のクッキーをかみ砕き、カップに手を付ける。

 お茶は濃いオレンジ色で、アールグレイに似た香りが鼻を軽く刺激した。

 クッキーのもっちり感は口の中の水分を奪っており、李花は香りを楽しむというよりも水分補給とカップ内のお茶を飲み干す。

 すると、股の間のあれが尿意を訴え始めた。


「……あの、その」

「なんだ?」


 女性化した泰貴にでも言い辛く、メリルを目で呼ぶとかなり近くまで顔を寄せてくれた。


「いかがしましたか?」

「あの、トイレ。いえ、お手洗いにいきたいのですが……」

「お手洗い?それなら水の入った桶を持ってこさせましょう」


(ああ、遠回しは通じないか。仕方ない。我慢するのも限界があるし)


「あの、小便をしたいのですが場所を教えてもらえませんか?」


 恥は忍んで、李花はメリルの耳元で囁く。

 冷静な彼女にしては驚いた表情をした。両眉を上げて、目を丸くし、凝視される。


(うう。そんな目でみないで。だって場所わからないもん)


「外に控えているボット様に案内してもらいます。着いてきてください」

「ありがとうございます」


 シガル・ボット――男性に案内されるのは嫌であったが、現状李花は男性、女性に案内させるのは酷なのはわかっていた。なので、メリルの言葉に礼を言う。


「ナガイ様。失礼いたします」


 彼女は部屋の主に頭を下げると、扉に向かった。李花はトイレに行くと言えず、泰貴に何も言わないまま、席を立つ。


「コダマ?」

「あ、ちょっと。用事をしてきます」

「……トイレか?」


(……うう。バレてる)


 胡麻化してもしょうがないので、李花は軽く頷いた。


「男は楽だぞ。まあ、ゆっくりしてこい」


(っていうかそんなこと言われたくない)


 羞恥心でいっぱいの「彼女」は振り向くこともなく、メリルに続く。

 

「それでは、ボット様。コダマ様が尿意を感じているので連れて行ってください」

「メ、メリルさん!」


 まさか、直接的な表現で言われると思わず、李花は泣きたくなりながらも顔を上げた。

 前に立つシガルは目を丸くして、李花とメリルを交互に見比べる。


(そうだよね。こんな上品なメイドさんからこんなこと言われると思わないよね。ははは。でももういいや。恥さらし)


 気が遠くなりながらも、膀胱の訴えは無視できない。「彼女」はシガルの返事を焦がれて待つ。


「了解しました」


 王宮警備の近衛兵はいかなる場合も冷静であれ。

 シガルは表情を元に戻し、返答する。


「コダマ様。こちらです」

「は、はい」


(めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど)


 恥ずかしさのあまり、前髪が額に張り付くほど汗をかいたが、膀胱は訴えを止めない。なので、メリルに頭を下げると、先を行くシガルの後を追った。



「ここです。私はこちらで待っています」


 五分ほど歩き廊下の隅の小さな個室の前でそう言われ、李花は安堵した。

 

(一応トイレは個室なんだ)


 待たれているのは嫌だが、帰り道もわからない。頷くととりあえず扉を叩いて中に誰もいないことを確認する。それから入った。


「つ、壺?」


 トイレといっても、小さな部屋に大きめの壺が一つ置いてあるだけだった。そこから尿の匂いが漂ってきて、ここに放尿することがわかる。

 ズボンを少し降ろして、見たくないあれを見る。

 

「うう、つらい」

「どうしましたか?」

「な、なんでもありません」

 

 突然扉の外からシガルに声を掛けられ、李花は驚いてしまい、失敗をする。


(ああ、泣きたい。っていうか、性別逆転って結構つらい。いや、これが水洗だったらいいのか)


 もう訳がわからなくなったが、用は済んでおり、彼女は目を少し瞑りながらズボンを穿く。


(トイレの度にこれはつらい。係長はどうだったんだろう)

 

 興味はあったが、聞く勇気はなかった。

 扉を開け、李花は気が付いた。


(手、手を洗うところがない!)


 そう思ったが、心配はなかった。メイドが近づいてきて、水の入った桶を差し出す。


(助かった)


 桶の水で手を洗うと、布を差し出され手を拭う。そのまま返すことに一瞬躊躇したが、捨てるわけにもいかず渡す。メイドは受け取り、桶にその布を入れると頭を下げ、来た道を戻っていった。


「……戻りましょうか」

「はい。ありがとうございます」


 なんとなく顔を合わすのが恥ずかしく、李花は俯いたまま、お礼を述べる。


「お礼には及びません」


 シガルは職務に忠実で、無駄口を叩かないタイプのようだった。李花のそのような様子を気にすることなく短くそう答え、歩き出した。

 しかし時おり振り返り「彼女」が付いてきている確認しているので、冷血漢ではないようだった。

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