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新婚なのに……。


 李花は王宮の森をメリルと共に歩いていた。

 結婚してからもキリアンに催促されると王宮に出向くことがあり、その度に李花はタエの墓参りをしている。

 菊によく似た花を抱え、ゆっくりと散策する。

 花園はよく整備されており、季節ごとに色々な花を楽しめる。

 花の香りを吸い込みながら、足を進めると先客がいた。


「宰相様」

「ああ。コダマ様。今日は王宮に来られたのですね」

「はい。あの、タエさんのお墓参り……ご迷惑ですか?」

 

 サイラルのタエへの憎しみを知っている李花は、恐る恐る訊ねた。


「そんなことはありません。彼女も喜ぶでしょう」


 彼の答えに彼女は胸を撫で下ろし、墓に近づくため、囲いを跨ごうとした。


「リカ様!」

  

 足首を覆うほどのスカート姿でそんな無茶をしようとする李花を止めたのは、メリルだ。

 サイラルは呆然と彼女を見ていた。


「……まさか、いつもそんな風に花を置いていたのですか?」

「はい」


 李花は元気よく答え、彼は眉間に皺を寄せた。


「メリル……。次回からは危ないので決してさせないように」

「申し訳ありません」

「宰相様。メリルをしからないでください。私が囲いを開けるのが面倒だからとメイルを止めていたんです!」


 怒られたメリルに申し訳なく、李花は慌てて弁解する。


「……そう思うのであれば、次回からはメリルのいうことを先に聞いてください」

「はい」


 きらりと冷たい瞳を向けられ、李花は大仰に頷いた。


「どうぞ」


 サイラルは懐から鍵を取り出し、囲いを開ける。そしてその鍵を差し出した。


「この鍵をあなたにも差し上げます。最後の異世界の娘であるあなたには必要でしょう」

「宰相様……」


 氷のような冷たい人だと思っていたのに、かなり雰囲気が柔らかくなっていた。

 李花は鍵を受け取りながら、彼がつい最近結婚したことを思い出した。


(奥さんが優しい人なのかな。ちょっと宰相様は態度が丸くなった気がする。タエさんに関しても、前みたいに負の感情を感じることがなくなってる)


「どうしましたか?」


 長い間、李花にとっては長い時間ではないのだが、サイラルはそう思ったようで、佇む彼女に声をかける。


「なんでもありません」


(結婚生活はどうですか?とか聞けるわけないし。あの宰相様の相手がどんな方かは凄い気になるけど)


 李花は聞きたくなる自分を制して、そう答えると墓に近づく。花を沿え、両手を重ね、目を閉じた。

 再び目を開けるとサイラルの姿がなく、背後のメリルを振り返る。


「サイラル様は奥様が来られるとかで、王宮に戻りました」

「奥様?!メリル!私も見れる?」

「リカ様?」

「あの宰相様の奥さんがどんな人かすごい気になるの!メリルは見たことがある?」

「はい」

「どんな人?」


 タエの墓の前なのに、そんなことを聞き始め、メリルは苦笑するしかなかった。

 質問があまりにも多いので、結局こっそりサイラルの妻を遠目で構わないので眺めることになった。


「あれ、宰相様だよね?」

「はい」


 サイラルは新妻と腕を組み、いつもの氷の美男――所謂無表情を崩していた。冷たい目は優しい目つきになり、彼の口元には小さな笑みが浮かんでいる。 

 メリルは慣れているのか、驚いた様子はない。


「……声かけられないね」

「それはやめてください」


 メリルは相変わらず淑女らしくない李花に呆れつつ、慌てて制止する。心配になり、彼女の腕を捕まえるくらいの勢いだった。

 兄から、サイラルがマリエールと共にいる際は決して邪魔をしないように言われており、サイラルを眺めているとその理由が分かる気がした。


「あの様子だど、すぐにキリアンの未来の奥さんが生まれそうだね」

「……私には答えられません」


 能天気な李花にそう返し、メリルはサイラルたちが視界からいなくなるタイミングを計る。

 サイラルが妻を連れ、執務室へ向うのを見てメリルはやっと彼女の腕を解放した。


「もうメリルは心配症なんだから。いくら私でもあんなに甘い二人の邪魔はしません」


 しっかりそう答える李花だが、メリルは聞き流し、これからもしっかり彼女を見張ろうと心に決めた。


「今日はどんな本を借りようかな」


 それから、キリアンと共に昼食を取ってから、図書館に行った。絵本は完全に読めるまでになっており、もう少し難しめの本を借りようと思っていたのだ。

 夢中で本を探していると、ふとメリルの気配が消えたのがわかる。本を戸棚に戻り、彼女を探そうとしたら、長身の男性が歩いてくるのが見えた。


「シガルさん」


 結婚してから数ヶ月。

 口慣れた彼の名を呼ぶ。


「リカ。遅くなってすまない」


 そう言われて窓の外を見ると、今は夕暮れどきであることがわかり、そんな長時間図書館に篭っていたことに驚いた。


「面白い本はあったか?」

「うん。二冊借りてもいいかな」

「大丈夫だ。陛下からも許可をもらっているのだろう?」

「うん」


 キリアンからは何冊でも借りてよい許可を貰っている。

 

「ここに記帳していくから」

「そうだな。それがいい」


 入り口近くのカウンターの帳簿に李花は借りる本の題名と日付を書いていく。

 読解力だけでなく、筆記も以前よりは上達していた。

 シガルは隣で、彼女が文字を綴るのを見守る。


 彼女が男体化していた時から、読み書きの指導を続けており、はっきり言って覚えの悪い生徒であったが、教えたことは一応覚えてくれていて、シガルは感慨深い気持ちになっていた。その場にサギナがいたら、毒付くくらいのレベルであったが……。


「帰ろうか」

「うん」

 

 二人は腕を組み、ゆっくりと廊下を歩く。

 李花の豊かすぎる胸がシガルの耐性を試しているのだが、彼は今日も堪えて馬車まで無事に辿り着く。

 馬車の中でも新しい試練があるのだが、シガルはもう少しだと自分に言い聞かせていた。


 ――キリアンの未来の奥さんが誕生するまで、子どもは作らないほうがいいと思う。

 

 初夜の後、李花にそう言われ、頭を殴られたような衝撃を受けたが、確かにそうだと自分を無理やり納得させた。

 それから半年、じりじりと待ち続け、サイラルがやっと妻を迎えた。

 二人の姿を遠目でしか確認したことはないが、かなり仲が良さそうで、シガルはあともう少しだと自分に発破をかけている。

 

 そんなことを知らない李花は無邪気に、馬車の外から街の様子を眺めていた。

 シガルから、ねっとりした視線を浴びているとも知らずに。


 3ヵ月後、マリエールの懐妊の知らせがあったのに、李花はまだだめだとシガルを止めた。

 必死に自分を宥め、シガルは待ち続けた。

数ヶ月後、サイラルの長女が誕生し、誰よりも先に喜びの声を上げたのは彼だった。

 それからは今度は李花の受難が始まった。


「明日こそ朝食が食べたいから今日はだめ!」

「じゃあ、今用意しよう」

「朝食は朝食べないと意味がないから!」


 李花はシガルに抗議をするが今晩も受け入られそうもなかった。


(完)

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