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兄と妹の誓い

「宰相の結婚」のその後、サギナとメリル側の話です。


「サギナ。こうしてあなたと馬車に乗るには初めてです」

「そうだな。なんだか不思議な感じだ」


 サギナとメリルはエファン夫人ことマリエールに呼ばれ、久々にサイラルの屋敷に向かっていた。


「マリエール様は変わった方なのでしょうか?」


 二人は本当に血のつながった兄妹であり、親に捨てられ、路頭に迷っているところをサイラルに拾われた。

 教育を受けることになり、メリルは誰にでも丁寧な言葉を使うようになり、それは実の兄に対しても同じだった。彼女は器用ように見えて、不器用なもので、話し方ひとつでさえ、なかなか融通を利かせることができなかった。


「まあ、サイラル様が気に入っているようなので、そうなんだろう」


 二人きりなので、サギナは思わず本音を漏らす。

 故ルイーザ王妃といい、李花といい、主人であるサイラルの趣向はすこしサギナとは異なっていた。

 外見は今度こそ、貴族然とした気品のある方で、安堵していたが、性格はやはり少し変わっているようにしか思えなかった。


「招待を断るわけにはいかない。サイラル様もいらっしゃるからな」

「はい」


 メリルにしては珍しく表情が強張っていた。

 妹のそんな顔を見るのは久しぶりで、サギナは思わず笑みをもらす。


「サギナ。何がおかしいのです」

「別に。まあ、緊張してもしかたないだろう。それよりも、お前大丈夫なのか?」


 サギナにそう尋ねられ何のことかと聞き返そうとしたが、一瞬で理解する。


「大丈夫です。リカ様はとても面白くて見飽きないですから。だから、ボットさんも彼女を好きになったんだろうと今はわかりますから」

「リカ様か……。随分仲良くなったんだな」

「そ、そんなことはありません!」


 一時はメリルが李花に冷たく当たっていたのを知っているサギナは、妹が楽しそうに彼女について語ることに安堵し、そんな台詞を吐いてしまう。するとメリルは照れたように少し頬を赤くして、言い返した。

 またしても妹の珍しい表情に、サギナは笑い、それがますます彼女を怒らせた。


 微笑ましい兄妹喧嘩をしているうちに馬車はサイラルの屋敷に到着した。

 サイラルの実家のエファン家は田舎の貴族で、屋敷も王宮から随分離れている。

 彼が個人で王宮近くに購入した屋敷は、二階建てになっていたが、部屋数も少なく宰相という役職の割には小さなものだった。


「ようこそいらっしゃいました!」


 玄関先で、二人はマリエール自身に迎えられ戸惑うしかなかった。

 けれども礼儀にかなった礼をして、彼女に誘われるまま屋敷に足を踏み入れる。

 

 サギナは騎士団に入団した時から屋敷を出ており、メリルの場合は二年ほど前に王宮にメイドとして出仕するようになってからだ。

 見慣れた壁や調度品、使用人達の顔に懐かしさが込み上げてくる。

 それは、メリルだけでなく、使用人達も同様で優しい眼差しを向けられた。

 警戒心たっぷりな二人に使用人達は酷い仕打ちをすることなく、公平に仕事のことや、生き方を教えた。

 今の自分たちがあるのはこの屋敷の使用人たちのおかげだと二人は思っていた。

 もちろん、一番の恩人はサイラルだが。


「サイラル様や、使用人の皆さんからお二人の話を聞いたのです。ぜひ、お会いしてお話したいと思って、今回はサイラル様にお願いしたのです。無理を言ってごめんなさい」


 マリエールは微笑みながらそう言って二人の椅子に座るように促す。

 迷っていると、サイラルが席を勧め、二人はやっと椅子に座った。

 

 使用人という立場で、主人と同じテーブルにつくのは、やはり落ち着かない。しかも、使用人頭にお茶をいれてもらったり、メリルは居心地悪く、椅子に腰掛けていた。


「……マリエール。ほら、彼たちも緊張しているだろう。だから、私はあまり勧めなかったんだ」

「ですけど、王宮でゆっくり話すこともできないですし。私は、このお腹の子どものことをお二人にお願いする意味でも、直接お話をしたかったのです」


 マリエールはお腹をさすりながら、サイラルに抗議した。

 抗議される主人の様子など珍しいことだが、それよりも「お腹の子」という言葉に二人は反応した。

 結婚式から2ヶ月しかたっていない。

 

「マリエール。まだ決まったわけではない。早急すぎます」

「サイラル様。私はわかるんです。だから、今のうちお二人にお願いしようと思って。メリルは王妃つきのメイドをしたこともあると聞いております。だから私たちの娘の担当になるのは必然ですよね。サギナも今はあなたの私兵のような存在ですけど、この子が王宮入りした時は傍でこの子を守ってほしいのです」

  

 マリエールは確信しているようで、お腹をゆっくりと摩る。

 サイラルはどうしたものかと迷っている。


「サギナ、メリル。この子を守っていただけますか?」


 彼女は夫に構わず、二人に真摯な視線を向けている。

 今、もしお腹にお子がいなくても、この調子だと近い将来必ずお子が誕生するには違いない。

 その時は、サイラルに恩を返すときだと、二人は頷く。


「もちろんです」

「はい」


 サイラルに命を拾ってもらった。

 それであれば、今度はその大切な者を守りたいと、二人は迷いなく答えていた。


「ありがとうございます」


 マリエールの瞳には微かに光るものが浮かんでいる。

 彼女は頭を下げ、二人は恐縮するしかなかった。


「マリエール!頭を下げるのは止めなさい。二人も嫌がっているだろう」

「すみません。つい」


 涙はすっかり引っ込んだようで、マリエールは笑顔でサイラルに返した。


「さあ、お茶を楽しみましょう。メリル。これは街で有名な……」


 居心地はよくなかったが、サイラルの普段とは異なる貴重な面などを見れて、二人は屋敷を後にした。


「サギナ。やはり、サイラル様の趣味はわかりません」

「私もだ」


 馬車の中でそんな会話をしながら、二人は王宮に戻る。

 

 それから八ヵ月後、マリエールの予感は的中しており、無事に女児を出産した。

 その夜二人は酒を酌み交わし、生涯をかけ、女児を守ることを誓い合った。



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