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係長と幼馴染の男装女子 後編

 アパートに戻り、シャワーを浴びて着替えていると携帯電話が鳴った。それは遥からのメッセージで、泰貴はすぐに開く。


 会いたくない。会う理由がないと書かれており、彼はすぐに返信した。


 ――俺が会いたい。だめなら今から会社に行く。


 すでに泰貴の勤めている会社、狩山商事には休む旨を伝えてある。今日はどうしても会いたかった。


「本当。どうかしてるな。でも何か確かめたい」


 恋なんて二度とするつもりはなかった。

 遥は単なる幼馴染で、そんな気持ちを持つはずはなかった。


 しかし今胸に抱く感情は恋に限りなく近いもので、彼を駆り立てる。


 しばらくすると返信があり、夕方に会うことになった。

 そうして会う約束をとりつけると急に眠気がやってきて、アラームを設定すると彼はベッドに入る。


 さすがに夜通し起きていたため、睡魔はすぐにやってきた。



「……夢か」


 疲れているはずなのに、夢は見るものなのだと泰貴は自嘲する。


 彼は湖の上に立っていた。

 夜空には満月が浮かんでいる。


「ああ、なんていやな夢なんだ」


 李花への思いを断ち切るために、彼女を見送った。

 あの時のことは鮮明に思い出せる。


 夜空には三日月が浮かんでいた。

 湖面が揺れ、暗い水の上に黄金に輝く満月が映し出されていた。


 夢の中では、夜空にも湖面にも満月が輝き、泰貴にその存在を知らしめる。


「満月は嫌いだ」


 泰貴は湖面の満月を睨みつける。


 あの時、一緒に残業から帰った日。

 水溜りに浮かんだ月を見なければ異世界にいく必要はなかったはずだ。


 そして、彼は李花を手に入れた。


「……違う」


 泰貴は何度も彼女にアプローチし、キスを繰り返した。でも彼女が彼の思いに気づくことはなかった。

 それは多分、はじめから自分が眼中になかったということだ。


「満月の、お前のせいではない。そう多分……」


 彼はそう呟く。


 彼女がたとえ異世界に行かなくても、その心は手に入らなかったはずだ。


 湖面の満月が揺れ、そこに一人の中性的な女性が映し出される。

 

「遥……」


 李花とは正反対の女性。

 すらりと伸びた身長に、細長い手足。

 顔はどこか冷たい印象を与えるが、整った綺麗な顔。


「遥……。俺はお前が好きなのかどうなのか。わからない。でも、今はただ気になるんだ。そして確かめたい」


 中途半端な気持ち。

 また傷つけてしまうかもしれない。


 でもこのまま、彼女に会わないでいることは耐えられなかった。


 

 ☆


 午後五時。

 約束より一時間も早く到着してしまい、彼は遥の会社近くまで歩くことにした。

 彼女の会社が入っているビルの前の噴水近くで、ベンチに座り空を見上げる。

日がかなり傾いており、太陽が最後の力を振り絞り、地上を照らしていた。

 西日の強さに目を細めながら、入り口を見ていると二人の男女が出てきた。どちらも長身で、モデルのような二人。一人は遥だったが、泰貴は声を掛けられず、見守る。

 遥は淡いピンク色のスーツを着ており、髪は短いながらもふわりと女性的にまとめていた。表情は柔和で、彼が見えたことがない優しい顔だった。

 男は彼女に答えるように穏やかに微笑む。かなりのイケメンで、泰貴と張り合えるくらいのレベルであった。


(えっと、俺。何見てるんだ?別に声をかければいいだけだ)


 そう思うが、体が動かず、結局二人の姿が見えなくなるまでベンチに座ったままだった。

 

 ――到着した。店に入って待ってる。


 遥からそうメッセージが入るまで、泰貴はその場に固まったままだった。

 彼が見たことがなかった彼女の姿。

 彼に隠してきた彼女の女性的な姿。

 それが、泰貴には衝撃的でどう反応してかわからなかった。


「あの男。同僚か?やけに綺麗な顔してたな」


 同じビルから出てきたことから、同僚だと推測できた。

 彼に向けていた笑顔はとても魅力的に、胸が少しだけ焦がれる。


「……俺は」


(なんでこんな気持ちに)


 胸を焦がすのは嫉妬に似ている感情だった。


「行くぞ。確かめる」


 泰貴は自分にそう言い聞かせると腰を上げた。



 待ち合わせの居酒屋は仕事帰りのサラリーマン、私服姿の男女、女子会だと思われる女性の団体などで溢れ返っていた。店に入り、奥に進むと二人用のテーブルに遥の姿を見つける。


「待ったか?」

「いや、今来たところ」


(我ながらわざとらしい)


 心の中でそう思いながら、彼は彼女の向かいに座る。


「まずはビールだな。遥もそれでいいだろう?」

「うん」


 店員を呼び、ビールを二つ注文し、泰貴は姿勢を正した。


「あの時は本当に悪かった。飲みすぎていたとはいえ。しかもその後にあんな暴言を」

「やっぱりその話?いいよ。もう」


 頭を下げた彼に遥は目を細め、口を歪ませる。


「だって、お前を傷つけただろ」

「だからもうそのことはもういいんだ。思い出したくない」

 

 少し苛立った声で返され、泰貴は少なからずショックを受けた。

 自分としたことがそんなに嫌だったのだろうかと、見当違いな思いを抱く。だが、さすがに口にはしなかったが。


「話はそれだけ?だったらもういい?ビール代は払うから」


 黙りこくった彼に彼女は早口でそう言う。

 嫌な思いをさせてしまったから当然なのだが、早くこの場から逃げ出そうとしているようで、泰貴のほうが焦る。


(だめだ。これじゃ)


「遥。若菜から聞いた。お前、俺のことが好きだったのか?」

「……知らない」


 彼の言葉に遥は目を見開き、彼を凝視した後、小さく答える。

 自分の行動は最低なのだが、泰貴はどうしても彼女を逃したくなくて言葉を続ける。


「俺は知らなかった。いや、気が付かない振りをした。ずっと友達だと思ってたからな。だから、今まで無神経なことをしてきた」

「そんな聞きたくない。もういいから全部!」


 遥は珍しく声を荒げたが、店内自体が騒がしくこちらに目を向けるものはいない。


「遥」


 泰貴は今にでも逃げ出そうな彼女の手を掴み、その瞳を見据えた。


「俺は、お前の気持ちに向き合おうと思ってる。いまさらだけど。俺にそのチャンスをくれないか?」

「チャンス?」

「俺は一年前に失恋した。だから、女はしばらくごめんだと思っていた。だが、お前のことは違う。どうしても気になる。お前、俺にずっと隠してきたんだろ。本当はピンク色が好きだとか、ぬいぐるみを集めるのが趣味だとか」


 泰貴の言葉に、遥の頬が桃色に染まる。長い睫は影を作り、どこか色気を漂わせた。俯いたせいで露になったうなじは白くて細い。いつもの彼女とは異なる雰囲気に泰貴の体が疼き、思わず息を漏らしてしまった。


「はい。ビール。お待たせしました」


 しかしタイミング良く、ビールが届けられ、彼は現実に引き戻された。同時に彼女も顔を上げ、その表情はいつもの硬いものに戻った。

 それを残念に思いながら、泰貴は遥に向き合う。


「遥。俺に本当のお前を見せてくれないか。俺のために男の振りをするお前じゃなくて、本当のお前を」

「……本当の私……?」

「俺、実は会社付近にいったんだ。そこで、お前と同僚の男が一緒にいるのを見た。お前、凄く可愛かった。なんで俺にはそんな表情をしてくれないかと思った」

「か、可愛い?私が?泰貴。ちょっとおかしい。あんたがそんなこと言うなんて」

「おかしいか?思ったままをいっただけだ。で、少し焼いた」

「焼いた?」

「ああ。お前は俺のことが好きだと思っていたから。なんで、俺にはそんな可愛い顔を見せないのかと」


 遥は信じられないと呆然とした泰貴を見ていた。

 隙だらけの彼女の表情は、再び彼の心を捉える。


「俺、多分。お前のことが好きになったと思う」

「はあ?なんでそういうことになるの?ありえない。それは多分、自分のことを好きだと思っていた女が、別のところに行くのがいやなだけだろ?あの時も、別の女の名前を呼んで、」


 そう言ってから遥は口を押さえた。


「悪かった」

「謝る必要はない」

「謝らせくれ。そしてもう一度チャンスをくれ。俺は、今は遥のことが今一番気になっている。だからその気持ちを確かめたいんだ」

「だめだ。そんなこと。ずっと好きだった。もうつらい思いはいやだ。私は、あんたがいない道を行きたい。もう忘れたい」

「嫌だ。俺はお前に忘れられたくない。俺のことをずっと好きでいてほしい」

「最低最悪。我侭な男だな。まったく」

「遥」


 彼女の濡れた黒い瞳がとても綺麗で、彼はその瞳に魅了される。


「……わかった。チャンスをやる」


 長い沈黙の後、遥は大きく息を吐きながら観念した。

 幼馴染の男装女子は、髪を前髪も掻き揚げ、男らしく彼を見つめ返す。


「でも一度だけだ。しかも期間限定な。私はもう三十になる。いつまでもあんたを待てない」

「ありがとう。俺はきっとすぐに答えを出すから」

 

 本当はすでに答えは出ていた。

 だが、気持ちが完全に育つまで待ちたかった。

 そして自分を好きでいてくれる遥に甘えたかった。

 

 泰貴はそんな自分の一面に驚く。

 人に、女に甘えたいなど思ったことはなかった。


「泰貴。あんたって本当最低最悪。でも待つよ。十四年片思いだった。少し伸びても変わらないから」

「十四年。長いな。本当に」

「うるさい。本当にあんたって男は。ああ。むかついてきた」

「怒るなよ。俺は嬉しいんだ」

「ああ、本当」


 遥は前髪に手を当てると、掻き毟る。

 その動作は自分と同じで、おかしくなった。


「遥」


 そんな彼女の頬に泰貴は唇を寄せる。


「泰貴!」

「何?」


 余裕たっぷりに笑うと、遥は目を吊り上げ彼を睨み付けた。だが、顔全体はみるみるうちに紅潮していく。


「最悪、最低」


 呻く様につぶやき、遥は羞恥を誤魔化すためか、ビールを煽った。


(今度こそ。逃がさない。今度の恋は絶対に成功させる)

 

 係長こと長井泰貴はそう心に決め、口を歪めてそっぽを向く可愛い幼馴染を見つめた。


 アヤーテ王国と日本を巡る男女の物語。

 二人は結ばれることはなかったが、李花はアヤーテで幸せを掴み、泰貴は日本で新しい恋を始めようとしていた。


読了ありがとうございます!

これで完全に完結になります。


また静子編は下記です。

興味のある方はどうぞ。

「金色の鬼は異世界の娘を求める」

http://ncode.syosetu.com/n1097dy/


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