4 王様は美少年
「きれい!綺麗ですよ!係長!」
泰貴は、結婚式に着るような純白のドレスを着ていた。スカート部分は白色の手縫いのレースを何度も重ねており、動くたびに微かに揺れ、軽やかだった。髪は両側を花の形をした髪飾りで止められおり、後ろ髪は香油をしたためられ、背中に流されていた。
(本当、いいな。係長。元がいいとここまで違うのか)
李花は先ほどの自分の男体化の姿を思い出し、息を吐く。不細工にならなかっただけましだが、体型以外変わらないというのも悲しいものだった。
「本当、美しいですよ。ナガイ様。これは陛下もお喜びになるはずです」
いつの間にか入室していたのか、サイラルが背後から褒めちぎる。しかし二人からの褒め言葉にも当人は眉を顰め、かなり不機嫌な様子だった。
「あなたたちはもう下がっていいですから。広間までの案内を後でしてもらうため、メリルは部屋の外で待つように」
サイラルの命に三人のメイドは腰を落とし優雅に礼をすると、音も立てず部屋から出て行った。
途端に彼の表情が冷たいものに変化する。
「さて、陛下に会う前にいくつか条件を飲んでください」
サイラルは泰貴だけでなく、李花にも視線を向けた。
「条件?すでに王妃になると言ったはずだ。これ以上何をさせる気だ?」
泰貴は我慢の限界まできているらしく、眉がぴくりと動いた。
(やばい。これは係長の怒りが爆発する寸前だ!)
李花はここ二か月の経験から、泰貴の表情――特に怒りの表情には敏感になっていた。
「そんなに怒らないでください。簡単なことですので。お二人には性別が逆転していることを陛下に言わないでほしいのです。知ってしまうと面倒なことになりますから。特にコダマ様のことは弟ということにしてください」
(あ、そんなことか。よかった)
「……面倒なこととは?」
頷く李花に対し、泰貴は質問で切り返す。
「あなたには関係ありません」
「関係ない?これからその陛下の妻になろうとしてるんだ。関係なくはないだろう」
「知る必要はありません。あなたにはただ陛下のお子を産んでいただければ、いいのですから」
「子か。吐き気がするな」
「……コダマ様。「彼女」がどうなっても知りませんよ」
「係長!どうでもいいことじゃないですか。別にただ性別が逆転したことを言わなければいいだけですよね?」
(こんなことで命の危険が!係長。本当で細かいことは気にしないでください。あなたはただ王と子作りを……)
そう思って、李花は少し良心の呵責を覚えた。
心は男なのに、女のように男に抱かれないといけない。
(私だったらいやだな。女の人とそんなことするのはちょっと)
「……わかったよ。お前のために、気にしないようにしておく」
暗い思考に嵌りそうな李花に、泰貴は笑いかける。
(お前のため?まあ。確かにそうですけど)
「あ、ありがとうございます」
言い方と笑顔がちょっと気になったが、それ以上泰貴がサイラルに突っかかることがなかったので、李花は礼を言った。
「まあ。そのうちたっぷり謝礼はもらうから」
「え、謝礼?」
「ああ」
驚いた顔をした李花に、泰貴は再び微笑む。
今度の笑みは官能的で、心を乱され、李花は自分の嗜好を心配してしまった。
「さあ。話はまとまりましたね。私は陛下の元へ先にまいりますから。お二人はメリルの案内で、いらしてくださいね」
先ほどの脅しは本気で、灰色の瞳は冷徹そのものだった。 しかし、一転して穏やかに微笑み、サイラルは部屋を後にした。
★
「行きましょう」
サイラルと入れ替わるようにメリルが入ってきて、泰貴の少し乱れた髪の毛を調整した後、彼女は扉を開けた。
もう何度か顔を合わせているシガルに頭を下げられ、李花は反射的に会釈を返した。彼女の行動に驚いたのか冷たい印象だったシガルがちょっと表情を崩す。李花は無表情の彼の突然の変化に思わず凝視してしまった。すると彼はすぐにいつもの無表情に戻り、彼女は気のせいだったのかと首を傾げる。
泰貴はそんな二人の後方で憮然としており、シガルに少しだけ厳しい視線を送った。
腑に落ちない表情をしている李花、不機嫌そうな泰貴の様子を気にすることなく、メリルは案内を始める。メリルを先頭に廊下を進む李花一行。
すれ違う人は驚いたような表情を見せた後、すぐに頭を下げていく。
(外国。ああ、異世界だもんね)
李花と泰貴以外は皆西洋人の顔つきで、明るい髪色をしていた。目線を合わしたのはサイラルやシガルだけであったが、やはり黒い目ではなかった。
(だから目立つのか。そして異世界から来たってわかるのかな)
そんなことを李花が考えていると、突然泰貴が立ち止まる。
予想していなかった「彼女」は「彼」にぶつかりそうになったが、なんとか事なきを得た。
「到着しました」
メリルが扉を開けると、すぐに重厚なテーブルが目に入った。
部屋内部は李花が想像していたよりも小さめだった。熊か何かの動物の毛皮をなめした絨毯の上に、黒光りしているテーブルと椅子が配置されている。席は二十席ほど。まだ誰も座っていなかったが、上座と下座、そして下座の隣に皿とナイフとフォークのセットが置かれていた。天井には豪華なシャンデリアが何本もの蠟燭を灯され輝き、部屋の温度を上げていた。
李花はちらりと軽やかなドレスを身に着ける泰貴に視線を向け、その涼しそうな様子を羨ましく思った。
彼女の服は生地が厚手、しかもズボンは二枚重ねているため、防寒服のようになっていた。気がつけば既に額に汗が滲んできている。
メリルは下座の椅子を引き、泰貴に座るように促す。李花も着席を許されているらしく、メリルは彼女にも椅子を進めた。
従者、人質という立場で昼食なしも覚悟していた李花は喜んで椅子に座る。
「コダマ様」
泰貴よりも先に座ったため、メリルが李花を非難するように名を呼んだ。
(そうだ。主役はあくまでも係長だった)
反省して立とうとするが、泰貴はそれを遮り、すぐに椅子に座った。
「俺も、もう座ったから。大丈夫だろう?」
彼がそう言い、メリルは肯定を意味する礼を取る。
「さて、また借りだな」
「借りって。私どうして返していいかわかりませんよ」
「大丈夫。どうやって返してもらうかは元の世界に戻ったら教えるから」
(係長。元の世界に戻るつもりなんだ)
泰貴が王妃になるから李花は元の世界に返してもらえる。しかし、「彼」は自身も元の世界に戻るつもりのようであった。
「心配するな。どうにかなるはずだ」
泰貴は穏やかに李花に微笑む。
(なんか胸が痛いな。私は係長が王妃になって、自分一人で帰ることしか考えていなかった。だって、入社してからすごくつらかったし)
泰貴の笑顔は優しくて、李花の中の罪悪感をますます深めていく。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
そう答えたところ、タイミングよく扉が開かれた。
泰貴の注意が扉に向けられ、李花は安堵する。
「王が参られます。立ってください」
(いよいよ来るのか)
メリルの言葉に泰貴が立ち上がり、李花はそれに追随した。
それからすぐに王は現れる。
「え?」
扉近くに立っているのは金髪に深い青色の瞳をした美少年だった。澄んだ空色の布地に金色の刺繍がされた丈の長いジャケットを羽織り、同色のズボンを穿いている。李花と違い靴は茶色のブーツだった。
「古玉」
「いたっつ」
見惚れているとなぜか泰貴に足を踏まれ、李花は睨みつけた。
(やっぱり、この人への罪悪感なんて必要がない!)
睨まれても平気な「彼」から目を放し、再度扉のほうを見る。
(え?)
美少年は李花を見て少し驚いた顔をする。しかし背後のサイラルに促され、表情を元に戻すと、テーブルのほうへ歩いていった。
「陛下。異世界ニホンのナガイ様とその弟君のコダマ様です。ニホンという世界では礼儀作法が異なりますので、無礼をお許しください」
(お許しくださいって、何か無礼をしたっけ?あ、王が来てるので頭も下げていない。しかも挨拶も)
李花はそう思ったが、あとの祭りである。泰貴は端からそのつもりはないらしく憮然としていた。
「余は気にしないぞ。ナガイ、コダマ、よくきたな。座ってもよいぞ」
(やっぱり王様だ。偉そう。余って言ってる)
「お二人とも。お座りください」
サイラルに言われ着席する。王も上座にかけ、サイラルはその背後に控えた。
スープが運ばれ、食事が始まる。
王は毒見係が味を確かめた後に、口にする。
その後に李花はスプーンを手に取り、スープを掬った。
ほぼ冷たくなったスープであったが、味は普段飲んでいる安っぽいものではなく、濃厚な味で「彼女」は目を閉じて余韻に浸ってしまった。
目を開けるとなぜか王がじっと見ていて、李花は口に何かついているのかとテ-ブルに載っていたナプキンで口を拭う。
サイラルに促され、 王は李花から視線をそらした。
(なんだろう?)
李花は自分を気にかける王のことが気になったが、その後は泰貴相手に話をしていたので、「彼女」はそのことを忘れ、食事に没頭した。
食べながら耳を澄ましていると、王に請われ泰貴が日本の話をする。同時に「彼」は王へ質問する。王へ質問は通常許されないはずなのだが、今回は特別らしくサイラルは止めることもしなかった。
しかし、儀式の話になるとサイラルは話を遮り、李花すら不審に思った。
(やはりおかしい。隠している)
「今日はこの辺でよろしいでしょうか?」
「陛下。今夜私の部屋に来られませんか?」
(係長?!)
サイラルの閉めの言葉にかぶせるように泰貴は誘いをかけた。王の頬に少しだけ赤みが帯びる。
(えっと。係長。王が美少年すぎて、女性としての本能?が目覚めたとか?)
疑惑の視線を向けると、泰貴は一瞬李花に険しい顔を見せた。
だが、次の瞬間笑顔に戻る。
「……行ってもいいのか?」
(き、期待されてますよ!係長。少年っていっても、身長は私と同じくらい。中学生以上だよね。だったら、まあ、そういうのわかってるよね)
「はい。ぜひ」
泰貴は李花の動揺など眼中になく、優雅に頷いた。