表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/63

45 シガルの告白

「俺はあなたが好きだ」


 シガルは李花を抱きしめたまま、真っ直ぐに気持ちを伝えた。


(ボットさん……)


 彼の胸に顔を預けている彼女は、彼の早鐘を打つ心臓の音を聞く。


「ボットさん。私も、あなたが好きです」


 李花は、ゆっくりと、それでもしっかりと答えた。

 すると彼は背中に回していた手を離し、彼女の眼鏡とその鬘を外す。


「リカ」


 熱の篭った声で呼ばれ、李花は顔を上げた。


「ボットさん……」


 ぼやけたレンズ越しではなく、彼の青い瞳が彼女を貫く。

 瞳の中の自分は惚けた顔をしており、恥ずかしくなり思わず俯いてしまった。


「リカ」


 彼の声は彼女に刺激が強すぎた。

 心臓が掴まれた様に胸が締め付けられ、体が疼きを覚える。


「だめだ。我慢ができない」

「ボットさ、」


 頬を両手で包まれ、唇を押し付けられる。

 所謂ディープキスであるが、李花は拒絶することなく受けいれた。


 泰貴にされたときは驚き、反射的に突き飛ばしていた。しかしシガルからのキスには自然と体が答える。

 言葉よりも深く答えられ、彼のキスは更に熱を帯びる。

 だが、手が胸に伸び李花の体が少し跳ねた。

 

「……すまない」

 

 それで我に返り、シガルは彼女から離れる。

 李花の上気した頬と首筋は、彼の理性を奪うには十分であったが、彼は耐えた。


「リカ。好きだ。離したくない。この国に留まってくれないか」

「はい」


(私もボットさんが好き。だから彼の側にいたい)


 気持ちが通じて、李花は泣きたくなる。

 同時に泰貴へのなんとも言えない気持ちが生まれた。


(ごめんなさい。私はやっぱりボットさんが好きです)


 李花の潤んだ目は再びシガルの自制心を試したが、彼は何とか耐える。


「小屋に戻ろう。ゆっくり話したい」

「はい」


 手を差し出され彼女は迷いなく、その手を取った。

 

 

 小屋に戻り、扉を開くと居間のテーブルにお茶とお菓子が用意されていた。

 メリルの姿はなく、彼女の気遣いが感じられる。


「座ろう」


 李花は頷き、椅子に腰掛ける。シガルはその向かいに座った。

 お茶を継ごうとする彼女を制し、手馴れた様子で李花のカップにお茶を注ぎながら、彼は口を開く。


「あなたを再び呼びたいと陛下に願い出た時、二つの条件を出されました。一つはあなたがナガイ様のものであった時は手を引くこと」

「ナガイ様のもの?!」


(いや、それはない!そういう風に見られていたの?!)


 李花はどう思われているか心配になり、シガルを見つめる。


「……あなたは、ナガイ様をどう思っている?」


 彼は注がれた視線を受け止めると、静かに問う。青い瞳は暗がりにも関わらず光を帯び、彼女を捉える。

 

(答えなきゃ。ちゃんと)


 逃げることは許されない。正直に答えようと李花はシガルを見据えた。


「……泰貴さんが私のことを好きなのは知っています。でも、」

「タイキ……さん?」


(あれ?)


 彼が眉間に皺を寄せたので、李花を言いかけていた言葉を止める。

 シガルは手に取ったカップをテーブルに置き、改めて聞き返した。


「あなたは、彼を名前を呼んでいるのか?」


(ええ?そこなの?でも、)


 鋭さを増す彼の瞳を押されながらも、李花は頑張って言葉を紡いだ。


「えっと。あの、もう係長でもないので。私、日本で仕事を失ったんです。それで、彼はもう上司ではないので、泰貴って呼んでくれって言われて」


(ええと。ものすごく凝視されてる!もしかして変な疑いもたれてる?)


「でも呼び名だけですよ!何でもないですから。本当に」

「俺の名も苗字で呼んでるのに?」


(えっと。そこ?ボットさん、拗ねてる?)


 シガルの表情は、そうとしか思えないものだった。

 李花が驚いた顔をしていたせいか、彼は少し頬を赤らめると顔を背ける。そして誤魔化すかのようにお茶を飲んだ。

 

(うわって。なんかすごく可愛く思える!)


 無表情でクールなイメージの彼の印象が一気に変わる。


「えっと、シガルさん?」


 李花がそう呼ぶと彼は顔をこちらに向けた。照れながらも、彼は可愛いとしか表現できない笑顔を浮かべている。


(萌える。可愛すぎる。シガルさん!)


「遅すぎだ。俺はリカって呼んでいるのに」


 笑顔はすぐに引っ込んだが、シガルが続けて子供ぽいことを言う。

 萌えで死にそうになりながらも、これには李花は反論した。


「だって、シガルさん!シガルさん、すごく冷たかったじゃないんですか。丁寧語でずっと話すし、だから名前なんかで呼べるわけないじゃないですか」


(本当に今でも信じられない。シガルさんが私のことを本当に好きだなんて)


 しかし先ほど交わしたキスは本物で、今も情熱の篭った瞳で李花を見る彼も現実だった。


「あれは気持ちを抑えていたんだ。今はもう無理だ。あなたが俺のこと好きってわかったから。我慢できない」


 吐かれた息が熱く、李花はなぜか恥ずかしくなって、俯く。


「本当にあなたはナガイ様のものではないのか?」

「当たり前です!正直言うと気持ちが揺れたことはあります。でも彼のものとか、そういうことはありませんから!」

「わかった」


 シガルは頷くと、お茶がたっぷり入ったカップとクッキーの入った皿を勧める。カップを持ち、唇を濡らすと再び口を開いた。


「陛下に出された二つ目の条件は、あなたが俺のことを好きで、この国に留まると決めるまで、陛下の元に身を寄せることだ。あなたはこの国に留まってくれると言ってくれた。だから、今日、いや明日からは俺があなたを守る。実家にあなたを連れていく」

「じ、実家ですか?」


(なんか、突然すぎなんだけど。でもまあ、王宮でずっと暮らすわけにはいかないし)


「実家はここからそう遠くはない。馬で半日くらいだ」

「馬で半日」


 そう言われてみたが、距離感などはまったく掴めなかった。


(でも、ここから離れるのは確かなんだ。しかも王宮の池は壊すっていってたよね。それなら)


「あの、シガルさん。私、あなたの実家に行きます。でも一度だけ日本に帰してもらえませんか?父と弟に別れも言ってませんから」

「戻る?」


 急にシガルの顔色が変わった。


「だめだ。帰したくない。戻ってくる保証がどこにある?結局シズコ王妃も戻ってこなかった。あなたが今回戻ってきてくれたのも奇跡だと俺は思ってる。だから、二度も奇跡が起こるとはわからない」

「シガルさん!」


 それは彼らしくなかった。感情的で、悲観的で。

 

「俺は物分りがよくない。ナガイ様とは違う。しかも異世界には彼がいるだろう?男性に戻った彼はきっと魅力的に違いない。今度戻ったら、あなたが彼のものになる可能性もある!」

「シガルさん!」


(どうしたの?なんかすごく不安そうだ。なんで?)


「俺はだめだ。帰したくない。だから、抑えていた。気持ちが溢れてしまったら、もう抑えるのは難しい」

「シガルさん!」


 テーブルに置いた彼の両手が震えていた。李花はその両手を包むように握る。


「……わかりました。私は帰りません。あなたの側にずっといますから」

「リカ……」


 彼の青い瞳が暗く濁り、雨の日の海のようだった。

 

(こんな風に言われて、戻ることなんてできない。確かに、もう一回戻って来れる保証はないもの。泰貴さんになびかない自信はあるんだけど)


 思ってもいないシガルの一面に李花は驚いたが、それで嫌いになるようなことはなかった。むしろ弱い面を見たことによって、思いが深まった気もしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ