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39 シズコとタエの村2

「あぶな!」


 突然足を止められ、李花は泰貴の背中にぶつかり、バランスを崩す。だが、反射的に彼が振り返り彼女の両腕を掴んだので、転倒は免れた。


 壊れた天井から差し込む淡い日の光。

 彼と彼女がスポットライトに照らされる。

 泰貴の黒い瞳が光を帯びて茶色に輝き、李花の顔だけがその瞳に映っていた。


「李花……」


 泰貴の、李花の腕を掴む手に力が篭る。


「いたっつ」

「あ、悪い!」


 力が弱まり、彼も彼女から顔を背けた。


「えっといえ、ありがとうございました」


(痛いとかちょっと失礼だったかな。でもあのままだったら)


 掴まれた腕は確かに痛みを覚えていたが、それよりも怖くなって声を上げた。

 彼女の心にはまだシガルへの思いが残っており、それを抱えたまま中途半端に泰貴の気持ちに答えるつもりはなかった。家政婦とうのはあくまで、職業として彼の傍で働くということで、恩返しのつもりでもあった。


「何にもないな」

「はい」


 お互いの気まずさを誤魔化すため、二人は家の中を見渡す。

 家を出る際に何も残さなかったらしく、台所部分にある釜戸、畳部屋に置かれた壊れかかったちゃぶ台以外は物が見当たらなかった。その代わり床や壁から蔦や木の根が入りこみ、雑草が生えていた。


「飯にでもするか」

「はい」


 家の中でも外でもあまり変わりはなかったが、一旦外に出る。

 しかし食事に適している場所はなく、石などがない草地の上の敷物を敷き、そこで二人は旅館が用意してくれたお弁当を広げる。


「これからどうします?」

「そうだな。とりあえずタエさんの遺髪をどうするかだよな」


 お弁当を平らげ、ペットボトルの水を飲みながら二人はこれからの相談をする。


「タエさん。多分この村に帰ってきたかったんですよね」

「ああ。多分な」

「ご両親や弟さんと会いたかっただろうし」

「……そうか」

「なんですか?」

「俺、間抜けだな。村に来なくても、曽祖父母の墓を探してそこに供養すればよかったんだ」

「あ!そうですよね。なんだ」


(ご両親と弟さんと一緒がいいよね。きっとでも)


 泰貴はその選択を思いつかなかった自分自身に落胆してるようで、一気に脱力した様子だった。


「泰貴さん!村に来たこと無駄ではないですよ!タエさん、ご両親たちの元に戻りたかったことはもちろんですけど、やはり故郷が恋しかったはずですから。だから、髪の毛の半分をどこかに埋めませんか?」

「埋める?」

「あのほら。シズコさんのこともあるし。シズコさんのお墓はどこかにあるかもしれないので」

「墓か。そうだな。髪の半分はそうして、後の半分は曽祖父母の墓に弔うか。お前いいこと思いついたな」

「そうですか?」


 泰貴に珍しく褒められ、李花は嬉しくなる。

 

「じゃ、墓探ししよう。のんびりしてたら、夕方になるからな。帰りもあるし」

「そうですね!」


 廃村で一夜を過ごすのは避けたかった。

 


 昼食を終え、村外れまで歩く。


「どれかわからない」

「はい」


 無縁仏のように墓石が集まる場所にたどり着くことはできたが、文字を読むことは困難な状態だった。


「ああ、でもこの中にはないかもな」

「え、どうしてですか?」

「村から追い出されただろ。シズコさんは」

「あ、そうでした」


(そうして野犬に殺された)


 急に怖くなって、李花は隣の泰貴の腕を掴んだ。


「……頼ってくれるのは嬉しいけどな」

「えっとすみません」


(何度も腕とか服、掴みすぎだよね。服伸びちゃったかもしれない)


「いや、謝らなくてもいい。まあ、あえて言うなら、その胸を押し付けてくれたらもっと嬉しいんだけど」

「はあ?」

「やわらかそうだよな」

「な、なに、言って!」

「……李花。冗談だよ。冗談。もう埒が明かないから旅館に戻ろう。多分シズコさんの墓はないかもしれない」

「……そうですね」


(残念だけど、そうかもしれない。だって、お母さんも同じ日になくなってるし、お父さんも戦死だし)


「そうだ!泰貴さん。ないなら、私たちで作りましょう。シズコさんのお墓。あの家の側に建てましょうよ」

「建てる?いや、待てそれは」

「気持ちだけです。石を集めて作るんです」

「いいかもな。それ」

「ね?」


 二人は小屋に戻ると、敷地内の片隅に石を集めた。


「ちょっと、無理があるかもな。後日、もうちょっと考えてみる」

「そうですか?」


 思いつきはよかったが、泰貴の言うとおり、墓と言える代物には見えなかった。


「大丈夫。俺がどうにかするから。その時にタエさんの髪の半分を一緒に供養する」


 李花がよっぽど心配そうな顔をしていたのか、彼は彼女の頭を優しくなでた。


「さあ、戻ろう。夕方には帰りつきたい」

「そうですね」


 結局収穫というものはなく、二人は川安村を後にして帰路についた。



「着いた!」


 行きも帰りも同じ道で、平坦であったのだが、疲れは異なり旅館に到着したころには、李花は完全にへばっていた。


(やっぱり寝不足のせい。でもへとへとだから、よく眠れるかも)


 六時に泰貴の部屋で夕食を一緒に取る約束をして、李花は部屋に戻った。新しく買い換えた携帯電話を取り出し、着信、メッセージがないことを確認。六時まで時間があるからと、座り込んだのがよくなかった。そのまま睡魔に誘われるがまま、眠りに落ちていた。




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