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3 普通でがっかり。

「可愛い!」

 

 案内された王妃用の部屋は三つに分かれていた。ベッドと小さな机と椅子が置かれている寝室、衣装箪笥と化粧台が置かれている部屋、ソファと椅子、円卓が置かれている部屋の三つである。


 全体的に薄いピンク色で統一されており、李花は素直に可愛い部屋だと思った。泰貴はピンク色の布に白糸で薔薇を刺繍してあるクッションなど嫌なものを触るように突く。


「宰相。部屋の装飾を変えることはできるか?俺はこの部屋にいるとどうも寒気がする」

「ええ?」

「できますよ」


 またもや李花の存在は無視され、サイラルは裏がありそうな笑顔を浮かべる。


「陛下にこの後お会いしていただくことになっていますので、その際にお願いしてみたらいいですよ」

「はあ?」


(確かに。係長の気持ちはわかるな。嫌だよね。ああ、私のせいか)


 自分が人質に取られてることを思い出し、李花はまた落ち込んでしまった。


「まあ。どうせ避けれない道なんだ。早めに終わらせておくか」


 そんな「彼女」の肩を泰貴は優しく叩き、微笑む。思わぬ優しさに李花は戸惑いを覚える。


「いい心がけですね。さて、陛下に会うために準備をしていただきますよ」

「あ?」


(準備?)


 サイラルが手を叩くと、扉を開けて三人のメイドが表れた。灰色のワンピースに白のエプロンを着た若い女性たちだ。


「さあ、陛下との昼食に間に合うように準備をしてくださいね。陛下の好みを忘れないように」

「はい。エファン様」


 メイド達は腰を深く落として頭を下げる。


(うわあ。なんか洗練されている。すごいなあ。メイドなのに)


「……着替えなど必要ない」

 

 だが、泰貴はきっぱり断った。


「だめですよ。陛下には敬意を払っていただかないと。そうでないとどうなるかわかりますか?」

「くそ。わかったよ」


 不承不承ながらも、泰貴は頷いた。


(うわ。私ってやっぱり邪魔だよね。うう)


「コダマ様。あなたは隣の部屋へ。従者の服を渡しますので」

「何?」

「え?」

「大丈夫ですよ。今のところ、危害など加えませんから。そのためにも綺麗に着飾ってもらってください」


 顔を引きつらせる泰貴に、サイラルはごり押しした。


「さあ。コダマ様。行きましょう」

「え。はい」


 ついて行っても大丈夫か、不安になり李花は思わず泰貴を見つめる。


「宰相。本当に大丈夫なんだろうな?」

「ええ。私の命に代えても保障しますよ」

「その言葉に嘘はないな」

「はい」


 二人のやり取りを聞きながらも李花に不安が残る。


「大丈夫だ。行ってこい」


 そんな李花に泰貴が微笑みかけ、不安が消えていく。


(ど、どうしたんだろう。私。こんなに係長を頼ってるなんて。だって、他に頼る人がいないから。そうだよ。うん)


「はい。行ってきます」


 李花は自分の気持ちをそう決めると、泰貴に笑みを返した。



★ 


 部屋から出ると、近衛兵が控えており、頭を下げられる。

李花も反射的に頭を下げてしまった。そんな彼女に構うことなく、サイラルは隣の部屋の扉を開ける。


「入ってください」

「お邪魔します」


 開け放たれた扉。請われるまま、中に入った。

 すると、すぐに扉が閉められ、鍵がかけられる。

 サイラルがカーテンを閉めると日光が遮断されて、部屋の中は一段と薄暗くなった。


「な、何するんですか!」

「……邪魔されないようにですよ」


 扉の近くで固まっている李花にサイラルは意地の悪い笑顔を浮かべる。


「邪魔って何なんですか?」


 李花には部屋が暗すぎて彼の表情が見えなかった。

 だが、言葉に妙な色気が感じて寒気を覚える。


「コダマ様は、あの方の、ナガイ様の何ですか?」


(なんだ。そんなことか)


 意味深な事を言われたので心配したが、普通の質問だったので、李花は安堵した。


「長井係長は私の上司です。ただ見捨てられないから、王妃という選択をしてくれたんだと思います」

「ナガイ係長?係長ということは何かの長ですか?」

「はい。私は「箱舟」に勤めていて、係長は私の直属の上司です」

「ハコブネ?」

「あ、会社名です」

「カイシャ?それは何の団体ですか?」


(え?会社がないの?この国は?そういえば、こういう中世ものって、商会とか商店とかだっけ?)


「えっと、人材派遣の商会です」

「人材派遣?人身売買ですか?」

「ち、違いますよ!えっとほかの会社、いえ、えっと他の商会や商店とかに人を派遣するんですよ」

「派遣する?」


 サイラルはイメージがわかないらしく、眉をひそめたままだ。


「えっと。そうですね。仕事のない方に登録してもらって、人手がたりない商店などに人を紹介する事業のことです」

「ああ、なるほど。面白い事業ですね」


 氷の瞳が色を持ったように李花には見え、彼への印象が少し変わる。だが、すぐに彼は元の表情に戻った。


「なるほど。あなた方は恋人同士ではなく、単なる仕事上の付き合いなのですね」

「はい!」


(恋人同士?なんてことを想像したたんだろう。この人は!)


 憤る李花に構うことなく、サイラルは何やら考え事をしている。しかし一人で納得したらしく、頷くと次の質問をした。


「それでは次に、ニホンではナガイ様は男性で、コダマ様は女性だったのですか?」

「はい」

「どうやってこの世界に来たか覚えてますか?」

「えっと、あんまり。ただ水溜まりに月が映っていて、係長が水溜まりを踏んだら急に光って、それから後は記憶がないです」

「なるほど」


 李花の話にサイラルは軽く相槌を打つ。


(きっとこの世界に移動するときに、性別が逆転したんだろうけど、覚えてないもんなあ。そう言えば、こちらでは儀式をしたと言っていたけど、どんな儀式だったんだろう。それがわかれば帰れるかもしれない!)


「あの、宰相様。ちなみに宰相様は私達、いえ、係長を呼ぶためにどんな儀式をしたのですか?」

「あ、時間ですね。これは従者の服です。この服に着替えください」

「え?!」


 質問に答えることなく唐突に話を打ち切ると、サイラルは棚から白色の上着と同色のズボンを取り出し、彼女に渡す。


「それではまた後で」

「え!」


(逃げる気?儀式のことは?)


 扉を開け出ていこうとするサイラルを追っかけるが、鼻先で扉が締められた。再び開けると、目つきの鋭い近衛兵がそこに控えていた。


「着替えたら、シガルに隣の部屋まで案内してもらってください」

「え?あの!」


 背中を向けたまま、サイラルはそう言い、振り返ることもなくその場を足早に立ち去る。


「え、と」

「エファン様が命じたように早く着替えください」


 扉を開けたまま、動こうとしない李花に近衛兵――シガル・ボットは冷たく言い放った。




(見ないように見ないように。触らないように、触らないように)


 シガルに凄まれ、部屋に引っ込んだ李花は選択肢がないので、素直に着替えることにした。まずは今着てる服を脱ぐことから始める。

 シャツはTシャツを脱ぐように簡単に脱げた。問題はズボンである。渡された制服を着るため、ズボンを脱ごうと試みる。 まず皮でできた靴を脱ぐ。それから腰のベルト代わりの紐を緩め、ズボンを下に降ろした。


(うへっ)


 一気にズボンが下にさがる。股間に寒さを感じ、下着をつけていないことに気が付く。


「え?下着穿いていない?どうしよう」


 このまま黒のズボンを脱いで服を着ることも考えたが、素肌に直接は抵抗があった。


「いいや。上に穿こう!」


 足首まで下りたズボンをまた上に引き上げ、紐を腰回りできゅっと結ぶ。

 その上に絹のような滑らかな白色のズボンを穿く。


「よっし。入った!」


 もこもこしている気がしたが、気にせず今度は上着にかかる。余計な飾りがない白の長袖のシャツを羽織り、木製のボタンを留める。


 鏡があったので、期待をしながら姿を映す。


「え?」


(確か係長。私のこと美少年って言ったよね?このどこが美少年?)


 鏡の中にいるのは、普通の少年だった。

 可愛い系と言われれば、そうだと思う。その程度の「美」であり、天使のような、彫刻のような「美」とはほぼ遠かった。

 それはそうだろう。鏡の中の少年は女性であった時の李花とあまり違いがなかった。女性だった時より、髪が短くなり骨格が男性に近づいていたが、それだけであり、美しく変化してはいなかった。


「係長の嘘つき」


(期待してしまった自分が馬鹿だった。そうだ、そういえば係長も顔自体はそれほど変わっていなかった。ああ、元がいいから女性になっても美女なんだ)


 李花は急に悲しくなってその場に座り込む。


(なんか美少年になって、ちやほやされたかった)


 用はそれだけなのだが、異世界トリップといえば通常モテ期到来。李花はそんなことを想像しており、期待が大きかっただけ、急に元気を失った。


(まあ。しょうがないよね。だって、このトリップ自体、係長のためだもん。っていうか、私は巻きこまれた被害者なんだ)


 そう思うと李花は怒りがこみ上げてきて、とたん元気を取り戻した。


(こうなれば、係長へのリベンジ。いいえ、王妃になってもらって、さっさと子どもを作ってもらおう)

 

 入社以来、係長に扱かれてきた。鬱憤がたまった上に巻き込まれ異世界トリップである。

怒りは先ほどまで泰貴に感じていた罪悪感を、綺麗に消して去ってしまった。


「よし!行くぞ」


(宰相様を応援し、係長と王様をくっつけるぞ)

  

「準備できました」


 気合をいれ、一息ついた後、外にいるシガルを驚かさないようにと、扉を叩く。それから李花は扉を開けた。


 シガルは李花の恰好を確認すると頷いた。

 隣の部屋なので実際は案内など必要ない。数歩歩き、隣の部屋の扉を叩く。中からメイドの一人が入室の許可を出し、シガルはドアを開けた。

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