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30 王様の決断

 翌日、李花は大広間でキリアンと朝食をとっていた。

 結局、よく眠れず、李花にしては珍しく食欲がなかった。隣に座るキリアンは一日ぶりなのに、随分久しぶりに会った気がした。

 相変わらずの金髪碧眼、典型的美少年の彼は、飽きる様子もみせず笑顔で彼女の食べる姿を眺めている。


(……この笑顔を見るのも明日で最後。優しくって言われても)


 今朝は迎えにきたシガルとも殆ど言葉を交わさず、昨日の彼の言葉を思い出すが、李花はどうしていいかわからず、ただいつもの様に黙々と食べるしかなかった。

 部屋には人払いがされており、二人きり。

 静けさが部屋を支配していた。


「リカ。お前は明日帰ってしまうな」

「え、っと」


(どう答えればいいのだっけ。嘘ついたっていってたけど、どんな嘘なの?帰ってくるからって答えればいいのかな)


 フォークを持ったまま、視線をうろうろさせている李花を見て、キリアンは口元に笑みを浮かべた。


「お前が戻ってこないことは知ってる」

「ええ??」


 大きな声を出した「彼女」の口を慌てて押さえたのはキリアンだ。


「シガルが嘘をつくなど思わなかったがな」


(どういう意味?)


 口を押さえられたままなので、李花は視線だけを彼に向けた。

 青い瞳はシガルと同じ色で、晴れた日の明るい海色で、「彼女」の驚いた姿を捉えていた。


「大きな声を立てないようにしてくれるか?」


 「彼女」が頷くと、キリアンは口から手を離す。


「余は、サイラルの出生の秘密を知っている。だから何もしなかった父に代わり、余は彼の願いを叶えようとした。本当はお前たちを巻き込まずとも叶える方法があるのだ。それなのに余は彼の願いをそのまま聞いてしまった。もうひとつの方法。サイラルは望まないだろうがな。余はその方法を選ぶことにした。お前たちはニホンに返す。後のことは余に任せろ。シガルにも罪を及ばせない」

「キリアン?」

「心配してくれるのか?」

「当たり前でしょ!」


 泣きそうな顔でそう言われたら、心配せずにはいられない。

 キリアンが「彼女」に執着を示し始めてから、冷たくしてしまったが、李花はキリアンのことを弟のように思っていた。


(うちの弟と違って美少年だけど)


「心配無用だ。残念なことはお前の元の姿が見れないことだがな。きっと母上に似ているのだろうな」

「……ええ。そっくりです。肖像画を見ましたが、色彩以外、造詣がまったく一緒だったので、驚きました」

「そうか。それは残念だ」


 口元に寂しげに笑みを浮かべられ、李花は思わず彼をぎゅっと抱きしめたくなった。


(だめだめ。そんなことをしては)


「リカ。これでお前の心配はなくなったか?笑顔が見たい」


 キリアンの真っ直ぐな視線に「彼女」は照れながらも笑顔を作った。すると彼も答えるように華やかな笑顔を返す。


 ――嘘を信じている振りをする。シガルへの一種の罰だ。王を騙そうとしたのだからな。


 悪戯を仕掛ける子供そのものの顔でそう言われ、李花はシガルにキリアンが事実を知っていることを話せずにいた。

 隠し事をするのは後ろめたく、朝食の後「彼女」はなんとなくシガルを見れなくなった。

 そうして、ますますギクシャクしたまま、無言で彼に部屋に送ってもらう。


「ボットさん」


 部屋に入る前に思わず呼び止めてみたが、何を話していいかわからず、黙ってしまう。しかし言葉を続けたのは、シガルだった。


「私はマグリート様に呼ばれております。代わりに別の者をつけますので、何かあればその者を頼ってください」


 事務的に淡々と言われ、李花はなぜか泣きたくなった。だが、ぐっと答えると頷き、部屋に入った。


(どうしちゃったんだろう。私……)


 扉を閉めると、すぐに堪えていたが涙が溢れ出す。


「な、んで?」


 涙は李花の戸惑いを押し流すように止め処なく、頬を濡らしし続けた。





「サイラル。お前に話がある」

 

 執務室を予告なく訪れたキリアンは、青い瞳に影を落としてそういった。


「サギナ。席を外してくれるか。人払いも頼む」


 サイラルにそう言われ、彼は王に頭を下げると退出する。キリアンは彼が完全に立ち去ったのを確認して、執務机の向かいのソファに腰掛け、前に座るようサイラルを促した。


「陛下。どのようなお話なのでしょうか」


 対面する形で座ることに戸惑いを覚えながらも、仕える王のいかなる感情も見落とさないようにサイラルはキリアンを見据えた。


「余は、リカとナガイを異世界ニホンに返したいと思っている」

「それは、なぜ、ですか?」

「余にはもっと適格な王妃候補がいるからだ」


 はっきりと断言するキリアンにサイラルは戸惑いを隠せない。

 もっとも有力な王妃候補は大臣達の娘であり、それ以外は異世界の女性。その選択しかありえなかった。


「どなたでしょうか?お聞かせ願いますか?」

「余は、第九代ライベル王とタエの血を引くサイラル・エファンの娘と結婚する」

「陛下?!」

「すまない。余は、父もお前たち一族のことは知っていた。このことは代々王だけに伝えられてきたことだった。だが、どの王もお前たちのことは黙認してきた。タエの言葉に縛られて」


 噛み締めるようにゆっくりとキリアンは言葉を紡いだ。

 サイラルはその灰色の瞳を大きく開き、時間が止まったかのように身じろぎすらしなかった。


「本当であれば、余はお前に王位を譲りたい。だが、お前は望まぬだろう。だから、余はお前の一族の血を王家に再び組み入れることにしたのだ」

「……陛下」


 サイラルは喘ぐようにただその口にした。

 異世界ニホンの血へ憎悪はまだ心の中で渦巻いている。

 本当は、憎しみはそれだけでなく、王家にも向いていた。

 タエの言葉に縛られ、見捨てられて来た母の一族。

 

 この国の最も高き位にありながら、ただ一人の異世界の王妃の言葉に縛られる。

 それが許せなかった。


「サイラル。余がこの事実を知った時、すぐさまお前に謝りたかった。そして、王位を譲りたかった。だが、父上がお前が望まぬだろうと言い、お前の願いを叶えるように余に言い残した」

「……ナダリ様が、」


 思え返せば先代ナダリの行動は時にして、サイラルをかばいすぎることもあった。先代には宰相は置かなかったが、すでにその役目をサイラルは担っており、ナダリはいつも彼の意思を尊重していた。


「リカ達を許してやれぬか?彼らに償いをさせたい気持ちは理解できる。だが、彼らはタエではない。元はといえば、王の罪だ。国民の感情を思いはかるあまり、王宮の池すら破壊できないでいた。王宮の池を破壊する。そうすれば、異世界の者を呼ぶことはできないだろう。タエの願いもそれで叶えられたはずなのだ。それなのに、すまない」


 王は臣下に謝ることは許されない。

 サイラルが初めてキリアンに教えたことだ。

 だが、キリアンは教えを破り、サイラルに頭を垂れていた。


「……陛下。謝ってはなりません」


 どれくらい時間がたったのだろうか、サイラルがそう言ってキリアンの肩に手を置いた。


「王は臣下に謝ってはなりません。私があなたに初めて教えたことがそうでしたよね」

「覚えている」


 キリアンは震える声でそう答え、顔を上げた。


「私は異世界ニホンの血が許せません。でも同時にこの血は母が私に残した唯一のものです。この血は母がこの世に存在したことを証明するもの。母はただ、外に出たかったはずです。私と父と一緒に外へ。私は父をもっと問い詰めるべきだったかもしれない。そうしたら、事実を知っていれば、私は母を外の世界に連れ出せたかもしれないのに。結局、一番憎いのは自分自身なのです。事実を知らず、ただ安穏に暮らしていた自分が」


 サイラルは、青い瞳に暗い色を落とすキリアンに、自虐的な笑みを見せる。


「幼い時から私はのめり込むように勉学に励み、周りの者が天才と褒め称える環境に酔いしれていた。母のことなど、頭の片隅に追いやられており、自分のことしか考えていなかった。結局悪いのは異世界ニホンでもなく、王でもなく、私なのです」

「それは違う!」

「違いません。最初に母の日記を見たとき、私は多分信じたくなかった。だから、必死に調べた。そうして事実とわかったとき、呆然とし、それは怒りへと変わった。三十四年間、私は事実を知らなかった。いえ、知ろうとしなかっただけですね」

「サイラル!」


 キリアンは急にサイラルが心配になり、その両腕を掴んだ。

 成長期の彼はまだサイラルより十五センチばかり低く、見上げる形になる。


「お前は悪くない。憎むなら王家を。そして、お前が王になりたいというならば、喜んで王位を渡してやる」

「陛下!そのような言葉、決して口にしてはいけません。王位を軽んじてはいけません。この五年、あなたは立派に王の役目を勤め、民衆もあなたが王であることに誇りを持って暮らしています。なのに、あなたが王位を軽んじてはいけません」

「……だが」

「私の出自を明らかにしてほしい。しかし、王はあなたのままで。私は宰相であり続けます」


 サイラルは自分の腕を掴むキリアンの手を優しく振り解くと、膝を床につき、臣下の礼を取る。


「私、サイラル・エファンは、この命尽きるまで、あなたの臣下として忠誠を誓います」

「……わかった。ありがとう」


 キリアンがそう答え、サイラルが立ち上がる。

 その表情は明るく、憑き物が落ちたかのような晴れやかな笑顔を浮かべていた。





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