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2 係長は美女で、王と結婚しなければならないらしい。

 そうして、現在に至る。


「……大丈夫ですか?」


 いつもとは立場が逆だった。

 女体化したことに愕然とし、泰貴はパニックに陥っていた。ベッドから降りると部屋を歩き回り、ぶつぶつと何かを呟く。

 反対に李花は落ち着いたもので、体を起こすと男体化した体を試すため、ストレッチを始める。

 股の間のあれがぶらぶら揺れるのは気になったが、乳房が揺れるよりはよほど楽であった。肩が凝る事もないし、お尻が大きくて物に当たる心配もない。


(これはどうみても異世界トリップだよね。普通は一人でトリップして、女の子だったら王妃とか巫女。男の子だったら王子か勇者。でも私達の場合なんだろう?)


 ぐるりと見渡すと、部屋は普通の部屋でなかった。石造りで、出入り口は一つ。扉はノブのない木の扉。窓は赤子すら出入りできないような小さいもの。明かりは壁に備え付けられてる蝋燭と小さい窓から差込む日の光。


「まずいな」


 泰貴は一通り部屋の中を歩き回って、落ち着いたようだった。ベッドに腰掛け、大きな溜息をつく。

 俯いたせいで、はらりと艶やかな黒髪が顔を覆い、泰貴の美貌は儚げな印象を与えた。


(まあ。男だった時にはありない。儚げさですけど)


 李花はスレンダー美女から視線を外すと、ストレッチを再び始める。


「楽しそうだな」

「はい!」


 天井に向かって手を伸ばしていたり、ジャンプしていると泰貴は冷たい声をかけた。やはり男性だった時より迫力がかけるので、李花はそのまま素直に返事をする。

 すると、大きく息を吸う音がして、一気に捲くし立てられた。


「お前!この状況わかってるのか?一か所しかない出入り口、窓は小さくて石造り!家具はベッドしかない。これはどう見ても人を閉じ込めるための部屋じゃないか!」

「牢屋とかですか?」


 閉じ込めると言われ、一つしか思い浮かばず、そう答える。


「いや、牢屋にしては綺麗すぎだろう。だから牢屋ではないと思うが。それよりもここは日本なのか、そうじゃないのかだ」

「……日本じゃないですよ!」

「どうしてそう思う?」

「だって、この部屋の造り。どう見ても日本じゃないですよ!」

「もしかして、特注かもしれないぞ」

「……そう言われてみればその可能性も。あ、でも!ほら、見てください。服!こんな服、日本じゃ、いや手縫いなんて最近どこもないですよ!きっと、ここは異世界なんですよ!」

「……お前、本当に頭悪いなあ」

「し、失礼な!でも、異世界じゃなかったら、どうして私たちの性別が逆転してるんですか?異世界トリップなら、性別逆転もありじゃないですか?」

「……そんなファンタジーみたいなアホな話……」

「係長、認めるしかありませんよ。だって、どうみても普通じゃないですもん!」

「確かに、そうなんだよな」


 切なげに息を吐き、泰貴は額に手を当てる。

 それがまた様になっており、李花は美女はうらやましいと思う。


「係長。そうだ。係長すっごく美人だから、この際自分の体を堪能したらいかかですか?こういう機会めったにないですよ!」

「あほか、お前!女体化したからって、自分の体に興奮する馬鹿がいるか!そういうお前だって、見事に美少年だぞ。よかったなあ」

「美少年?私、美少年になってます?」

「……そんなうれしいか?」

「ええ!やった、美少年!本当、性転換万歳!」


 両手を挙げて喜びを表す李花に、泰貴は心底馬鹿にしたような視線を向けた。


「本当、単純だな。お前。もし、俺たちがここに閉じ込めれていたとしたら、どうなるか考えてるか?」

「へ?」

「罪人か、売られるか、どちらかだろう?ああ、後は殺す予定かもしれない」

「ええ??」


(うう、喜んだ私が悪かったです。神様。ごめんなさい。元の世界に帰してください)


 泰貴の脅しに李花は急に怖くなり、この時ばかりは神に祈った。



 しばらくして神の祈りが通じたのか。

 外から閂を開ける音がして、扉が開いた。


「ああ、やっと起きましたね」


 入ってきたのは一人の男だった。

 身長は百八十センチほど。銀髪の美青年。灰色の瞳が穏やかな口調と相反して氷のようだった。


「昨日は気を失っていたので勝手に運ばせてもらいました。服は濡れていたので着替えさせました」


(ええ?濡れていた?一体何が?)


「……あんたは誰だ?どこから俺達を連れてきた?」


 泰貴は、なぜか李花を守るように前に立ち、問いかける。


(係長?)


 背中に守られる。

 同じくらいの背丈、しかも性別が逆転している今、前に立たれると微妙な気持ちになる。


「相手に名を尋ねる時は自分から、ああ、そちらの世界ではそういう常識はないのでしょうか?」


 馬鹿にするような口調で、背中越しにも泰貴の怒りがわかる。


「俺は長井泰貴ながいたいきだ。こっちが古玉李花こだまりか。あんたは?」

「私はサイラル・エファン。アヤーテ王国の宰相をしています」


(宰相?めっちゃ若いんだけど。若く見えて実は歳とか)


 どうでもいいことを考えている李花の前で二人は火花を散らしていた。


「宰相様か。俺たちに何の用だ?もしかしてこの世界に俺たちを連れてきたのはあんたか?」

「はい。その通りです。でも二人も来てしまって。まあ、用事があるのはあなただけ、ですけど」

「え!」

「どういう意味だ?」


 李花の驚きは無視され、話は続けられる。


(無視された。結構きつい。っていうか私は関係なかったんだ。性別転換までさせられたのに)


 急に邪魔者扱いされたようで、李花は落ち込んでしまう。


「私たちは百年前のように、異世界ニホンから王妃を招くつもりでした。それで、儀式を行ったら、あなたとそこの少年が現れたので驚きました。まあ、目的は達したからいいのですけど」

「王妃?!冗談じゃない。百年前ってなんだ?だいたい。俺は女じゃない。王妃なんてとんでもない」

「女じゃない?おかしなこと言いますね」


 サイラルは口元に笑みを浮かべる。


(うん。確かに体は女だもんね。係長。っていうか、私は返してもらえるのかな。あ、でも状況によっては帰んなくてもいいか。王妃の従者とか言えば、結構楽させてもらえるかもしれない)


「っつ。体は女になってるけど。俺は元は男だ。ちなみにそこの古玉は今は男だが。元は女だ。王妃は古玉じゃないのか?」


(ちょっと係長!)


 蚊帳の外に出されていたのに、急に連れ戻された気分だった。

 サイラルはその冷たい灰色の目を李花に向ける。


「確かに女性的な顔はしてますね。でも男ですからね。子供は産めないので無理です」

「こ、子供?!」

「そうです。王妃になってもらい、 後継ぎを産んでもらいます。そのためにあなたを呼んだのです」

「ふざけるな。俺は絶対に嫌だ」


(それはそうだろうなあ)


「それでは、このコダマ様がどうなってもいいのですか?」

「ええ?!」


(え、私?私を人質にするの?)


 狼狽える李花は、助けを求めるように泰貴を見てしまった。


(死ぬのはいやだ)


「……わかった」

「ええ?係長?」

 

 素直に承諾した元鬼係長に、李花は驚きを隠せなかった。


「王妃になって、子どもを産めば俺たちを元の世界に戻してくれるか?」

「……コダマ様だけは元に戻してあげます。あなたには死ぬまで王妃としてこの国にとどまってもらう必要がありますから」

「………」


(係長!ちょっとどうするんですか?命は助かりたいですけど。それじゃ、係長があんまり。あと、私一人で戻っても後味が悪すぎます!)


 李花はじっと泰貴を見つめる。

 「彼」――黒髪の美女になってしまった彼女はにこりと華やかに微笑んだ。

 女性的なのになぜかときめいてしまい、そんな場合じゃないのに李花は自分の嗜好について考えてしまう。


「いいだろう」

「……ありがとうございます。それでは未来の王妃様を部屋にご案内しましょう。コダマ様はこちらで待機してもらいますよ」

「それはだめだ。俺の知らないところで何かあったら困るからな」

「信用していませんね」

「ああ」

「それでは、コダマ様は王妃の従者という役で、側に仕えさせましょう。しかし、お生まれになった子が王に全く似ていない場合は、コダマ様、あなたの命はないと思ってくださいね」

「ええ?!どういう意味ですか!それ!」


 ずっと発言を抑えてきたがこの時ばかりは思わず叫んでしまった。


「ありえない。宰相。余計な心配は無用だ」

「……そうですか。それならいいのですけど」


(ありえない。って。断言しなくても。いや、それはそれでいいのか。っていうか、なんか私って完全にお荷物?)


「行きますよ。着いてきてください」

「古玉。着いてこい。俺の傍にいないとお前どうなるかわからないぞ」

「はい!」


 美女相手なのに、耳元で囁かれ、李花は真っ赤になって返事をした。


(なにこれ?いったい何の罰ゲーム?美少年になって浮かれていてすみません。係長が王妃になるって聞いて、ちょっとざまあみろっと思ってすみません)


 李花は心の中で懺悔しながら、サイラルと泰貴の後を追った。



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