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22 サイラル・エファン


「サイラル。余は間違っているのか……」

 

 キリアンは羽ペンを机の上に置くと、隣に佇むサイラルを仰ぐ。

 その瞳は彼の教師をしていた頃を思い出させ、胸に少しだけ痛みが走った。


「いえ。異世界の女性との結婚は最上の策です。すでに大臣達へ手も打っております。陛下がご心配なさることはありません」

「だが、」

「陛下。ナガイ様を得るということは、コダマ様も傍に置くことと同じことです。国民も百年前の繁栄の復活と喜ぶでしょう」

「そうか、そうだな。余は間違っておらぬ。大臣達が納得しているのであれば、婚儀を急がせよ。早いほうがいいだろう」

「……明日にでも大臣達と再度会議を開きましょう。今から伝令を出しますので、私は執務室に下がらせていただきます」

「そうだな。よろしく頼む」

 

 キリアンは浮かない表情のまま、頷く。

 サイラルは心の動きを悟られないように、笑顔を浮かべたまま一礼すると部屋を出た。



「サイラル様」


 部屋の外で待機していたサギナが足早に進むサイラルの後を追う。


「各大臣へ、明日の会議の伝令を出す。大丈夫か?」

「はい。明日なら御三方とも空いているはずです」


 執務室へ入ると、サギナを立たせたまま、サイラルは三通の文書を作成する。仕上げに宰相印、署名を終え、彼に渡した。


「サギナ。頼んだぞ」

「はい。サイラル様」


 頭を垂れ、サギナは筒状に丸めた三通の文書を抱えると執務室を後にした。

 サイラルは立ち上がると、棚から箱を取り出す。そして蓋を開け、一冊の本を取り出した。


 彼は頁を捲り、最後の頁を開く。


 ――母を覚えているかしら。

 あなたのことをとても愛していた母を。

 きっと、お父様に似て美男子に育ったのでしょうね。

 何もできなくてごめんなさい。

 それでも私は本当にあなたを愛していたのよ。

 覚えていて。


 あなたを誰よりも愛する母より



 弱々しく書かれた文字。

 それは、サイラルの母親の最後の言葉だった。

 彼には母親の記憶がなかった。

 重度の病に冒されているということで、母親と一度も会ったことがなかった。

 母親はサイラルが十五歳のときに死亡したということだった。

 遺体は火葬され、骨だけが埋葬された。

 罪人でもないのにと不満がったが、伝染病のためと説明され、納得するしかなかった。


 一年前、屋敷に一人の老婆が現われた。彼女は生前母に仕えた乳母と言い張った。当初、サイラルは信用していなかったが、母の日記というものとりあえず受け取った。

 その使用人が半年前に死亡したと聞き、忙しい合間を縫って、その日記を読んだ。


 内容は衝撃的で信じがたかったが、中に入っていた一房の髪が信憑性を高めた。

 日記を読み終わり、サイラルは密かに調べた。

 そうして裏づけが取れ、彼は日記が本当に母のものだと確信した。


 サイラルの母は病気ではなく健康体だった。

 生まれた時から屋敷から出たことがなかったので、多少病弱ではあったが伝染病などにかかり隔離されるような病気にかかってはいなかった。


 彼女は髪も瞳も漆黒で、肌は黄土色の、アヤーテ国民とは違う色を持っていた。


 そう、彼女は異世界から来た女性と同じ色彩をしていた。


 ――異世界の血は六十年前の第十代王カリダで途絶えていたはずだった。


 しかし、血は途絶えていなかった。

 第九代ライベル王とタエには隠された娘がいた。

 黒髪の黒目の、タエそっくりの娘が。

 タエが身ごもった時、カリダはすでに成人しており、タエはお腹の子もろとも死を図ろうとした。

 だが、王の説得に屈してタエは「生」を選択した。しかし、妊娠と出産の事実は隠匿され、子は闇に葬られた。


 闇に葬られた子は、密かに援助を受け一生を全うした。

 しかし血は途絶えることなく、受け継がれた。

 血は薄まっていったが、確実に血は続いていった。

 およそ五十年間、黒髪と黒目の子は生まれることはなく、異世界とは関係なく子孫達は過ごした。だが、口承でその出自は一族に伝えられおり、目立たないようにひっそりと暮らしていた。

 ある日、突然黒い容姿の子が誕生した。それがサイラルの母――シェリルで、両親は彼女を人里離れた森の中に隔離した。

 十数年後、両親が亡くなり、彼女の存在は確実に忘れられた。

 シェリルは乳母以外とは誰とも接触せず、寂しく人生を終える予定だった。しかしエファン家の長子と偶然に出会ってしまい、恋に落ちた。

 サイラルの父――ジャスティンは一族を捨てて結婚。二人は末永く平和に暮らすはずだった。

だがエファン家は不慮の事故により跡継ぎを失い、ジャスティンを再び呼び戻した。

 応じない場合は、シェリルの命を、そしてその腹に抱くサイラルを奪うつもりだと脅され、従うしかなかった。彼はシェリル以外を妻と認めず、結局サイラルをシェリルから奪うことになる。

 一歳になったサイラルはエファン家に引き取られ、シェリルと二度と会うことはできなかった。

そうして十四年が経過し彼女は死亡。唯一の使用人で乳母のデリーはサイラルと接触しないようにエファン家に言われていたはずだ。しかしは死期が近づいた一年前、隠し持っていた日記を彼の元に届けた。


「異世界の者を呼び出すことを禁じる、か」


 そうつぶやき、サイラルは日記を閉じた。


「そのために母は不遇の一生を過ごした。馬鹿馬鹿しい」


 ――最後の異世界の王妃タエは、二度と異世界の者を呼び出すことを禁止した。その為に自分と子の命を捨てようとすらした。九代目王はそのことを重く受け入れ、子の隠蔽に力を貸した。


 日記にはシェリル一族のこと、彼女の孤独、そんなものが混ざり合って書かれていた。

 どのような思いで日記に綴ったのか、サイラルに何を望んでいたのか。

 彼女の願いはわからない。

 しかし彼女の苦しみは痛いほど伝わってきた。


 母の痛みに浸っていると、ふとサイラルの脳裏にキリアンの顔が過ぎる。


「裏切っているわけではない。これは陛下のためでもある」


 彼は母親の一生を壊したこの血を許せなかった。


 ――異世界の者を呼び、未来永劫アヤーテ王国の繁栄のために尽くさせる。

 それが陛下のためでもあり、この国のためでもある。


「そして公式に母を認めさせる。彼女は王族の血筋で、幽閉、火葬などは許されていいことではないのだ」


 新たな異世界の王妃誕生と同時に母親の身分も明らかにする。

 それがサイラルの願いで、そのために彼は動いていた。



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