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21 係長の告白

「似てる。おかしいくらい」

「何が?」

「係長!」


 いつの間にか背後に立っていた泰貴に李花は椅子から転げ落ちそうになった。


(音しなかった。窓から入ってきたの?)


 窓に視線を向けたので、泰貴には李花の言いたいことがわかった。


「今日は普通に入ってきた。今夜もボットは外に立っていたな」

「ボットさん。無理しなくてもいいのに」

「無理とか仕事だろ?」

「仕事ですけど。休む暇がないなんて」

「それが近衛兵ってやつだろ」

「でもそれでも」

「お前やけに奴の肩を持つな」

「悪いですか?結構お世話になってるんです。でも心は許してもらってない気はしますけど」

「心?お前、あいつに心を許してもらいたいのか?」

「はい。だってお世話になっているのに他人行儀は嫌ですし。でもボットさんは身分もあって年上なのに、丁寧語がいいっていうし。心は許してもらえないみたいですけど」

「ボットが丁寧語がいいっていったのか?」

「はい」

「ふうん」


 美女姿なのに、泰貴は顎に髭が生えているように触り、天井を仰ぐ。


「まあ、奴は聡いな。キリアンとは違う」

「どういう意味ですか?」

「知らなくていい。これ以上、増えると面倒だ」

「増える?」

「お前は知らなくていい。本当鈍感でよかった。でも俺の気持ちに少しも気づいていないのも問題だな」

「俺の気持ち?」

「いい。戻ってから伝える」


(自己消化するのはやめてほしい。ボットさんも係長も意味が分からない)


「さて、ボットの話はこれで終わるとして、お前、何見てるんだ?」


 泰貴にとってシガルのことはそれだけらしい。

 「彼」は李花の隣に立ちテーブルの上の本を覗きこむ。そして隣の「彼女」と本の中の肖像画を見比べた。


「似すぎてる」

「ですよね?」


 泰貴の反応に、李花はやはりとある可能性を考えた。

 第十三代王ナダリの王妃で、キリアンの母のルイーザの肖像画は、肌、髪、瞳の色は異なるが李花の元の姿に酷似していた。


「これは他人の空似以上だな」

「……もしかしてこのルイーザ様と私は血がつながっているのでしょうか」

「可能性はある。が、あくまでもだ。ボットが知らないのはおかしい」

「可能性はあるんでよね。だったらボットさんに協力してもらったら帰れるんでしょうか」

「ボットがルイーザと本当の姉弟であり、方法が分ればな。でもそうだとしても帰れるのはお前だけだ。しかも男のままな」

「え?どうしてですか?」

「例えばルイーザつまりボット家の血がお前の先祖と一緒だとする。そうなると、それはお前だけに有効の可能性が高い。だからお前だけが元の世界に戻れる。だけど、俺は戻れないからお前は男のままだ」

「え?どういう理屈ですか?」

「俺とお前が呼ばれたのは、俺の先祖の血を使っている。だから俺を女性化するために、お前も巻き込まれた。もし俺の先祖の血にお前の血が入っているなら、女性のお前だけが呼ばれたはずだ。それと同じで、仮にボットがお前の先祖だとして、奴の関係者の血を使っていれてば、俺は呼ばれていないはずだ。だから、今回はボットとは関係ないということだ」

「ふうん。なるほど」


(意味よくわかんないけど、ボットさんではだめなのか)

 

 手がかりをつかんだと思ったのに期待はずれで、李花はがっかりしてしまった。


「まあ。そうがっかりするな」

 

 泰貴は慰めるかのように李花の頭に手を乗せる。


「係長。私達は戻れるのでしょうか」

「なんだ、どうした?」

「何かすごく不安で」


 不安の大きな原因はキリアンだった。

 毎朝、彼の視線が苦しく、戻っていいのか、自問することになる。


「戻れるさ。なんとしても」

「はい」

「李花。俺はお前が好きだ」

「は?」


(今、何ていった?)


 体を強張らせて、泰貴を見上げる。

 座っている李花に対し、横に立つ泰貴はちょうど、日本にいた時と同じくらいの目線になる。

 「彼」は両手を李花の肩に載せ、その黒い瞳を真摯に向けていた。


「俺はお前が好きだ。入社した時からずっと好きだった。だから、俺と一緒に絶対に日本に戻ってもらう。マザコン坊やなどに惑われるな。俺のことを考えろ」

「か?」


 泰貴が李花の肩から手を放し、その頬を包むと強引に唇を重ねる。


(キスされてる?しかもディープ。いやちょっと、これは!)


「か、係長!」

 

 李花は思いっきり泰貴を突き飛ばした。

 男性のままなら、簡単に突き飛ばされるはずはないのだが、女体で油断もしていたので、突き飛ばされ床に尻餅をつく形になった。


「り、李花?」

「リカ!」


 物音が響いたのか、シガルが珍しく扉を叩くことなく入ってきた。

 床に座り込んだままの泰貴、そして真っ赤な顔の李花。しかもその唇が紅で染まっており、シガルは理解する。


「……えっと邪魔しました」

「待って!ボットさん!」

「李花?」


 シガルを李花が呼び止めるとは思わず、泰貴は驚きの表情を見せた。


(このまま係長と二人きりは避けたい。私、告白された?でもそんなこと考えてなかったし。日本にいたころと違って嫌な気持ちにはならないけど。好きって気持ちでもなくて)


「……俺が悪かった」


 呼び止めたはいいが、李花も固まったままで、シガルは戸惑うしかなかった。泰貴は李花の反応に自分の行動は早まったものだと悟る。


「でも俺の気持ちは変わらない。日本に帰ったら考えてほしい」

「か、係長」

「ボット。お前もそうなのか?キリアンと同じで顔か?」

「……何の話ですか?」


 突然泰貴に話を振られ、不愉快という表情を隠さず、シガルは彼を睨み付けた。


「怖いな。キリアンより、お前のほうがやっかいそうだ。だが、李花は日本に俺と一緒に戻るからな。李花はお前の姉ではない。シスコンなんて卒業しろ」

「は?何を言って?」

「係長?」


(またまた、もう。なんかみんな私にわからないことばかり話す。ああ。もう面倒)


「さ、戻るか。シガル、お前も用はないんだろう。外に出ろよ」

「……了解です」


 彼にしては珍しく不機嫌な表情をしたまま、シガルは答えた。


「リカ。本日はゆっくりお休みください。着替えと湯を準備させます」

「リカなあ」

「ナガイ様。あなたもゆっくり休まれたらいかがですか?メリルが心配しているはずだ」

「わかってる」


 親父美女と不機嫌な兵士は騒がしく部屋を出て行き、李花はぽつりと部屋に取り残された。


「何、なの?」


 そんな「彼女」のつぶやきに答えるものは誰もいなかった。




「それではお部屋へお戻りください」


 慇懃無礼にシガルはそう言うと、隣の扉を開けた。

 何か言ってやろうと考えたが、これ以上刺激して蛇を出してはかなわないと、泰貴は無言で部屋に戻った。


「お帰りなさいませ」


 部屋で冷たくメリルが出迎える。李花からサギナの妹で監視役も兼ねているはずと話を聞いていたので、余計な話をすることはなかった。

 だが暇になると思わずメリルに話しかけていた。

 日本では泰貴はそれなりにもてていた為、女性には困ったことがない。扱いも慣れているのだが、李花に関してはどうしてもうまく立ち回れていなかったようだ。

 会社では同僚や部下達に手出しをさせないようにしており、ゆっくり時間をかけて攻めていた。「彼」はそのつもりだった。だが、李花には全く気づかれてなかったようだ。

 キスした時の「彼女」の反応を思い出し、その唇の感触に浸るが、拒否されたことに思い至り、自分自身を失笑した。

 しかも、最悪なことに邪魔者まで入った。


「シガル・ボットか」


 泰貴はメリルに湯浴みの世話を受けていた。恥じらいのない「彼」は李花と違って普通に体を清めてもらっていた。

 通常は淡々と行われていた作業なのだが、思わず漏らした邪魔者の名前に彼女は反応する。

 珍しいメリルのリアクションに、泰貴の悪戯心が騒いだ。


「どうかしたか?」

「いえ、何も」


 メリルは何事もなかったかのように、泰貴の体にお湯をかける。


「友達なんだよな?」

「と、友達?そのような関係ではありません」

「ふうん」


 メリルの表面上はいつもの無表情。しかし、泰貴に触れる手が微かに震えていて、何かしら彼女には思いがあるのだろうと推測できた。

 

「もしかして片思い?」

「っ!」


 言葉にならない言葉を発し、メリルの動きが止まった。少しだけ頬が赤い。


「協力してやろうか?」

「そ、そんなことは必要ありません!」


 ついに耐え切れなくなり、メリルは乱暴にお湯を泰貴に浴びせた。


「……可愛いな」

「っつつ!」


 動じることもなく、水も滴るいい女の泰貴にそう言われ、彼女は完全にいつもの無表情を失った。




「あー」

 

 夕食をとり、お湯で体を拭き着替える。

 一連のことを済ませると、李花はベッドに身を投げた。


(ああ。疲れた。今は帰ることを考えないといけないのに。係長はなんかよくわからないこと言うし。好き、好きって。あんな態度をとっていたくせに。でもこっち世界にきてからはずっと優しかったっけ)


 頬への二回のキス、そして先ほどのディープな唇へのキス。

 思い出して李花は顔を枕に伏せた。


(恥ずかしい。それしかない。っていうか、私は彼のことが好きなの?嫌いじゃないけど。好きって?わからない)


 男の体で乙女ちっくな悩みを抱え、李花は結局答えを出すことができず眠れない夜を過ごす。そういうことはなく、「彼女」はいつの間にか眠りに落ちていた。


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