20 成長する気持ち
「リカ。興味のある頁はどこだ?」
「えっと、あの」
丁寧語をやめましょう。名前で呼びましょうと決めたが、すぐに口調を変えられて李花は戸惑ってしまった。
「やはり言葉使いを元に戻しましょう。リカ、興味のある頁はどこですか?」
李花の動揺を感じ取り、名前はそのまま呼ばれたが、シガルはすぐにそう言い直した。
(うわ。自分から言い出したくせに。私って。ダメダメ動揺なし!)
「大丈夫!丁寧語はなしで。異世界の王妃の頁を読みたいです!」
気合を入れて、李花はテーブルに置かれた分厚い本に手を乗せる。
隣に座るシガルを妙に意識してしまい、「彼女」の動きはぎこちなかった。
(前からイケメン系だと思っていたけど、そりゃあ、キリアンと血が繋がっているしね。笑うと印象が柔らかくなって、どきどきするんだけど)
「どうした?」
「あ、なんでもないです!」
「丁寧語に戻ってますよ」
「あ、なんでもない。どの頁?」
(なんで、ボットさん。いやシガルさんは、こんなに適応力が高いの?丁寧語からため口ってそうそう簡単に切り替えられないはずなのに)
ちょっと負けた気がして、李花は先ほど見惚れたことを忘れ、負けないように口調に気を付けようと気合を入れた。
それを見て、またシガルが笑い、「彼女」はまた惑わされる。
おかしな自分の気持ちを振り払い、李花はやっと目的に達した。
シガルは目次を確認すると、テーブルの上に百年前の王妃の頁を広げる。
「似てる」
「そう言われてみれば」
見開きの頁に二人の女性の肖像画が並んでいる。
長い黒髪の女性たち。
泰貴から従姉妹同士と聞いていたので二人が似ているのは当然だった。
しかし李花が似てると思ったのは、女体化した泰貴に対してだ。
涼やかな目元が血筋を表していた。
「やっぱり、この二人は係長の親戚なんだ」
改めて「彼女」は「彼」と百年前の王妃達のつながりに納得した。
「リカ。ナガイ様はリカの上司と言っていたが、本当か?」
「うん」
(何を突然?)
シガルの突然の質問に李花は戸惑い、本から彼に視線を移す。
吸い込まれそうな青い瞳が「彼女」を魅了していた。
「綺麗、南国の海みたいな色」
「南国の海?」
「そう。ボットさんの瞳。キリアンと同じなんだけど、もっと明るい色に見えます」
「……見えます。言葉使い」
「あ、見える」
(いやいや。やっぱり切り替えは難しい)
李花が誤魔化し笑いを浮かべていると、シガルが視線を「彼女」から本に移した。
「百年前の王妃達はナガイ様の曽祖父の姉君たち。そしてリカは巻き込まれただけ」
「ボットさん?」
「あなたは帰る人だ」
(どうしたの?突然)
彼は食い入るように異世界の王妃の肖像を見ており、横顔から何を考えているか、李花にはわからなかった。
「ボットさん?どうしたんですか?」
「リカ。読んでみてください」
シガルは「彼女」を見ることなく、そう言う。しかも名前は呼び捨てだが、口調は以前のものに戻っていた。
「ボットさん、丁寧語に戻ってますよ」
「言葉使いを元に戻します。そのほうがしっくりくるので」
李花の指摘にただそう答え、彼は視線を本に固定したまま。
「え?なんで?」
「いいですから」
強引にそう言われ、李花は頷くしかなかった。
結局「彼女」自身では読むことはできず、シガルがその二頁を読むことになった。
第九代王ライベルの最初の王妃――シズコは異世界から突然現れ、当時侵略の危機にあったアヤーテ王国の救いの女神となった。他国を退けアヤーテ王国に平和が訪れる。
そうしてシズコは王と結ばれ、王妃となった。
世継ぎにも恵まれ、国の繁栄は間違いなかった。
ところがある日、シズコは異世界に戻る。
代わりに召喚されたのが、シズコの従姉妹のタエだ。
シズコに似ているタエは、王だけでなく王太子にも母親代わりとして必要とされ、次の王妃となった。
タエは王立学院の設立等に力を入れ、のちのアヤーテ王国に多大な影響を与えた。
「……影響?」
「貴族戦争などがそれです。王の政策に反対して、貴族が内乱を起こしました。鎮圧は問題なく行われ、反対した貴族の家はすべて取り潰し。このころ貴族の数が一気に減りました」
「……すごい影響ですね」
「今となってはよかったことです。貴族が多すぎても仕方がないですから」
貴族の一員であるシガルの言葉とは思えず、李花は凝視してしまった。
「……おかしいですか?貴族なんて民から得たもので生きているような身分ですからね。たくさんいても仕方ありません。昔は能力がなくても家名だけで民から農作物やらを摂取してましたから。私はタエ様の考えは正しいものだったと思ってます」
「なんか、ボットさんも考えているんですね」
「考えなしに見えますか?」
「いえ」
「正直に言っても構いませんよ。確かに私は頭を使うより、体を動かしたほうがいい方なので。間違いではないですから」
(え、そんなこと言ってないのに。ボットさんはちょっと思い込みが激しいのかな。私をゲイだって思ってたしね。そう言えば、今はそんな引いた様子見せないけど)
「さて今日はこの辺にしましょうか。あとは自分で読む努力をしてみてください。一頁は必ず読んでください。宿題とします」
「宿題」
「コダマ様、どうせ暇ですよね?」
「はい」
予定がない李花はそう素直に頷くしかなかった。
ため口作戦は失敗したが、名前で呼ばれるになったので、少しだけ彼との距離が縮まった気がしていた。
(でもなんで、丁寧語の方がしっくりくるんだろ。変なの)
その理由について、李花が理解させられるのはかなり後のことになる。