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19 二人の近衛兵

「マグリート。来ましたか」

「……来たよ」


 サイラルが昼食を終わらせた頃、外務大臣の訪問を受けることになった。

 ソファに座るように勧め、その向かいにサイラルが座る。テーブルにサギナがお茶と菓子を用意した。


「じゃ。先にいただくね。お昼まだなんだよね」

「疑わないのですね」

「当たり前だろ。今僕を殺しても不利益しかない。外交の腕は僕の右に出るものはいないし。君の狙いは戦争じゃないだろ?」

「……そうですね」


 サイラルはティーカップを掴み、お茶を口に含む。マグリートはクッキーをかみ砕き、お茶を飲んだ。


「キリアンの様子おかしいよね。君がそんなことするとは思わなかった。何をしたいの?ナダリの思いを無視するの?そんなに復讐が大事?」

「マグリート。あなたはどこまで知っている?」


 サイラルの口調が冷たくなり、サギナが軽く構えをとった。


「さあ、どこまでかな。でも国を壊すつもりだったら、僕は絶対に阻止する。ナダリの思いを忘れてしまったの?」

「……忘れてはいない」

「復讐なんかに意味はないよ。サイラル」

「あなたに何がわかる?」

「わからないよ。ただ、僕には無意味に見えるだけ。過去を見てもしょうがないじゃない。未来をみなよ」

「……」

「君の考えが変わることを祈ってるから」


 マグリートはにこりと笑うとクッキーを口に放り込み、お茶で流し込んだ。




 それから李花は変化のない日々を送った。

 朝食はキリアンと共に、昼はシガルから文字を教えてもらい、夜は泰貴の訪問。

 何も進展はなく、ただキリアンの視線や言葉に惑われた。泰貴には「マザコン」の一言で片付けられていた思いだが、李花にはとても重く、今では会うことが苦痛になっていた。


「図書館に行きましょうか」


 そんなある日、シガルがそう提案し、李花は気分転換ができると嬉しかった。


(息が詰まりそうだもん。もう)


 苦しいのは自分だけではないのだが、考えることが基本的に嫌いな李花はほとほと参っていた。


「お久しぶりです」


 図書館の前では、優しい笑みを浮かべたサギナが待っていた。


「エファン様の指示か?」


 無表情から一変、厳しい顔つきになりシガルが尋ねる。


「ええ。でも入館はご自由に。私は見ているだけですから」

「……監視つきか。こちらはマグリート様の許可を得ているのだが」

「そうですか。でも、外務大臣の権限は王宮内では宰相であるサイラル様には敵いませんよ」

「……図書館をうろうろされるのが嫌なのだな」

「さあ、どうでしょう」


 言葉の応酬。

 

(なんだかな。とりあえず中には入れるようなので入ったほうがいいんじゃ)


 李花が思ったことをシガルも考えたらしい。溜息をつくと、サギナの側を通り、扉を開けた。


「コダマ様、どうぞ」


 図書館内には司書らしき人物がいなかった。

 

(えっと借りたりできないのかな。勝手に持ち出したらまずいよね)


 本棚は部屋の三分の二の面積を占めており、残り三分の一はソファと椅子が置かれた空間だった。


(ここで読むってことか。だから貸し出しはなし)


「シガル。君が陛下に逆らうなんて思いもしなかったですよ」


 李花が図書館を観察している中、二人は後方で対峙する。

 サギナは感情の読めない笑顔で、シガルは無表情の彼にしては珍しく怒りとも取れる表情を浮かべていた。


「逆らうなどしてはいない」

「コダマ様に協力すること自体、陛下の意志に逆らうことですよ。陛下の望みを知っているでしょう?」

「あれは本当の陛下の望みではない。エファン様に炊きつけられたんだ」

「そうでしょうか?」


 始終笑顔のためか、サギナの方が余裕に見えた。

 李花は本よりも二人の様子のほうが気になり、そっと様子を窺う。


「そうだ。だから、俺はお前にも容赦しない。陛下を傷つけるな」

「陛下を傷つけるな?そうでしょうか?コダマ様を傷つけるな、でしょう?」

「どういう意味だ?」

「君もそうとう姉君に思いがあったようですね。だからコダマ様に惑わされている」

「違う!」

「そうですか?」


 サギナは笑い、シガルの腕が振り上げられる。


(なんかよくわかんないけど。まずいんじゃないの?っていうか、私も関係あるみたいだし?)


「二人とも!やめてください。ここは図書館ですよ」


(えっと止め方間違った?)


 李花の言葉にシガルとサギナが動きを止めた。

 そして二人に凝視される。


(な、何?)


「……ありえませんね」

「だな」


 一気に脱力した二人に李花の方が混乱した。


「な、なんですか?だって図書館。静かにしないと。意味わからないことで喧嘩してもしょうがないですよ。大体キリアンがおかしくなったのは宰相様のせいなのは確かなんだし。まあ。重度のマザコンっていうが一番問題かもしれないけど」

「ま、マザコン?」

「マザーコンプレックス。ママっ子ってことですよ」

「ママっ子……」

「ボットさんがシスコン。どうなんでしょうか?私に対して世話は焼いてくれますけど、キリアンとかとは違うし。シスコンではないと思います」

「シスコン……?」

「シスターコンプレックス。こっちはなんていうのかな。姉っこ?」


 こちらの世界では使わない言葉を連発されて、二人は顔を見合わせて溜息をついた。


「もうわかりました。とりあえず本を適当に見て帰ってください。私はここに立ってますから。シガル。君とはもう話すことはありません。お互い違う立場ですから。お互いの道を行くだけです」

「……そうだな。だが、お前、自分を大事にしろ。あと妹も」

「君には関係がないことです」


 笑顔が崩れ、一瞬サギナはシガルを睨む。だが、すぐに笑顔を作ると壁に寄りかかり、腕を組んだ。


「コダマ様。サギナがいるので、きっと手がかりになるような本は見つけられないと思います。とりあえず気分転換になりそうな本を借りましょう」

「え、借りれるんですか?」


 後方のサギナは気になったが、シガルがそう提案してくれたので、借りようかと本棚を見渡す。考えるのは嫌いだが、読書は嫌いではない。

 勉強の成果か、少しは文字が読めるようになっていた。


「はい」


 シガルはそう頷くと後ろを振り返る。


「いいよな。サギナ。借りていくからな」

「どうぞ。お好きに。確認はさせてもらいますけどね」

「だ、そうです」


(なんか、ボットさん。丁寧語の時と態度が違うな。はっきり言って丁寧語はやっぱり距離感がある)


「これはどうですか?」


 手元に本を持ってこられ、タイトルを確認した。

 『歴代王妃』とあり、シガルがぱらぱらとページを捲る。

 肖像画とともに、氏名などが書かれているのがわかった。


(百年前の異世界の王妃のことが気になる。これにしようかな)


「はい。これにします」

「わかりました」


 本を閉じるとシガルはサギナに本を持っていく。


「『歴代王妃』ですか。まあ。表面的なことしか書かれていないですけどね」


 読んだことがあるのか、サギナはそんな感想を漏らした。


「でもコダマ様に読めますかね」

「し、失礼な!頑張って勉強してたんだから。読めるはず」


 張り切ってそう言ってみたが、先ほど見た感じでは氏名と年代以外はよくわからなかった。


「やはり無理ですよね?」

 

 薄ら笑いを浮かべられて李花は頭にくる。


「サギナ。コダマ様なりに努力はしてるんだ。失礼だぞ」

「努力。それは認めますけど。ところで、どこまで行きましたか?」

「……二十頁だな」

「やはり」

「基本の十頁を教えるのに三日かかった」

「三日……。シガルもがんばりましたね」


(え?なんか仲良くなってる?私をネタに?)


 サギナとシガルは先ほどのいがみ合いは嘘のように、話をしていた。


(っていうか、二人は本当は仲がいいんだ。だけど。今回のことで敵対してるだけ)


 李花は自意識過剰かもしれないが、自分のせいのような気がして暗くなってしまう。


「……その本借りてもいいですよ。学習に役立ててください」

「借りましょうか」


 そんな風に二人に言われ、李花は頷くしかなかった。

 


「ボットさん」


 サギナの視線を感じながら、図書館を後にする。

 後ろを振り返ると、彼はまだ李花達を見ていた。


「何でしょうか? サギナのことですか? あいつはエファン様のいうことならどんなことも聞くので、私たちが完全に姿を消すまで見てるはずですよ」

「そうですか?」


(そんなに宰相様に心酔してる人なんだ。ああ、そういえばなんかキャラ似てるし。っていうかわざと似せるようにしてるのかな。あの笑顔わざとらしいもんな)


「自室にもどったら一緒に本を読みましょう」

「そうですね。あ!」


(また流されるところだった)


「ボットさんはサギナと仲良かったんですか?」

「え、まあ。同期だから」


 言葉を濁すようにそう言われ、李花はその後を聞けなくなってしまった。


(私のせいで、仲悪くなっているの?)


「コダマ様は気にしないでください。あなた方が戻れば、またもとの関係に戻れるはずなので」


 しかし、李花の表情から言葉は漏れていたようで、シガルが珍しく笑顔を作って答えた。


「本当ですか?」

「本当です」


 シガルはそう断言すると先に進む。

 その背中が遠くて、李花は思わず呼び止める。


「ボットさん。もう少し仲良くしましょう」

「仲良く?」

「丁寧語をやめてください。大体、私のほうが年下みたいだし。ボットさんはキリアンの叔父じゃないですか。私に丁寧語っておかしくないですか?」

「えっと、まあ」

「丁寧語なしです」

「……じゃあ。あなたも私に丁寧語をやめてください」

「……えっと努力します」

「じゃあ、私も努力します」

「え。じゃ、努力する」

「はい。努力する」


 李花からけし掛けたこともあるが、案外シガルはお茶目なのか、そんな会話をしながら自室に戻ることになった。


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