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18 不安定な王様

「よく食べるな」


 驚きながらも嬉しそうに微笑んでいるのは、第十四代アヤーテ王国キリアンである。

 金色の髪は、夜でもないのに灯されているシャンデリアの光を浴びて、きらきらと輝いている。青い瞳は煌いて李花の姿をじっと捉えていた。


 翌朝、李花はキリアンに朝食の招待を受けていた。

 広間には二人だけ、給仕もおらず、朝食がテーブルに並べられている。上座はキリアン、そのすぐ右隣に李花の席は設けられていた。

 キリアンは、終始熱烈な視線を李花に送り、その一挙一動を嬉そうに見つめる。

 そのような態度を取られては、さすがの「彼女」も泰貴の言葉を思い出さずにはいられなかった。


(私のことが好き?でもお母さんと似てるからだよね?それってマザコン?しかも、今の私は男で。ああ、なんか面倒)


 考えるのが嫌いな李花はとりあえず目の前に広がるおいしそうな朝食――パンケーキ、スクランブルエッグ、ソ-セージなどをひたすら食べる。それをキリアンが幸せそうに見る、そんな異常な朝食風景が繰り広げられていた。


「もう満足か?」


 フォークを置いたのを確認し、キリアンがそう口を開く。


「はい。ご馳走様でした。おいしかったです」


 視線を絡ませないようにしながら、李花は答えた。

 なんであれ、キリアンの気持ちには答えようがない。極力、冷たい態度でいよう、そう食べながら李花は決めたのだ。


「それはよかった。余も嬉しい」


(えっと、どうすればいいの?)


 反応に困りながら、李花はただう俯く。


「リカ。どうして余を見ない?余が嫌いになったか?」


(うわっ。直接的だな。どうしようか)


 答えに迷っていると、キリアンは立ち上がり、李花に近づく。


「余がお前を帰したくないとごねているのが嫌なのか?」


 腰を屈め、下から覗き見られ、李花は椅子から飛びのいてしまった。


(なんて、攻撃的な美)


 世に言う上目遣いのポーズは美少年にされても、かなりの効果的だった。あまりの可愛らしさに李花は眩暈を覚え、仕方なく壁際で落ち着こうとした。

 こうなると、今となってはシガルを同席させればよかったと後悔する。

 だが後の祭りで、李花はうろたえるしかなかった。


「どうしたのだ?」


 壁際に逃げた李花に、キリアンは笑顔を浮かべて近づく。


(絶対にわざとだ。っていうか私が道外したらどうするのよ。まったく)


 自分は年上で、今は男であるということを念頭に置き、李花は息を吐いた。そして壁を背に顔を上げて背筋を正す。


「キリアン。結局今日の用事は何でしょうか?」

「……リカは冷たくなったな」


 寂しそうに言われ、心臓にナイフが突き立てられたような気分になる。


(だめ。同情したら。この子はお母さんに頼りたいだけなんだから)


「キリアン。私はあなたのお母様ではありません。しかも男ですから」

「……知ってる。でも本当は女だろう。何かしてくれというわけではない。ただ、側にいてほしいのだ」

「………」


(できない。私は帰りたい。女に戻りたい)


 でも苦しげに顔を歪めるキリアンの前では、何も言えずに、李花は黙るしかなかった。


「我侭だろうか。ただそれだけなのに。余は、他は何も望まないのに」


(そんなこと言われても。私は……)


 目の前の少年は、年相応の少年であり王の顔ではなかった。


「ごめんなさい」


 李花はそれだけしか言葉にできなかった。

 彼の望みは叶えることはできない。この国に留まる気にはならなかった。


「……だめだ。余は、」


 九歳で王という重圧を背負い、今まで耐えてきた。彼の中の子供の部分は、外に出ないようにしていたはずだ。

 しかし、それが母親に似た存在の李花によって、顔を出してしまった。


「余はお前を絶対に元の世界に戻さない」


 笑顔を消し、表情を完全に消すとキリアンは李花に背を向けた。



 それからシガルが部屋に入ってきて、へこんでいる李花を案内する。シガルに話すかどうか迷っていると腹痛に襲われ、「彼女」は地獄を見ることになった。


(いや、もう。やっぱり絶対帰ってやる)


 腹痛は単なる下痢。

 しかしトイレは壺。

 泣きそうになりながらテッシュの役割の紙を貰って、同情したシガルから水浴びを勧められた。

 気候は暖かい。

 迷ったが李花は兵士たちが利用するという水浴び場所へ案内してもらい、水の冷たさと戦いながら水浴びをする。

 髪もついで洗って、とりあえず念願はかなった形になった。

 兵士用だが、シガルが配慮してくれたため、他の兵士と鉢合わせすることもなくどうにか、水浴びを終わらせた。


(もう、ボットさんには足を向けて寝られない。っていうか、恥ずかしく死にたい)


「……気分が悪いので横になります」


 自室に送ってくれたシガルにそう言い、李花はベッドに飛び込んだ。


(やっぱり。だめ。もう耐えれない。壺に、壺の中にするなんて、ああ。もう死にたい。しかも男の人に心配されるなんて。ああもういや)


「李花。入るぞ」


 ベッドにうつ伏せになって今日の反省をしていると泰貴の声がして、驚いて体を起こした。


「か、係長?」

「係長?泰貴って呼べって言っただろう?」

「え、はい」

「呼んでみろ]

「た、泰貴さん」

「よし。今度係長って呼んだら抱きしめるかなら」

「え、気を付けます」


(何の用?っていうか、普通に部屋に入ってきたよね?いいの?)


「お前がへこんでいるってボットが言っていたからな。サイラルの野郎も何かしらんが、監視を緩めたみたいだし」

 

 李花の視線が言葉を語っていたらしい。

 心を読んだかのようにそう言って、断りもなく泰貴は李花が座り込むベッドの端に腰かけた。

 距離が近くて、李花はちょっと後ろに引いてしまう。


「なんで、逃げるんだ?」

「いや、なんとなく」

「もしかして意識してる?」

「そ、そんなわけないですよ。今、係長は女性なんだし!」

「係長?抱くぞ!」

「か、泰貴さん」

「よし」


(っていうか、なんなの。泰貴さんとか、呼びたくないのに。係長は係長で)


「なんだ?」

 

 葛藤していると流し目を送られ、李花はまたしても引いてしまう。


「あーあ。くそっ。いいよ。係長で。時間をかけることにする」

「時間?」


(何の?でもいいや。名前で呼ばなくていいから。いいや)


「ありがとうございます。係長」

「はあ」


 嬉しそうに笑う「彼女」とは反対に「彼」はかなり脱力ぎみに返事した。

 だが、息を小さく吐くと向き直る。


「今日、そういえばキリアンと朝飯一緒だったんだろ?何かあったか?」

「えっと、いや」

「口説かれた?」

「え?なんでそれを!」

「分かりやすいだろ?俺に対しても妙な敵意を持ち始めたしな」

「ええ?っていうか係長はキリアンと会ったんですか?」

「ああ、まあ。会ったっていうかすれ違ってっていうか。宰相は何してるんだが。未来の王妃相手に敵意を持たせたらいかんだろう。まあ、結婚なんてする気ないから俺はいいんだが」

「……どうしちゃったんですかね。キリアン」

「まあ、お前が好きでたまんないんだろ」

「え。だって四回しか会ってませんよ」

「マザコンだから」

「……マザコン」

「宰相が何かたきつけたんだろう。キリアンがお前に固執して帰さないようにする。それが目的。今となっては、俺との結婚なんてどうでもいいだろうな。っていうか、俺は本来男だし。嫌なんだろうしな」

「じゃあ。キリアンが私を諦めれば、いいだけの話じゃないですか!」

「って、お前できる自信あるの?」

「……ありません」


(宣言されちゃったしね。ああ。なんであんなに固執されるのかわからない)


 頭を抱えると、優しく頭に手を置かれた。


「まあ、ゆっくりだな。俺がどうにか勉強を遅らせて、できるだけ結婚までの時間を稼ぐ。その間にどうにか帰る方法を見つけるんだ」

「帰る方法……」


 頭を優しくなでられ、李花は自分の気分が落ち着いたことに気が付く。


(なんで、私。あの鬼の手なのに)


 日本にいたころは一緒にいる、側にいるのが嫌でたまらなかった。いつも怒られていたから、近づいてくると怖かったのだ。 

 しかし、今はかなり心を許している自分に気がつく。


「じゃ。俺はそろそろ戻る。また夜にでも来るから」

「え?」

「嫌か?」

「嫌じゃないですけど」


(私何言って。嫌じゃないって)


 李花の言葉に、泰貴は嬉しそうに笑った。


「じゃあ。夜来る」


 そうしてベッドから立ち上がる。去り際にそっと頬にキスをされ、李花は悲鳴を上げそうになった。




「リカ」

 

 翌日も李花はキリアンと一緒に朝食を取った。

 今度はシガルも同席してもらったが、キリアンの態度は変わることがなかった。

 その視線は切なく、胸を締め付けられるようだが、李花は心を鬼にした。


「ボットさん。考えが変わりましたか?」

「いえ」


 朝食を終わらせ、自室に戻りながら李花は思わずそう聞いてしまった。

 答えは短かったが、「彼女」は彼の答えが信じられなかった。

 キリアンは切実に李花がこの世界に残ることを願っていた。

 主君の願いに反対することができるはずがないのに、と李花は思う。


「コダマ様」


 自室にたどり着き、部屋の扉を閉めた後、シガルは真っすぐな視線を李花に向けた。


「陛下はエファン様に何か言われたかもしれない。エファン様が陛下を炊きつけたと、信じたくないが。どうみても様子が不安定だ」

「不安定……」


(確かにちょっと追い詰められているように見えた。あんなに必死で)


 李花はキリアンのことを思い出し、どうしていいかわからずに顔を両手で覆う。


「コダマ様」


 シガルは腰を曲げ、ハンカチを差し出した。


「泣かないでください。陛下があなたを求めていても、それは姉の代わりです。そんなものは本当の想いではない。だから、あなたが気に病むことはありません。私が、必ずあなたを元の世界に戻してあげますから」


 語りかける声はどこまでも優しく、李花は顔から手を離す。

 至近距離で「彼女」を見つめるシガルの瞳は、キリアンと同じ色だった。しかし穏やかな青色で、李花の心を落ち着かせた。

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