16 外務大臣とそこそこ美味しい昼食
「さあ。何から話そうかな」
三人の食事がのるには狭すぎるテーブル、なのでもう一つテーブルが追加されていた。二つのテーブルを囲む、三人。サギナは同席することに抵抗したが、最後にはマグリートの命令ということで仕方なく座っていた。
(豪華だ。やっぱり大臣がいるからかな)
緊張しているはずなのに、李花はテーブルに並ぶ料理が気になっていた。
今日は平たいパスタにホワイトソースがかかっている料理が主食だった。スープはオニオンスープで、大きなお皿にはハムとソーセージが盛り付けられている。その他、カボチャをつぶしてつくったマッシュサラダ、果物の盛り皿等が並べられていた。
(食べたい……)
じっとテーブルを見つめている李花に、面白そうなのはマグリートで、サギナは氷の笑顔を浮べている。
「どうぞ。食べながら話をしましょう」
「い、いただきます!」
許可が出たとフォークを持った李花は、ふと鋭い視線を感じて手を止める。
サギナの笑顔なのだけど、冷え切った目を見て、サイラルが言っていた礼儀作法を思い出す。
(そういえば、身分が高い人より先に食べちゃいけなかったんだ)
フォークを置くと、マグリートがくすりと笑って、葡萄を口に入れた。
(やった!もう食べていいよね?)
サギナを見ると、初めて笑顔を崩し、呆れるような表情をされたが、李花はフォークを手に取った。
「まずはどこから話そうかな。一番知りたいのはどうやって元の世界に戻るか、だよね?」
「はい」
「それは残念ながら僕にもわからない。サイラルもしくは陛下しかその方法を知らないはずだ。それともサギナはわかるかな?」
「私も存じません」
マグリートに話を振られたが、サギナはきっぱりとそう答える。
「そうか。残念。方法がわかれば、僕が君たちを帰してあげたのに」
「本当ですか?」
思わぬ言葉に、李花は喜びで顔をいっぱいにする。
「コダマ殿。方法がわかればだよ。まあ、わかんないからしょうがないよね。サイラルから吐かせるのは難しいし、陛下は問題外だからね」
「そうですよね」
(ぬか喜びしちゃったよ。もう。この人は)
ハムを口いっぱいにほおばりながら、マグリートを見ると、彼は爆笑、サギナは息を大きく吐いた。
「うわあ。よく入るね。すごい」
(何がおかしいだろう?)
口いっぱいに広がった肉の甘みを楽しみ、ごくりと飲み込み、お茶を飲んだ。
「とりあえず状況から方法を探すことになるね。3日前のサイラルの行動とか。満月の日であることと王宮の池を使うことは、伝説にもなっているしわかっている」
「満月!そういえば水溜りに満月が映ってました。そう、満月の日だったんですね。こちらは」
「水溜り?君たちの世界でも水を媒介にするんだね」
「うーん。それはわかりませんけど、係長、おっと姉上が水溜りを踏んでから記憶が跳んでますね」
「姉上……。そんな嘘はつかなくてもいいよ。もう知ってるんだ。全部、君たちが姉弟ではないこと、性別が逆転したことね」
「え?」
「……誰から聞きました?ナガイ様からですか?」
「違うね。誰でしょう?」
それまで黙っていたサギナが静かに尋ねたが、マグリートは茶化すように笑うだけで答えは言わなかった。
(誰だろうな?知っているのは、当事者の私達、それから宰相様、キリアン、ボットさん……。あ、ボットさん?)
目を開いて手を叩く李花にマグリートは片目をつぶり、お茶目な仕草をする。
「事実を知っているから余計に、僕はナガイ殿が王妃になることには反対なんだよ。他の二人は自分たちの娘を王妃にしたいから反対してるだけ。だから晩餐会の時、凄く二人は冷たかっただろ?あれは自分たちの娘が王妃なる機会が失われるから。サイラルが時間をあげたときには驚いたけどね。おかげで二人とも今もせっせと娘を売り込み中だよね」
李花はマグリートから語られる話に置いていかれないように頭をフル回転させる。
(やはり大臣達は娘さんをキリアンと結婚させたいんだ。キリアンはそれを避けるために係長と結婚するって言ってたっけ。でも、なんで大臣の娘と結婚できないの?異世界からわざわざ呼ぶほうが面倒だよね?)
「コダマ殿。いや、コダマちゃん。君、わかってないだろ?」
「え?」
「どうして王が大臣の娘が結婚しないのか?そのことにサイラルが反対しているのか、この理由わからないでしょ?」
「はい」
李花は正直に頷く。
マグリートはその反応に呆れることなく言葉を続けた。
「力の均衡だよ。大臣の娘が次の王の生母だった場合、力が完全に偏るだろ。ジャンの場合は財政、もしかしたら税制が貴族に優位になるかもしれない。ラックスの場合は完全に武力だな。他国を侵略するかもしれないし」
「え、でもそういうのは宰相様がどうにかできるんじゃ」
「今はね。でも陛下の次の代にはそうはいかない。しかも宰相っていうのは先代にもなかった特別な職位だからね」
まだ意図がつかめず、李花はマグリートの次の言葉を待つ。
「サイラルが大臣達の介入なしに次の代を育て導くには、陛下が大臣以外の娘と結婚する必要がある。でもそのために条件があってね。大臣達よりも力のあるものの娘を選ばないといけない。それはこの国では無理だ。隣国から王妃をいただくには今の状態では難しい。だから、異世界から呼ぶことにしたんだと思うよ。異世界だと百年前の伝説があるから、後ろ盾がなくても国民が納得する。大臣達も頷かずにはいられない」
(なるほど。理由はわかったけど。でも、なんか納得いかない)
「……僕は彼のこのやり方が好きではない。多分他にも方法があるはずだし、陛下だってまだ十四歳と若い」
マグリートはにこりと笑い、葡萄を口に含んだ。
「でもねぇ。今となっては陛下も大変乗り気で、覆すのはむずかしいよね。君がルイーザに似てるから、離したくないだろうし。僕も君が女性なら、王妃になってもいいかなって思うな。だって面白そうだろう。サイラルも陛下もいるから、後継者は必ずよく育つはずだし」
「……私は今、男なので、無理です」
(ああ、男になっててよかった。キリアンのことは嫌いじゃないけど、王妃とか無理だし、日本に戻れなくなるのは嫌だ)
「性別を元に戻せる薬とかあれば、僕はそっちのほうを探したい。異世界ではないの?そういう薬」
「ありません」
(日本でも手術とかして性別かえるけど、子供までは生めないもんね)
「なんだ。面白くない。まあ、現実味のない話をしてもしょうがないよね。とりあえず、僕はナガイ殿が王妃になることには反対してるし、帰る方法を探すのを手伝ってあげるよ」
「本当ですか?」
案外簡単に、しかも大物が味方についてくれた李花は心強かった。
「サギナ。そういうことなのでサイラルによろしく伝えてね。僕は君の敵だってね」
「………」
「え?」
(なんて攻撃的な伝言を!この人は怖くないのだろうか。あの宰相様が!)
驚いてマグリートを見るが彼はこれから面白いことが起きるかのように、目を輝かせていた。
サギナはというと、いつもの紛い物の笑顔を張り付けており、そこから何かを読み取るのは難しかった。
その後、マグリートは用事があると出て行き、サギナはメイドに片づけを命じて、そのまま戻ってこなかった。
「暇だ!」
取り残されてそう叫んでみたが、効果はなかった。
しょうがないので、宿題の続きをすることにした。
そのうちお茶の時間になり、昼食あれほど食べたはずにもかかわらず、李花は今日のお菓子のアップルパイに噛り付いた。
思いのほか甘くて、お茶をがぶがぶの飲んでいたら、いつもと同じパターンに陥る。
扉をそっと開けるとなぜか誰もいなかった。
(サギナもいない?)
シガルのことは「ボットさん」と呼んでいたが、サギナの場合は完全に呼び捨てだった。胡散臭い上、監視役。一度恐る恐る呼び捨てて呼んだところ、反応が薄かったので、呼び捨てにすることを決めた。
(いいや。あんな奴。自分でトイレに行き着いてみせる!)
作り物の笑顔、スパルタ教育を思い出し、李花は気合をいれると部屋から廊下に踏み出した。
どれくらい歩いたのか、完全に迷ってしまったようだった。膀胱は破裂寸前で絶体絶命のピンチだと嘆いていると、腕を引かれた。
突然のことで、驚きのあまり、やってしまったかと思ったが、運良くまだ大丈夫だった。
(もらしたらどうすんのよ!)
怒りのあまり恐怖も吹き飛ばし、腕を引っ張った相手を睨み付ける。
「厠はあっちだ」
「ボットさん!」
無表情だが、少しばかり優しくみえるシガルが右側を指差していた。
「ありがとうございます!」
色々聞きたいことがあったが、とりあえずトイレが先だと、目的地に急ぐ。
「ちょっと待っててもらってもいいですか?」
「ああ」
返事がいつもより軽い感じで驚いたが、ちょっと安心してトレイに駆け込んだ。
「セーフ!」
もう何度も経験してるので、うまく用事を済ませる。
(慣れてもしょうがないけど。慣れが怖い)
ズボンと一緒に少し下ろした下着も一緒に上げて、腰を紐で結ぶ。
紐をしっかり締めていないと、落ちてきたことがあって、それ以来李花はしっかり腰の紐を結んでいた。
扉を開けるとシガルの姿があって、羞恥よりも安心感が先に来た。
トイレ専属メイドがやってきて、差し出された桶で手を洗い、布で手を拭いて返す。メイドの姿が完全に視界から消えるのを待って、李花は口を開いた。
「どうしてここにいるんですか?」
「自宅謹慎が解けたから、またあなたの警備に戻りました」
「え?じゃあ、サギナは?」
「奴は元のエファン様の護衛に戻りました」
「そう。よかった……」
これでゆっくりすごせると思ったところ、シガルが爆弾を落とす。
「引き続き読み書きの勉強はしてもらいます。戻るヒントは本の中にあるかもしれない。あなたにも本を読んでもらうことになるから」
「え?」
(っていうか、ボットさん、ちょっと変?何かやわらかくなったような。話し方?)
李花が眉を寄せ、口をへの字に曲げている。
シガルは口元に「彼女」が初めて見る笑みを浮かべた。
「元女性ということで、変態ではないとわかりました。以前は誤解していて、可笑しな態度をとって、すみません。あと、あれは事故といえ、見てしまいすみませんでした」
「!」
(一生の不覚。忘れていたのに!)
記憶の片隅で眠っていた下半身露出事件を思い出し、李花は怒りと共に意識が飛びそうになった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
辛うじて返事をして歩き出すが、道を間違っており、自室に戻る間に、何度もシガルに連れ戻された。




