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14 王様の願い

 李花の部屋に到着し、サギナがまず部屋に入って検査をした。それから「彼女」が武器を携帯していないかを確認し、キリアンの入室が可能になる。


「陛下。お茶の用意をメイドにさせてきます」


(宰相様に伝えにいくのね)


 退出するサギナの後ろ姿を見ながら、時間がないことを悟る。


「あのキリアン」

「リカ。座れ」


 時間が惜しい李花は立ったまま話をしようとしていたのだが、椅子を進められ仕方なく座る。

 キリアンはその向かいに座っていた。


「リカは元の世界に戻りたいのか?」

「キリアン?」


 突然の質問。しかも答えづらいものだった。

 何と答えようか迷っているとキリアンは言葉を続けた。


「余はお前を元の世界に返したくない。ナガイだけでなくお前も必要なのだ。二人揃わねば戻っても意味がないであろう?」

「キリアン……」


(どうして。キリアンは全部知ってるの?知った上でも係長を王妃にしようと思ってるの?なんで、私を傍に置きたいって?)


「お前は今は男だ。元の世界にもどらない限り再び女に戻ることはないことは理解している。それでも、友としてでも傍にいてほしいのだ。余には友がいない。お前なら、母上に似たお前なら友人になってくれるだろう?」

「キリアン……」


 キリアンの表情に初めて年相応の幼さが表れた。即位した時から王となることを求められ、子供らしさを捨てなければならなかったはずだった。しかし、今のキリアンは青い瞳を濡らし今にも泣きそうな顔をしていた。


(そんなこと。私は、)


「余にはお前が必要だ」


 帰ることしか考えていなかった李花に迷いが生じる。 

 こんなにも自分の存在を求められたのは初めてだった。

 また王であり、王になろうと尽くしてきたキリアンの弱い部分を見せられ、李花は迷わずにはいられなかった。





 李花の予想通り、お茶が運ばれるよりも先にサイラルが先に姿を現した。


「サイラル。お前は本当に、余がリカと会うのを好きではないようだな」

「そんなことはございません。本日はバレッタ令嬢と昼食会がございます。お早めに戻って準備をなさってください」

「バレッタか……。まだ諦めないのだな」


(バレッタ?誰だっけ。聞いたことがある名前)


 記憶を探ってみて、財務大臣のジャン・バレッタの顔を思い出す。


(令嬢ってことは、娘さんかな)


「コダマ様。陛下とのお話はすみましたか?」

「すんだ。お前が気にすることではない」


 李花が答えるより先にキリアンが口を開き、立ち上がった。


「……お前が余の気持ちを理解してくれることを願っている」


 去り際にそう漏らすと、扉まで颯爽と歩く。


「サイラル。行くぞ」


 キリアンにそう言われ、サイラルは李花に何か言いたげであったが、後を追った。二人が完全に退出し、李花は疲れを全身で感じて椅子に体を投げ出す。


(どうしよう。わからなくなった)


 結局昼食も一人だった。給仕はやはり気になるので、メイドには下がってもらい、一人で黙々と食べる。

 

(係長は今頃勉強、頑張ってるのかな。今は従ってるふりをしないといけないもんね。私ができることは……。私は本当に帰るつもり?)


 考えはまとまることはなく、洗濯機の中のようにぐるぐると回っていた。

 しかし食欲が減るわけではなく、すべてを平らげ、片付けのためにハンドベルを使ってメイドを呼ぶ。

 朝まではわざわざ扉を開けて呼んでいたので、楽になったと言えば楽なのだが、やはり監視の色が濃くなったような気もしていた。


 メイドが食事を片付けるとサギナが入ってきた。彼はいくつか本を抱え、無駄に明るい笑顔を浮かべていた。

 

「コダマ様が暇のようですので、文字を教えてあげます」

「文字?教える?」

「これからはこの国で長く暮らしていただくと聞いております。話し言葉には問題がないようですが、読み書きは無理ですよね?」


 手元に広げられた本を覗き見て、李花は眉を顰める。

 どう見てもミミズが何匹もはっているようにしか見えない文字が、紙いっぱいに描かれていた。


(確かアラビア文字とかこんな感じだっけ)


 そうは思っても、アラビア文字など勉強したこともない。また勉強していてもここは異世界。同じ言葉とは限らなかった。


「基本の基本から教えてあげますから」


 サギナはそう言うと持ってきた本をテーブルに置いた。


 ★


「それではこれは明日までに終わらせてくださいね」


 お茶やトイレ休憩を挟みながら、三時間に渡る授業が終了した。

  

 サギナに教えてもらって、李花はやっと自分が日本語を話していないことに気が付いた。ミミズ文字は一つ一つが文字で、彼に習って発音すると、日本語ではない音を自分が出していた。


 移動する際に性別逆転、同時に言語能力も取得したようだった。会話能力だけでなく読み書きの能力も付けてほしかったと、サギナのスパルタぎみの授業を受けながら李花は思っていた。

 サギナはやはりサイラルの部下で、授業が始まるとその態度が表面化した。怒鳴るのではなく冷たく怒られ、終わり頃には精魂を使い果たしていた。

 

「ありがとうございました」

「どういたしまして」


 サギナの笑顔は偽物だ。今でははっきりそう悟っていた。


「後程メイドに夕食を運ばせます。ゆっくりお寛ぎください」


 そう言って彼は一礼すると部屋から出ていく。


(はあ。疲れた。サギナがいなくなった。よかった。でも宿題もあるしなあ)


 李花は椅子から立ち上がり、ベッドに近づくとそのまま体を投げた。




「古玉、古玉」


 名前を呼ばれ目を開けると、美女の顔が至近距離にあって反射的に体を起こした。


 部屋ではすでに蝋燭に明かりが灯されており、黄色い温かな光にスレンダー美女が映えていた。「彼」の寝間着は胸の部分が開きすぎなデザインのワンピースで李花のほうがも妙に恥ずかしくなった。しかし当人はまったく気にしておらず、その適応力に感心してしまう。


「な、なんで係長がいるんですか?」


 そんなことより彼が目の前にいることが不思議で、「彼女」は美女にそう問いかける。

 サイラルの様子から二人の接触は極力さけられるはずだと李花は予想しており、「彼」の訪問はありえなかった。しかし、目の前でなぜがベッドに腰かけている美女は泰貴に間違いがなく、戸惑いながら返事を待つ。


「窓から入ってきた」

「窓?」


 予想外の答えを言われ、窓に目を向ける。

 気になる李花はベッドから体を起こすと窓に近づいた。


「え?」


 窓を開け、上下左右を確認する。

 窓の少し下に小さな長方形の石の出っ張りがあり、隣の窓の下まで続いていた。眼下には篝火かがりひが炊かれている固そうな石畳が広がっている。


「係長!まさか、これを伝ってきたんですか?」

「すごいだろ?俺、結構運動神経がいいんだ」


 泰貴はベッドに腰掛けたまま、少し偉そう胸をそらした。

 本来の姿の「彼」がすれば子供っぽい、馬鹿みたいな仕草だが、今の姿では可愛く見える。しかも薄着の寝間着のため色気も漂っていた。


(なんか、無駄な色気だな。っていうかどっと疲れるのは何故?)


「あの、係長。ところで用事は何でしょうか?」

「別に用はないけどな。今日も王様と会ったんだろ?」

「ええ、はい」


(うう。あまり聞かれたくないなあ。帰ることに迷いがでてきたなんて、言い辛い。しかも私は単にいるだけでいいけど、この人の場合王妃になって、子ども作らないといけないし……)


 渋い顔をして頷き、黙ってしまった李花に対して泰貴は息を大きく吐いた。


「か、係長?」


 憂いを帯びた表情に李花のほうが心配になってしまった。

 泰貴はベッドから立ち上がると李花の隣に立つ。


「王様に引き止められたか?」

「え?」

「だろうな。あいつがお前を見る目は恋するものだ」

「?!」


 声を上げそうになった李花の口を泰貴が慌てて手で覆う。

 腕に抱え込まれ、甘い香りが「彼女」を包んだ。


(な、何?なんか凄いいい香り。いやいや、そうじゃなくて、キリアンが私に恋?ありない。しかも今の私は男!……ゲイなのはキリアン?)


「落ち着いたか?」


 耳元に息がかかるほど近くで、李花の動機が早まる。


(まて私。係長は今女なの!どきどきするってどういうこと?いや、でも)


 腕の中で顔色をクルクル変えている李花の表情は泰貴からは見えない。しかし、おとなしいので大丈夫だと判断して「彼女」を解放した。


「大丈夫か?」

 

 顔を青くしている李花に、今度は泰貴が心配そうに尋ねた。


「ははは。大丈夫ですよ。でもキリアンが私にって勘違いですよ。確か、キリアンのお母さんの顔が私の顔に似てるっていうのは聞きましたけど」


(そうそう。恋じゃなくて、あれば母性を求める感じだな。っていうか、キリアン、あんな偉そうでマザコン?)


「まあ、それでも母親みたいに思っていても、母親じゃないから恋だろ?」

「……いや、」


(確かにすごく求められた、いや求める?違うな、えっと)


「まあ、それでも帰るからな。王なんだし、そんな泣き言、言っていたら駄目だろ?っていうか、俺はそれよりもサイラルが、なぜ俺を、異世界の人間を王妃にすることに拘るかが気になるな。大臣の娘と結婚させたくないという理由にしては弱すぎる」

「……そうですよね」


 泰貴の指摘は最もで、李花もマザコン云々よりもそちらに考えを向けた。


「わかりません」

「だろうな。まあ。急ぐことはないさ。運がいいのか悪いのか、王妃教育は結構厳しくてな、しばらくかかりそうだ。終わるまでは、婚儀とはいかないさ」

「そんなに厳しいんですか?」

「ああ。うんざりするほど。礼儀作法だけでなく歴史や読み書きもマスターさせたいらしい」

「読み書き?あのミミズ文字ですか」

「お、お前もか?」

「ええ。今日みっちり教えてもらいました。そうだ!宿題があるんだった。うわ。今何時ですか?」

「何時?知るかよ」


 泰貴は投げやりに答える。


「ああ、そう言えば夕飯も食べてない。うわあ」

「お前な。食べ物かよ。ああ、まじで緊張感がなさすぎだ」

「だって、係長!食べなくては力がでないですよ。ああ、明日の朝まで我慢。我慢なの?」

「馬鹿だな。そんなのメイドを呼べばいいだろう?」

「そうか。でもいいのか。こんな時間に」

「そんなに遅くないはずだ」

「そうですか?」

「多分な」


 そう言いながら泰貴は窓枠に手を掛け、ひょいと軽業師のように窓枠に体を乗せた。


「帰るんですか?」

「ああ。見回りにこられたら困るしな。今は静かに従っていると思われたほうがいい。なんだ。お前寂しいのか?」

「え、なんですか?」


 言い返した李花の頬に泰貴は唇を軽く寄せる。そして窓から降りた。


「か、え?!」


 声を上げては元も子もない。自分で口を押さえつつ、窓から下を見た。すると、泰貴は小さな石の上に器用に乗っている。


「じゃな。また明日の夜にでも来るから」


 「彼」は李花を仰ぎ片目を瞑ると、城壁に手をつきバランスを取りながら隣の部屋の窓の下まで軽快に辿り着く。


「おやすみ」


 そうして李花に手を振ると窓から部屋の中に入ってしまった。


(忍者か、係長)


 意外すぎる「彼」の特技に李花はそんな突込みを心の中で入れてしまう。

 だが泰貴の唇の感触を思い出し、純な乙女のごとく頬を赤らめた。


(いやいや。そんなのキャラじゃないから。大体、二回もキスをするなんて。ああ、なんかむかつく。ムカついたらお腹もすいてきたし)


 羞恥が怒りに変わると、空腹感が沸き起こる。

 李花は本能が命じるまま、テーブルに置いてあるハンドベルに手を伸ばした。


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