12 味方をつくろう
李花が目覚めるとそこはやはり見覚えのない天井だった。
胸元はすっきりで、股の間に違和感。
「ああ、やっぱり夢じゃないんだ」
お決まりの台詞を吐いて、体を起こす。
(えっと。この世界、アヤーテ王国での私の部屋なのはわかるけど、どうやって寝たんだっけ?)
記憶を探ってみて、キリアンと飲んでいたことを思い出す。
(うわ。十四歳の子と飲んで記憶なくすとか大人としてどうなのかな。まあ。十四歳といっても子供っぽくないけどね。キリアンは)
李花は偉そうな美少年を思い出し、笑ってしまった。
「お目覚めでしょうか?」
そんな事を考えていると、部屋の中にカメラでも仕込んでいるのではないかと疑うくらい、都合よく扉が叩かれた。
(え?すごくタイミングがいいんだけど。起きたのはどうやってわかったの?)
「入ってもよろしいでしょうか?お召し物を用意しております」
(お召し物?ご飯?)
起きたばかりにもかかわらず、お腹がすいていた李花は「どうぞ」と入室許可を出し、運ばれてくるものを期待する。
「あれ?」
メイドが運んできたのは、濡れタオルと新しい服だった。
「お着替えをすませたら、朝食をお運びします」
「あ、ありがとう」
顔色から李花の考えは読まれたようで、気恥ずかしくなり小声でお礼を言う。
着替えさせられるのは嫌なので、濡れタオルで顔を拭いてから、メイドを退出させた。
「着替えはいやだな」
しかし着替えないと朝食にあり付けない。
(またキリアンと食事か。宰相様もいるから気が抜けないな。あ、その前に係長と話をしないと。本当、犠牲とか嫌だもんね。男体化から早く解放されたいけど、係長にだけ負担かけるのはよくない)
着替えを済ませて、扉を開けるとそこにいつもの彼がいた。
「お、おはようございます。ボットさん」
昨日からそこに立っていたのかは判断できない。しかし、寝不足の様子もなく、無表情のままのシガルは李花を見下ろした。
「おはようございます。コダマ様」
挨拶の返しも冷たく、李花は言葉に詰まる。
「朝食の件ですか。メイドにすぐに用意させますのでお部屋でお待ちください」
先ほど退出したメイドが話をつけていたのか、シガルはすぐに李花の用件を察してくれた。
「ありがとうございます」
とりあえず頭を下げ、李花は部屋に戻る。
(え?待って。用意って。朝食はキリアンととるんじゃないの?)
気まずいが、シガルに確認しようと再び扉を再び開ける。
「まだ用意はできておりません」
冷たい視線が降りてきて、李花は出鼻をくじかれた。
「あの、そうじゃなくて。朝食はキリアン、いや、王様とかか、違った。姉ととるんじゃないんですか?」
「お二人はすでに食事を済ませております。ナガイ様は今日から王妃教育を受けられるため、お部屋にはおりません」
「ええ?」
(そんなの。なんで私だけ置きざり?まあ、ついでに連れてこられた存在だけど。なんか酷い。大体係長と話をしなきゃならないのに!)
「あの、姉のいる場所わかりますか?」
「食事の準備ができたようです。食事を先に取られてください」
シガルは李花の問いに答えることなく、近づいてきたメイドからお盆を受け取り、メイドに下がるように伝えた。
「あの、」
(いや。ご飯食べてる場合じゃない。あ。でもお腹はすいてる。そうだ。腹が減っては戦ができぬだ。ご飯先に食べよう)
「ありがとうございます」
食後にまた聞いてみようとシガルの持っているお盆に手を伸ばす。
「私が運びます」
「え?」
(なんで?)
戸惑う李花にかまわず、シガルは空いている片方の手で扉を開ける。
「ありがとうございます」
ここで何をいっても無駄だと、「彼女」は素直に部屋に戻った。
★
(ああ……)
「お茶のおかわりはいかがですか?」
直立不動で立っていたシガルは、カップの中にお茶が入っていないのを目ざとく発見し、そう尋ねた。
「いえ、いらないです」
(なんで、出て行かないかな)
食事を運んでくれたシガルはそのまま部屋に居残り、李花は仕方なく食べ始めた。いろいろと苦手意識が多く、「彼女」は彼には強くは出られなかった。
「……どうしてナガイ様にお会いしたいのですか?」
「え?」
唐突に質問され、李花はシガルを見上げる。
「ナガイ様はお会いしたくないと思いますが」
「な、どうしてですか?!」
苦手意識も吹き飛ぶほど驚き、李花は声を張り上げた。
「私にはあなた方の事情は深くわかりません。しかし、昨晩ナガイ様はあなたをとても辛そうに見ていました」
「辛そう?いつですか?」
「あなたが酔いつぶれ、ベッドに運んだ時です」
「酔いつぶれ、ベッドに運ばれ……。すみません。覚えてなくて」
「運んだのはナガイ様です。女性でありながらあれほどの力があるとは思いませんでした。あなたが男性にしては身が軽いのも問題だと思いますが」
「か、姉が運んでくれた?えっと部屋に来たんですか?」
「はい。エファン様と共にこられました」
「エ、エファン様。宰相様ですね」
(なんてことが寝ている間に。どんな話をしたんだろうか。ボットさんから聞きだせるのかな)
当のシガルはなにやら物思いに耽っている。
無表情で冷淡にも見える彼にしては珍しく、李花は邪魔する事を躊躇する。
「コダマ様。あなたは私の姉によく似ている。だから陛下も気にしています。私は男色で少しおかしな趣味を持っているあなたが苦手ですが、姉の面影をあなたに見てしまい、心配になります」
「姉?それよりも男色でおかしな趣味って?」
「異世界では色々な人々がいると理解しております。だから、」
「ちょっと待った!私はゲイ、男色なんかじゃない!だって、男性経験が少ないからどきどきするだけで」
「男性経験……」
冷たい視線が李花を貫いた。
「違う違う!そうじゃなくて、私は元は女なんです!だから、そういうのが苦手なんです!」
「元……女?」
「あ、えっと」
(やばい、やばい!宰相様に殺される)
「あ!今のは聞かなかった事に。お願いします」
「……どういう事でしょうか?もしかして、あなたが元女性なら、ナガイ様は元男性なのですか?!それなら、振る舞いなどすべてが理解できます」
「えっと、あの、忘れてください!」
「近衛兵としては忘れる事ができない情報です。コダマ様。真実を話していただけますか?その上、もしかしたら助けられるかもしれません」
「もしかしたら?」
(そんなの、正直に話したら助けてくれないこともあるかもしれない。それで宰相様に突き出されたら……。終わりだ。あの人なら私の命なんて簡単に)
「……ボットさん!言えません。私の命がかかっているので。さっきのことは忘れてください。お願いします!」
「いえ、無理です。命がかかっているとは、エファン様に脅されましたか?」
(うへーわかってる)
答えないことで、答えているようなものだった。
黙って俯いた李花は、ふとすぐ近くに気配を感じる。顔を上げると腰を落としたシガルの顔がそこにあった。
「姉に似たあなたをむざむざ殺させません。最悪、陛下に力になってもらいます。最終手段ですが」
(どういうこと?っていうか顔がめっちゃ近い。この人、隠れイケメンだよね。いや、そうじゃなくて)
「私の姉は陛下の実母、つまり先王の妃でした。だから、私があなたを守るくらいならできるはずです」
「お姉さんがキリアンのお母さん。だったら、ボットさんってもっと偉い立場にいるじゃ……」
「家柄がよくないので出世は望めません。まあ。私はこの立場で満足です。さあ、私は自分の立場を明かしました。次はコダマ様の番です。エファン様に口止めされていることもすべて話してください」
言われてみて李花は、シガルの瞳の色とキリアンのそれが同じ色であることに気がつく。
(なんで気がつかなかったんだろう。冷たい印象だったから、同じに見えなかったんだ)
職務に忠実で、冷徹なシガル。目の前にいる青年の瞳は今までとは異なり、少し暖かな光を宿していた。
(そうだ。味方を作ろう。キリアンとも親しそうだし、どうにかしてくれるかもしれない)
李花はそう決めると口を開いた。