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第二話 地下遺跡

昭和二〇年 一一月一五日 大日本帝国 長野県埴科郡松代町


 戦争末期、日本の政府中枢機能移転先として建設が進められ一〇月頃に完成した、後に松代大本営と呼ばれることになる、像山、舞鶴山、皆神山の三ケ所の山中で掘られた地下壕群は、終戦によってつい使用されることはなかった。

 政府機関、日本放送協会、中央電話局が移される予定であった象山地下壕に繋がっている道路に二人の陸軍軍人が歩いていた。尉官の階級章を付けている彼らはいきなり降って湧いた終戦について話し合っていた。


「夜空の月が変ってアメ公の爆撃機や戦闘機はやってこなくなった。さほど日を置かずに戦争が終わってしまった。だけれども、変わらないことが一つある……」

「何だ、その変わらない一つって?」


 多田少尉の言葉に、木島少尉は問いかける。


「孤立していることさ。地球でも今の惑星でも」

「確かに言えているな」


 確かにと木島少尉は苦笑いしながら多田少尉の皮肉に同意する。日本は前の世界では全てを敵に回していた。それは今現在も変わっていない。周りに何があるのか分からないのだ。今の日本は完全な無知や未知の海に浮かんでいる状態であった。

 戦が終わったのは良いことだが、別の意味で孤立している状態でこの国はかつての姿に元通りとなるのか、とても不安だと木島少尉は思った。

 不安を抱きながら歩いていると、数十人からなる一団が、二人の傍を横切った。

 木島少尉は、顔つきからして彼らは日本人労働者ではなく朝鮮人労務者であることが即座に理解した。

地下壕の建設作業を終えてお役御免となったので故郷である朝鮮半島に帰ることはなく(そもそも海上封鎖されているため帰還はほぼ不可能)、松代大本営を最終目標として長野県に攻めてくる敵の迎撃拠点の建設に駆り出された。

 おそらくだが、この連中は松代大本営の周囲にある地下陣地群の設営に関わったのだろう。

 作られていた頃は単なる退避場所であったこの地下壕はできた後に様々な付け加えによって要塞と化した。戦争継続派は、城攻めの名将である豊臣秀吉が建てた大阪城の如き強固さを誇るここを枕元にして、大阪夏の陣の豊臣勢のように激しく華々しく抵抗して討ち死にするつもりであったのだ。無数の骸を地に晒して……。

松代がこの国終焉の地に危うくなりかけたことを木島少尉はぞっとした。そんな結末を辿らずに終戦を迎えたことは、松代大本営にとっては不運なことであるが、この国、日本時にとってまことに僥倖であった。


「あっ、木島さん」


 朝鮮人労務者の一人――筋肉質な体つきをした男性が人懐っこい笑みを浮かべて木島少尉に話しかけてきた。彼にとって顔なじみのある男性だ。象山の地下壕建設の際に知り合い、性格のウマが合ったため付き合いがあった。あの工事が終わってしまうと、互いに違う場所、所属となったことで疎遠となっていた。

 

「おっ、北本じゃないか。ここで何をしているんだ?」


 まるで長年の友人に再開したような笑みを浮かべて木島少尉は問いかける。


「後片付けですよ。それが終わったら希望者は故郷に帰れます」

「そうか、故郷に帰れて嬉しいだろうな」

「逆ですよ。故郷はどうなっているか分からないから不安です。貧しい故郷をなかば捨てて家族ぐるみでここに来ましたから……」


 まあそうだろうなと木島少尉は思う。転移した朝鮮半島が大陸の一部ではなくて完全な島となったのだから、何か変化が起きていないのか警戒するのは当然なことだ。彼と同じ立場となったら警戒する。


「確かにそうだな。でも、戻るか残るかはよく考えろよ。本土は空襲を受けて荒廃しているし、人の心は余裕もないからどんな目に遭うか分からないぞ」


 この戦争は本土が極度に荒廃してしまった。そのお蔭で人心も荒んでいる。物は資源さえあればすぐに直せるが、人の心はそうはいかない。戦時中にできてしまった悪弊、悪習を正すには四半世紀以上はかかるだろうなと木島少尉は思う。

 思っているうちに、変化は避けられないことに気づく。

 願いが叶うならば全て元通りになって欲しい。だがこの国は思いっ切り変わってしまった。元通りにならないところもあるだろう、特に人の心は――空爆によって壊滅的な打撃を受けた都市の姿を目撃した木島少尉はそう考える。


「……そうですね。よく考えます」

「よう考えろよ」

(日本人と朝鮮人……新しい、いや変化した関係はどういったものになるだろうか?)


 今、大げさな笑顔になっているだろうなと感じながら木島少尉はそんなことを内心で呟いた。


「木島さんは何をやっているんですか?」

「俺は、象山で見つかった遺跡の調査だ。結構な規模で終わりが見えないんだ」

「陸軍工兵隊は大変ですね」

「まあな」


 話し終えて知り合いと別れると、多田少尉がニヤニヤと笑って話しかけてきた。


「お前、本当に朝鮮人と仲いいな」

「別にいいだろ、法律では禁止されていないんだし。取りあえず仲良くなる相手は選んでいるよ」

「それでもなあ。預金通牒を作るために名前を貸したり、お前と同じことをした住民人を見逃したり、お前人がよすぎるぞ」

「ほっとけ」


 多田少尉の口ぶりに腹が立った木島少尉は素っ気なく答える。

 預金できなくて困っているところをほっとくことができなかった、別に悪いことをしていないから問題ないだろという言葉が喉元にこみ上げてきたが木島少尉は敢えて言わなかった。この腐れ縁で悪友の多田少尉がそれをネタにして一ヶ月間いじくるのは目に見えていたからだ。


「しかし、連中が羨ましいよ。家に帰れるんだから、俺たちは新しく発見された遺跡の調査が一段落するまで帰れないのだぞ」


 さすがにやり過ぎたと思ったのか、ため息をついてその後に多田少尉は話題を変えてきた。それに対し木島少尉は文句を言わずに乗ることにした。


「……学者共の話だと、結構深いって話だな」

「ああ、今確認されている階は地下二階、予想では地下一〇階あるらしいが、三〇ぐらいはあっても俺は驚かないぞ」

「一体誰がこんな遺跡を作ったのだろう?」


 発見される分だけ一段落が遅れ、帰るのが遅れてしまうことに、内心頭を抱えながら木島少尉は疑問を呟く。

 一一月一日、転移した直後に象山地下壕の一部の床、松代の一部の地表が崩れた。そこには大きな穴ができあがった。見るだけで大規模な空洞が存在しており、陸軍工兵隊は捜索を行った。すると、さほど時間を置かずに穴の先には地下遺跡が存在していた。その結果、大騒ぎとなって各専門の学者たちを招集し調査を行われて今に至っている。


「それにしても、今まで発見されなかったのはおかしな話だな」

「……ここは地球ではなくて別の惑星ほしであることを忘れたか?」

「成程、そういうことか」


 多田少尉の言いたいことが理解できた。この遺跡は元々この世界にあったものであり前の世界にあったものではないということだ。そうだとすると、日本列島丸ごと転移したと思っていたが、実際に移動したのは地球基準では卵の殻程度の地表だけとなる。

 今まで発見されてこなかった謎の答えには納得したが、別の意味での謎が深まっていくのを木島少尉は感じた。そして、こんな簡単なことに気づかない自分の阿保さ加減に頭を抱える。どうやらこの世界は前の世界の常識が通用しないようだ。


「そういうことさ。本土が来るまでここはどうなっていたかは分からない。もし元は陸地だったとしたら……」

「じゃあ、元の大陸か島かは分からない陸地はどこに行ったんだ?」

「そこまでのことは俺には分からないよ。こんなこと今は関係ないことだから考える必要もないさ」

「だな、今知るべきことは――」


 木島少尉は発言を途中で止め、二人の足が止まった。話の華を咲かせ過ぎたことで今まで気づかなかったが、遺跡内部に到着していることにやっと気づいた。気がつかせたのは二人の顔に吹き付ける風であった。

 目の前には円柱形の柱があった。その大きさは初めて見るものを茫然させる。岩を削って作ったように思わせる姿であった。この柱は遺跡の今まで確認された範囲で数か所見つかっている。自重を支えていると思われているので、調査している面々はこの柱のことを大黒柱と呼んでいた。

 柱の周囲にあった岩石は円状にくり抜かれておりぽっかりと穴が開いている。下の階もそのまた下の階も同様で下の景色が視界の届く限り確認できた。

そこから風が吹き付けていた。地下遺跡内の空気が汚染されておらず制限時間もなく調査できるのはこの風のお蔭であった。学者たちによると、この柱には空気調和設備が内蔵されているようだ。その証拠として、地表にできた穴から柱が露出し、柱の中心には通風菅のような穴が下までずっと続いている。

 一番上にある穴からお日様の光が降り注ぐ。この風は地上の空気を吹き込んでいるのは確かであった。

 落ちないためか、見つかったときには既に設置してあった柵に両手を乗せた多田少尉は語りを再開する。


「――この地下都市の全容、どうやったら機能を復活させることができるかだ」

「おい、おい……前者は分かるが、後者はどういう意味だよ?」

「そのままの意味さ。ここに人が住めるのなら、少しは住宅不足が改善させるかなと思ったんだよ」

「成程、家なき子ならぬ家なき人が国内外に沢山いるからな」


 雨風は凌げるなと木島少尉は思う。

生きている上で必要な太陽光は代用できているなど人が住むことができる可能性があるのだ。できるだけ早く構造、機能を把握し使いこなせることができれば戦争によって住処を失った人々にとって福音となるかもしれない。


「――――」

「何か言ったか?」

「俄然、やる気が出てきた……」

「はあ?」


不敵な笑みを浮かべる木島少尉に、多田少尉は怪訝そうな表情を浮かべる。

空想科学的な存在であった地下都市がこの松代町の地下に、自分の目の前に存在しその調査に関わっていることに木島少尉は少年の頃の好奇心が蘇り興奮を覚え、帝国の将来にかかるかもしれないこの任務に使命感を抱いた。

仕事が楽しくやりがいを感じるのは久しぶりであった。


「気味の悪い笑い顔になって気持ち悪いな。身内には見せられないな……」

「うっさい」


 茶化す悪友に悪態をつきた木島少尉は、身内の言葉に無意識に思考が転換してしまう。


(……軍曹となっている俺の従兄、大丈夫かな?)


 報道によると、華北ではなく異界の大陸に漂流してしまった支那派遣軍隷下の部隊に所属している従兄の姿が木島少尉の脳裏に浮かび上がる。

 無事に生きているだろうか? そんな疑問を抱いてしまった。



 海外にいた軍と民間人の半分が漂流してしまった大陸は日本本土の隣に位置していた。とは言え、彼らが流れた着いたところは日本本土から遠く離れた山岳地帯であった。

 高い山々から吹き付けている身体の芯まで凍えさせる程に冷たい風は、第一一四師団第八三歩兵団独立歩兵大隊に属する一個小銃分隊一〇名の体力を苛んだ。

 そんななか、軍曹の階級章を着用している一人の壮年男性は顔を歪めて鼻を小刻みに動かして大声を出した。


「ハクション、ハクション、ハクション!!」


 と、いわゆるくしゃみを盛大にしかも三回も行ったのであった。部下の手前で醜態を晒したと感じた彼はしまった、やってしまったという表情を浮かべる。


「うわ、ビックリしたな。誰かが分隊長のことを噂しているのかもしれませんね。心当たりはありますか?」


 この分隊で一番のベテランである上村兵長が皮肉な笑みを浮かべて問いかけてくる。この野郎と思いながら彼――後藤軍曹は不機嫌な表情のまま答える。


「……たぶん身内、特定するのならば従弟かな」


 陸軍工兵隊の少尉となっている従弟の姿が、後藤陸曹の脳裏に浮かび上がる。

 幼い頃よく遊んだことがあり慕われていた。

僕は一兵士としてやっていけられるか? ――手紙を通じてそんなこと問われた際に、兵士なっても、上にこき使われるだけでお前にとっては理不尽で辛いだけだと答え、士官学校に入って将校になれと半ば冗談でアドバイスしたことを間に受けて陸軍士官学校に受験し見事合格したことを思い出した後藤軍曹は懐かしさを覚えて顔が綻ぶ。

今、何をやっているだろう? 本土にいる従弟の身を案じた。まあ大丈夫だろう。ここにいるよりはずっとマシだと結論付けた。


「心配されているなんて幸せですね」

「皮肉のつもりか?」


 全くコイツは、という視線で後藤軍曹は上村兵長を見る。初対面からずっと突っかかったような態度を取ってくる。よくも今まで戦闘に支障が出ずに上手くやっていけられたものだ、自分の忍耐力の強さを褒めたかった。まあ、一言二言、意見やぼやくものの上村兵長は納得できる指示には従うこともあるのだが、できることなら認めたくなかった。


「まさか。それぐらい言わせて下さいよ。色んなものを運ぶ羽目になってくたくたになっているのですからね」

「……」


 部下の愚痴を黙って聞いてやるのも指揮官の仕事なのか? そんな疑問が脳裏に過るが、三〇キロに近い重量を持つ軍装に移動中に回収したものを加えて見るからに重そうな格好をしている部下たちの姿に、通常の軍装のままである後藤軍曹は反論が言い辛かった。

本当に兵のまとめ役である軍曹は損な仕事だ、と後藤軍曹は思わずにはいられなかった。


「仕方ないだろ。俺たち分隊に周囲の偵察と大陸にはなかった珍しい可能な限り回収しろとの命じられたのだから……」

「分かっていますって。しかし、戦争は終わったのに俺たちは一体何をやっているでしょうね」

「生き残るためのものさ。周りの地形ぐらいは把握しとかないともしもの場合が怖くなる」


 語っているうちに、後藤陸曹は漂流した当初のことを思い出す。

 夜なのに輝いている空を見上げているうちに気がついたら景色が変化していた。

困惑していると、すぐには合流できない位置にいた同じ分隊と合流、一体どうなっているんだ? と疑問が深まっているなかでここにはいなかった小隊長と合流、混乱していると別の分隊と合流し小隊全員が纏まってしまった。止めに、いない筈の民間人が着の身着のまま姿でいたことで一時期思考停止してしまった。

 幸いなことに無事であった無線など通信手段によって何とか連絡を取り合い事態の把握ができたことや、雨風が凌げるが場所をすぐに確保できたことで、秩序と規律の崩壊は最低限に留めることができた。

 危機は完全には去っていないが、満州を完全に制圧したソ連軍が華北に侵攻を行えば、満州と華北の境にてソ連軍の監視と警備を実行していた後藤分隊は真っ先に玉砕していたことを考えると、生きて故郷に帰れる可能性が少しだけ高まっただけ今の状況はまだマシだと思えた。


「全く、小人の野郎どもがキチンと把握しておけば問題はなかったのに。何が記録の保管者だ」

「隠れ里のようなところに何百年も籠っていたら外のことなんて忘れてしまうさ。地理に関しては残念だったが、詳しくは知らないがあそこでそれなりの収穫は得たようだ。それと上村兵長、彼らはドワーフだ、小人とは言うな。俺たちが中国でやった過ちをここでも繰り返すつもりか、彼らの前では絶対に言うな」


 上村兵長の悪態に、後藤軍曹は厳しい口調で窘める。

この孤立した状況のなかで横柄な態度を取ったことで現地住民に反感を買われて協力を受けられなくなるのは可能な限り避けたかった。この世界での生きる術を知るには彼らの力が必要だからだ。泥沼化した支那の二の舞いを漂流したこの地で繰り返す訳にはいかなかった。

少しの綻びが崩壊を生み出す、小さいうちに潰しておくことに越したことはなかった。


「へいへい……」

「へい、は一回で十分だ」


 二人の間に気まずい空気が流れた。そんな彼らの姿に部下である兵士たちは小声で語り合う。


「相変わらずだな、あの二人」

「性格、考え方が正反対なのに、今まで上手くやってこられたな」

「二人とも、任務に対しては忠実だからな」


 やれやれと思いながら周りを見ていると、後藤はあるものを発見した。


「見ろ!! 人が倒れているぞ」


 後藤軍曹の目の前に人一人が大の字になって地面に転がっていた。この道は行くときにも通っていたが、そのときにはいなかった。現地住民か? と思うが、そいつが着ている服装を確認するとすぐに考えを改めた。


「服装からして蒙人ですかね?」

「おかしいな。聞く限りでは、この世界に転移、漂流したのは日本人だけだぞ」

「どうしますか?」

「非常に気になるし放っておけないな。一応保護して身元を確認するぞ」


 上村兵長の問い掛けに、後藤軍曹は迷いなく答える。


「厄介事に首を突っ込むかもしれませんよ」

「何を今さら、この世界に漂流したこと自体が厄介事だ」


 既に厄介事に関わっていると言わんばかりに後藤軍曹は上村兵長の懸念をバッサリと切り捨てた。それに上村兵長は反発することはなく部下の兵二名に指示を下して行き倒れを回収する。

 間近で見ると、色んなことが分かった顔の血色が馬鹿によく、腹が立つ位に気持ちよく眠っていた。それと――。


「……顔つきからして日本人ですね」


 支那戦線に居続けたせいか、上村兵長と含め後藤軍曹は顔つきと言動から日本人か朝鮮人か中国人か多少は見分けられるようになっていた。

 体つきも非常に良かった。常日頃から鍛えているのか正確な年齢が分からない童顔の顔立ちと反して極端な程ではないが引き締まっていた。それらに加えて身長が後藤軍曹たちよりも大きかった。一八〇センチ位はありそうであった。


「俺もそう思う。しかし、何で蒙人の格好をしているんだ?」

「詮索は後にしましょう。これ以上立ち止まっていると夕方までに根拠地に戻れなくなります」

「確かに、早く根拠地に戻ろう。コイツは俺が背負っていく」


 そう言って後藤軍曹は童顔の行き倒れを背負った。彼は人にはこんなに重量があったのだろうか? と後藤陸曹が疑問を抱く位にとても重かった。


「バテない下さいよ」

「帝国陸軍下士官を舐めるなよ」


 強気の言葉を吐いて後藤軍曹は歩き始めた。

 しばらくすると、周りよりも一回り高くて大きい山々が見えた。根拠地はあの山のなかにある。これさえが見えればあともう少しであった。

 その山々から白い煙が無数、空高く上っていた。自然のものではない、人工のもの、山の中と地下から湧きあがったもの、あそこに息づく数万人の吐息であった。


「……支那にいた頃は、考えられなかったな」


 後藤軍曹は呟く。まさか地下都市に住むことになるとはと思わずにはいられない。


「何か言いましたか? 分隊長」

「何ともない……」


 部下の兵士一人が問いかけてくる。くしゃみの二の舞いを避けたかった後藤軍曹はその問いをはぐらかした。

 その後は、皆一言も話さず黙々と進軍していった。凍える風は相変わらず後藤分隊の面々に吹き抜けていった。

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