終わりの始まり
「副長!今日こそ自分も出動させてください!」
青年というには幼く、少年というには大人びている。
ロスは今年で17歳になる。
副長と呼ばれたのは、カーク・トレック。
王国の警邏隊に所属し、お飾りの隊長の代わりを務める実質的な長だ。
「今日も留守番だ。やることがあるだろう。」
警邏隊の任務は多岐に及ぶ。国内の犯罪者取締りから国民の苦情受付まで。
もっとも、国民からの苦情/要望を受け付け、内容を精査した上で議会に提出するなんてのは面倒でしかない。議会は自分たちのことしか考えない貴族がほとんどだからか、いわゆる「国民の声」には興味がない。もっていっても燃やされておしまいとなる。
「あんな無意味なことやるくらいなら・・・」
そう無意味だ。が、
「それはお前が決めることじゃない。」
「分かりました。」
そして、また詰まらない仕事に戻る。
同期のほとんどが市中巡回に向かっているのに。
いつも通り苦情をまとめ、統計を取る。
王国の首都から国境近くまでの情報がこの警邏隊本部に集まる。
雑多な情報から重要なものまでさまざまだ。
ただ、最近気付いたことがある。
本部からの出動とは反対の方角で子供たちの誘拐事件が発生している。
なぜ?
「今日も居残りか?」
アルク。同期。俺より背が低いのに出動は誰よりも早かった。
力が強いわけではないが、器用に武器を使う。訓練でも勝てたことがない。
「毎度のことさ。」
「くさるなよ。」
「分かってるよ。お前に何度言われたことか。」
「そういや聞いたか?また出たらしいぞ例の剣士。」
「黒衣の剣士か?」
「そうそれ。」
最近話題に上がることが多くなってきたのが黒衣の剣士。
全身黒尽くめなことからそう呼ばれ、大量殺人犯としてマークされている。
軍事行動以外の殺人は犯罪。
被害者には貴族が多く、当初は義賊のような扱いだった。
最初の被害者が王国随一の嫌われ者だった現国王の叔父グロスだったからだ。
「どこで?」
「それがここの近くらしい。」
「ほんとか?舐められてるのか?」
「舐められてもしかたないかもな。あの剣筋じゃ。」
「そんなにか?」
「ああ。俺たちの中じゃ副長くらいじゃないか。あれほどのは。」
「まじでか。」
アルクは、かの剣士の起こした殺人現場に居合わせたことがある。
最近のことだ。被害者は女性。王族に連なる高貴な身分だ。
動機は不明。正面から一刀両断。
どうすればこんなことができるのか。
不純ながら剣士としてだ。
明るい室内での犯行のはずだが被害者は逃げることも避けることも出来ていない。
「副長以外だとお前くらいだな。」
冗談でもなく、真面目な顔でアルクは言う。
「俺は巡邏にも行けてないんだぞ。」
「剣の腕は別だろう。実際、訓練でウエイトなしにお前の相手が出来るのは副長だけだろう。」
「知ってたのか。」
「気付いたんだよ。」
「同じだろうが。細けーな。」
そう、実際に俺は訓練中は魔法によるウエイトを付けている。
見た目には分からない。60kgの重りを余分に付けたようなもの。
その状態で訓練をするように副長から命じられている。
理由は聞いていない。強くなれるのなら関係なかった。
俺が警邏隊に入った理由がそれだからだ。
両親は強盗団に殺された。
祖父の家に行っていた俺だけが助かった。
祖父の家から帰ると全てを無くしてしまっていた。
13歳になると同時に警邏隊に入った。
あれから4年。俺は強くなっているのだろうか。
その日は当直。仮眠の後、巡邏に出られない俺は昼間と同じように事務仕事をこなしつつ、留守番を勤める。
事件が起きない日もあるらしいが俺が当たったことはない。陰謀か?
そんなことを考えていたら、どうも当たったらしい。暇な日に。
「交代だ。仮眠取っとけ。」
古株の一人。しょぼくれた目と無精ひげがトレードマーク。
悪い人じゃなさそうだけど、何を考えてるか分からない。
「リストさん。」
「なんだ?はよ寝ろ。それで俺と代われ。」
相変わらず無茶なことを言う。とりあえず無視だ。
「今日の夜間警邏は3番街~6番街ですよね?」
「分かりきってることを何で聞く?」
「いや、えーと。それって王都の東側ですよね。他の地域はまったく見回らずに。」
そう。9つの区画に区切られた王都を順繰りに見回ることになっているが、東側→南側→西側→北側と特定の方角だけを巡回することになっている。そこ以外はほったらかし。なぜ?
「人員の問題だ。俺たちだけで王都すべてを見回るには人数が少なすぎる。少ない人数で王都全土を巡回したとしても、何か事件があったときに収拾できない可能性があるからな。」
「収拾できない?」
「王都全土を一晩で巡回する場合、夜勤担当が今のところ12人だから一区画当たり一人か二人。たとえば、強盗を見つけたとしても捕まえるのは難しい。」
その通りだ。俺たち警邏隊は常に人手不足。
仮眠室へ行くもののどうにも寝付けなかった。
悶々としながら寝返りを繰り返していた時だった。
「起きろロス!出るぞ。」
ドアを開けてリストさんが叫ぶ。
飛び起きると信じられない思いで聞く。
「出ていいんですか?俺?」
「しかたねえだろ。当直の残り二人はもう別件で出ちまってる。残ってるのは俺とお前だけだ。」
「でも。」
「黒衣の騎士が出た。剣には自信があるんだろう?」
俺は剣を持って詰め所を飛び出した。
それが俺の全てを変えてしまうなんて思いもせずに。