彼女の謎は未だベールに包まれたまま
「ブライアント王国第三王子ウィルヘルム・トレース・ブライアント殿下。御歳十四。正室腹の第一、第二王子とは異母兄弟だが仲は至って良好。側室であらせられるマルヴィナ様の第一子。第三王子という立場で、学園都市アスカディアへ留学を果たす。ゲームではへらへらと笑ってみせている褐色の王子様。実態は十四歳のとき、城から抜け出した先、迷い込んだ森の中で魔獣に襲われて実の妹に庇われたことに負い目を感じている強さを求める熱き男。姫殿下はそのときの怪我で昏睡状態に陥る。――いい? アリー。私たちはこのイベントをへし折るのよ!」
朗々と説明してくれた友人シエリは、拳を掲げ高らかに宣言してみせた。それに乗ってくれたのは、彼女の従者兼護衛のハルト殿。二人の表情は至って真面目だ。そう言い切るに尽きる。だが、溜息が勝手に吐き出された。
私たちはたらふくデザートを食してからカフェを出た。そのあと拙いシエリの説明から導き出したその件の森に、私が先導してたどり着いた。
ウィルヘルム殿下は、遠くから拝見した限り、なかなかに姫殿下を愛していた。シエリが説明してくれたものを鵜呑みにして考えても、確かに姫殿下が傷を負って眠りについてしまったらその責任を感じてしまうだろうと予想できる。だが、考えてみてもほしい。一国の王子、それもあまり王位継承権に近いとは言い難い三番目が、シエリみたいに家から抜け出して、その森に何をしに行くというのだろう。
姫殿下がその場に居合わせたのは、きっと抜け出していく殿下を見つけたからだろうことは予測できる。しかし、その殿下自身が足を踏み入れるには、ここは些か無理があるのではないか? そう、思えてならない。
「本当に来るのか? こんな森に」
「絶対って言いたいけど、言い切れない。ゲームではそうでも、現実では違うかもしれない。でも、もしもがあるから、私はそれを潰すために来たの」
「一パーセントでも確率があるなら、放って置けませんからね。少しでも死亡フラグを折っていかないと」
疑問をぶつけても、二人は真剣な眼差しで森の入り口を観察している。確固たる意思でここにいるのだとわかる眼差しに、私はまた溜息をこぼしそうになる。
話を聞いてみても、その作戦行動に同行してみても、やはりというか、寂しいことに彼らのその考えのすべてを理解することは叶わない。ゲームというものもよくわからないし、そんな空想を本気にして動くのも疑念が付きまとう。実際に行動するとき、そんな私情はかなぐり捨ててしまうけど。
異国からの攻略対象に関しては、その本編どおりににぃさんと繋がるように私も仕向けた。シエリ曰く、世界を巡っていた流れの貴族、それが〔ダレル〕らしいから。つり目でワイルドなにぃさんは、いろいろと複雑な立ち位置にいるらしい。ゲームの流れ次第では、〔ヒロイン〕や攻略対象の敵にも味方にもなるキャラクターだそうだ。
そんなにぃさんとイレギュラーな私が一緒に旅をして、シエリが手出しできない異国の攻略対象のトラウマイベントを可能な限りへし折ってきたのは、他でもないこの私だ。私がいることで流れも変わるらしく、とりあえずあれよあれよという間にへし折ってみせた。
そういえば、出会ってきた彼らも春から学園都市に入るらしいと小耳に挟んだ。
そういう事例を鑑みても、疑念はあっても頭から否定することはしない。多少は信じてやってみせたし、実際にそういう目に遭いかけたのを防いできたこの三年間。なかなかにシエリやハルト殿に貢献できたのではないだろうか。
「あっ! ウィルヘルム殿下、来たよ。姫殿下も見える」
「なんとか防がないとですね。お嬢、俺は彼らを追います。お嬢らは先回りしていてください」
「了解だよ。そっちは任せたよ、ハル!」
小声で交わされたやりとりを、幹に寄りかかって眺めていた私にシエリが振り返る。その顔はやる気に満ちていて、何処からそのやる気が湧き上がっているのか少々考えてしまう。
「アリーは、他の魔獣をお願い!」
「あいつらに行かないようにすればいいんだね。了解」
片手を上げて、意気揚々と走り出したシエリを見送ってから、私も体を預けていた幹から離れる。シエリとハルト殿の意向で、件の王子殿下らの元へ向かわなくていいので、ついでに受けておいた依頼を熟しに森の奥へと足を向ける。
きっと二人は今頃私と同じ術をかけてタイミングを見計らっているのだろう。想像に容易い。
「《おいで、眠り姫》」
ボソッと誰に聞かせるでもなくつぶやくと、黒の粒子が傍らに集まり形を成す。それを難なく掴み、振り回す。ブォンと風を切る音が辺りに響いた。
この〔眠り姫〕は、私の武器だ。名前は自分で付けたわけではない。そういう銘柄だっただけのこと。長い棒の先に片刃のその武器をにぃさんに見せたら、この子はどうも薙刀というらしい。東方の国で主に使われている武器だそうだ。ただし、その他の形状も取れるため、非常に使い勝手がいい。発現できるようになってからは、主にこの子とともに活動している。
柄の部分で草むらをトントンと突く。
「索敵しないとなぁ。《眠り姫の誘い》……あぁ、すぐ見つけた」
予想よりも早く見つかった。眠り姫の索敵様様だ。
森の中でも動きやすいように薙刀の形状から、ひと振りの棒状へと変化させる。イメージとしては魔術士が携えている杖だろうか。剣でもいいけど、姿を見せない方法を取りたい。
うーん、と唸りながら、奥へと目を凝らす。距離は微妙。走って追いつけるか、はたまたぶっ放すか。
「ここからでも叩けるかなー……やってみなきゃわかんないか」
杖の先に体内を巡るあたたかな血液のようなものを集めていく。この感覚は人それぞれ。シエリやハルト殿、にぃさんや親父さん、その他大勢の人に聞いてみても違うだろう。私の感覚は、血液だった。
「《眠り姫の夢は斯くも苛烈、けれど安らかな微睡みを与える》」
この“目”で捕らえた彼らに、私は集めた血液を霧散させる。
「《さぁ眠れ》」
この霧に囚われた狼型魔獣は、一匹、また一匹とその体を草むらに横たえる。
杖をひと振りさせれば、私の元から霧は途絶え、彼らの周りに留まり漂う。これで終いだ。
肩を回し、大きく息を吐き出す。
「これ疲れるんだよね。……シエリたちはうまくやったかなぁ〜」
そういえば、にぃさんのほうは今頃どうしてるかな。親父さんにチクチク嫌味でも言われてそう。親父さんとにぃさんは十歳くらい離れてるし、にぃさんの実姉、シエリのお母さんも来てたら長引きそう。
森を駆けて、眠りについた狼型魔獣の背中に生えてる毒々しいキノコを鷲掴みしてポケットの中に携帯しておいた麻の袋の中へと入れていく。これで依頼は達成だ。
「すまないね」
穏やかな寝息を立てるこの群れのリーダーらしき狼型魔獣の耳へと囁く。どうか、キミらの夢が優しく穏やかであるように。私は、奪取する愚かな人間。そんな人間に誘われる夢は、さぞかし滑稽なものだろうけど。
でも、関係ない奴を巻き込むのは好きじゃない。だから、今は眠っていてほしい。
「――それで、僕を見張るキミは誰なんだい?」
眠り姫を杖から短剣へと変化させて、私は木陰に隠れる相手へと笑みを向ける。
シエリたちには言ってないけど、私はよくよく見知らぬ奴らに襲われてきた。私を死に追いやろうと、手を下す奴ら。
「〔無色の巫女〕様ですね」
「まぁ、よくそう呼ばれるけど。キミらみたいなストーカーに」
全身真っ白のローブ、そしてフードで顔を隠す奴は私の肯定に手を上げる。
「ですが、完全ではないようですね。何故、あなた様は生きていらっしゃるのですか?」
「……その質問は、この三年間で何度目だろう。キミは僕の答えを彼らに聞かなかったのかな。でも、答えないとキミは納得のきっかけも得られないんだよね」
そう言って、ニコリ、と微笑んでやる。
私の答えは変わらない。あの日、シエリが私を望んだあのとき。
〔私が死ぬからじゃない。あなたがアシュリーだからじゃない。私が、あなたを死なせたくないから。あなたを失うなんて、そんなの絶対に嫌だぁ!!〕
「彼女が私に生きてと望んだからだよ」
お人好しな親友が、私に生きてと泣いていた。本当なら、私はあそこで死んでいたのに。それが、当たり前だったのに。彼女が酷く泣きじゃくるから、私は生きることを望んだ。
「だから、キミらから謝ってほしいなって頼んだのに。それでもキミらは僕の死を望むんだね」
眠り姫の眠りを邪魔しちゃダメだよ。
「僕はね、まだ目覚めたくないんだ」
そうして、一閃。奴にお見舞いする。
「だから、キミが眠りなよ」
避けられない一撃ではないだろうに。奴はまともに受けてしまう。あーあ、馬鹿みたい。
顔に跳ねた液体を拭う。
それに比べて。
「彼女が言うゲームストーリーは、まだ準備段階。どうか見せてね――キミが望む幸せの在り処を、さ」
クスクスクス。あふれ、流れ出る黒の液体に、ゆっくりと目を伏せる。唇を割って飛び出す笑みに、奴はフードから顔を覗かせて目を剥いていた。青褪めた年月をその肌に刻まれる男の顔は、すでに光を失っていた。
空気が男だったものを攫っていく。本当に、彼らはなんでそんなに私に固執するんだが。
「さぁて。どうなるかなぁ」
眠り姫を虚空へ放ち、私は眼帯の位置を確かめてから歩き出す。
「全部を信じてるわけじゃないけど……」
風切音が私の耳を過ぎていく。
「あ、アリー! なんとか防げたよぉー!」
「アリスト殿!」
ぴょんぴょんと二人で飛び跳ねる彼女らに、先ほどまで私の表情を支配していた感情が鳴りを潜める。
「よかったじゃん。これで入学までの潰すイベントは消えた?」
「うんっ。あとは、入学までに勉強を頑張るのみだよ」
「俺も、役に立てるように腕も頭も磨くだけです」
「そっか。なんとかなってよかったね」
私の労いに大きくうなずいて、また嬉しそうにはしゃぐ二人に肩を竦める。
こんなにはしゃぐなんて、二人の本気度がわかりやすい。
ポケットから銀の懐中時計を取り出して時刻を確認する。もう三時――そう思えば、昼頃に食べたデザートも消化してきたように感じる。
「二人とも、遅い昼食にしない?」
「あ、いいねー! 何食べる?」
「何がいいですかね。軽いものがいいですね」
「あ、ちょっと待って。父様から連絡来た」
そうして無言になったシエリに、ハルト殿と顔を見合わせる。親父さんから連絡なんて、どうかしたのだろうか。
何度かうなずき、時折私を見て驚いた表情を作る彼女。何を言われているんだか。知らずに目を細める。
しばらくして終わったのだろう。シエリのアイスブルーの双眸が私を捉える。
「ん? どうかした?」
「あ、あのね」
少しだけ口ごもらせて、シエリが胸の前で手を組む。一度ハルト殿を一瞥して、シエリはすぐに口を開いた。
「父様が、アリーを呼んでるの」
「……親父さんが?」
「うん。滞在してる宿までおいでって」
――えー……。