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赦されざる巫女  作者: 浜花采沙
序章の序章
4/11

残念な二人の声を大にしていえない事情



「このハーブティー、とっても香ばしいね。このマカロンもおいしーい」

「お嬢、このシフォンケーキも美味しいですよ。いやはや、この世界の先輩転生者はいい仕事をしますね! 主に菓子部門で!」

「ねっねっ! 死んでからもう食べられないと思っていたのに、本当先輩たち様様だよ!」


 そう言ってキャッキャッとはしゃぐ二人に、私はカップを傾けながら「また言ってる」と心のうちでぼやいていた。

 これが、この二人の残念なところ。二人は自分たちを〔転生者〕と呼んでいた。それも、シエリのほうはかなり重要な〔役持ち〕らしい。ハルト殿もそこには同意していて、私はよくわからないながらも彼女が提示する〔死の運命から逃れる作戦〕に巻き込まれている。


 五年前、二人との初対面。シエリはそのときは全然〔前世〕の記憶など持っておらず、ただスラムの子どもだったハルト殿を拾って従者兼護衛にし、屋敷を抜け出す手助けをさせていたらしい。そうしてパステトの街を徘徊しているところ、なんの因果か二人ははぐれ、空からはあの街では珍しい〔雪〕が降ってきた。その光景がシエリに既視感を与え、頭に鈍痛が走る。それでもふらふらとはぐれた従者兼護衛のハルト殿を捜しているところに、まだ髪の毛を伸ばしっぱなしにして三つ編みにしていた頃の私と鉢合わせたのだ。そこでシエリはフラッシュバックを起こし、意識を失った。

 目の前で倒れられた私は、本来の目的であったにぃさん宛の弁当を届けに行くという用向けを放り出し、常日頃から鍛えていた私でも軽々と運べる少女を借り宿まで運んだ。腕に伝わる熱に、彼女が発熱していることを悟った私は、ご近所さんの会頭をしている〔キャシー・バセット〕さん――通称、キャシー姐さん――の下まで走り、事情を話しながら彼女を寝かせたあとギルドへと走っていった。その道すがらはぐれたというハルト殿とも遭遇。ハルト殿には医師を、私はにぃさんを呼びに分かれた。

 にぃさんはキャシー姐さんのところで寝込んでいる少女にあんぐりと口を開け、彼女の親父さんを知っているということもあり、また連絡に奔走する。その間に、私は同性ということも手伝って、彼女の身の回りの世話をしていた。さすがに異性でもあるハルト殿に任せられないという、キャシー姐さんの判断からだった。

 あのときはてんやわんやした記憶しかない。意識のない彼女を連れ帰った親父さん、あわあわとしていたハルト殿、親父さんを見て顔色の悪いにぃさん。それらをものともしないキャシー姐さん。あの場はカオスだった。


 そうして、目覚めたシエリは〔前世〕を思い出し、それに伴い自分の置かれた現実に大層驚いたそうだ。彼女の役は〔悪役令嬢〕というもので、幼少期は別に高慢ちきというわけでもなく、好奇心旺盛な、それでいて脱走癖のある令嬢だったらしい。そして、雪の降る街、いつもの脱走で側役とはぐれた〔悪役令嬢〕はあるひとつの出会いを果たす。それは将来、本来の気質どおりに成長していればなんら不幸には見舞われないだろう少女の悲しい転機ともなる出会いだった。そう、異端な白の少女〔アシュリー〕との出会いだ。

 〔アシュリー〕と〔悪役令嬢〕は、その些細な出会いから仲良くなっていく。令嬢と庶民という垣根を越えた友情を育む二人は、本当に仲睦まじかったらしい。しかし、出会いから二年、〔アシュリー〕と〔悪役令嬢〕はある事件に巻き込まれてしまう。――奴隷商たちによる〔人攫い〕だ。

 〔悪役令嬢〕は貴族たちが攫われた部屋に閉じ込められ、〔アシュリー〕は庶民の子どもが詰め込まれた部屋へと監禁された。〔悪役令嬢〕は持ち前の脱走癖を駆使して、なんとか〔アシュリー〕を助けようと奮闘するも、あわや目の前で〔アシュリー〕は惨殺されてしまった。

 その過去が彼女の心に暗い陰を落とし、本来の天真爛漫さを失い、〔悪役令嬢〕は貴族としての矜持を心の支えにして生きて行くことになる。そして、未来。彼女は学園に入学を果たし、そこで〔アシュリー〕と瓜二つの少年と出会うことになる。


 と、まぁ長々と語ってみたが、シエリはその〔悪役令嬢〕の幼少期に今自分がいることを自覚したそうだ。そして、このままで行くと〔アシュリー〕である私が死んでしまうということも。

 ただ、彼女はその恐慌状態で私に奇襲をかけなかった。彼女の傍には、彼女よりも前に〔前世〕を思い出し、その道筋を変えようと奮闘する〔先輩転生者〕にして〔悪役従者〕の〔役持ち〕であるハルト殿がいたからだ。彼女が口走る内容は、ハルト殿もよくよく認知していたもの。だからこそ、〔前世〕を思い出したシエリとハルト殿は二人で話し合い、しばらくはストーリーに沿おうという結論に至った。

 そんなことは露知らず、御礼と謝罪に来たシエリとハルト殿を普通に出迎え、そうして仲良くなっていった私。

 ただ、悲しくも私たちは事件に巻き込まれた。だが、シエリとハルト殿が手を回してくれたおかげで私は重傷を負いながらも生き残った。残念なことに、シエリたちを除いて仲良くなった子どもらのほとんどは、そのときのストーリーに沿うように命を落としてしまったが。

 でも、現実ではそんなものだ。あのときの地獄を味わった者として、あの地獄から重傷を負ってしまったとしても生還できたことは奇跡に等しいと実感している。散ってしまった友人たちに心を痛め、あまりの惨さにトラウマになってしまったが、それでも見捨てずに生かそうとしてくれた二人には感謝している。


 そうして作り出した私というイレギュラー。負うはずだった〔親友を失った傷〕をなんとか避けたシエリたちは、「これで、違うアプローチだけど、トゥルーエンドに向けての攻略ができるようになったと思うんだ!」と目を輝かせていた三年前。世界中を渡り歩くという本来の道筋に沿うにぃさんのあとを追った私は、まぁなんというかいろいろとありながらも、こうして二人と再会を果たした。


「その二人が、デザートでこうも顔を蕩けさせているとはね」

「だぁって、話す前に英気を養わないと! 頭使うからね」

「そうそう。意外と頭使うんですよ、これが。あ、これ美味しいですよ、アリスト殿。はい、あーん」

「こっちのエクレアも美味しいよ、アリー! はい、あーん」

「二人して僕に餌付けしないでよ。この三年間、キミらはキミらで何かしてたんでしょう? 話し聞かせてよ」


 二人の「あーん」を受け取りつつ、抗議する私に二人とも「まぁまぁ慌てなさんな」と飄々と構えている。こいつら。

 私も自分のデザートをもぐもぐと咀嚼し、その甘さにほっぺが落ちそうになりながらも、じとっと二人に視線を送る。


「アリーの死を回避したから、私たちは自国で手が回る範囲で攻略対象のトラウマ回避に勤しんでたよ」

「あと、見つけることに成功した〔ヒロイン〕の少女の確認も。よくある話では〔ヒロイン〕も転生者だった、とかもありますからね。用心に用心を重ねました」

「ふーん。それで、その〔ヒロイン〕?とやらは、キミらと同じ〔転生者〕だったのかい?」


 唇の端に付いたクリームを舌で舐め取って、その味を堪能しながら向けた質問に、二人は神妙な顔でうなずく。


「〔転生者〕だった。それも、最悪の方向の」

「最悪?」

「ええ、最悪。ここはゲームの中、私はヒロインなのよ!という、電波系ヒロインでした」

「うっわ、何それ。ゲームの中? 頭沸いてんじゃないの」


 聞き慣れない言葉ばかりだけど、それはもう慣れた。この作戦に巻き込まれてからというものの、どうやら私は彼女らの〔前世〕の知識を聞きかじっていたからだろう。ハルト殿が描いてくれた絵でなんとかわかったし、シエリが書いて見せた文字で彼女らが言う〔日本語〕も読めるようになった。彼女らは私をどれだけ規格外に押しやろうというのだろう。まぁ、受け入れたのは私なので、文句は言わないけど。


「頭沸いちゃった系なんだよぉ……どうにか矯正できないものかって思ってね、家の者をちょっと使役して、ゲームの流れにはない幼少期を味わわせてあげた。でも、どうかなぁ。やだなぁ」

「お嬢、思い悩んでも仕方ないですよ。とりあえず、攻略対象に関しては防げるトラウマイベントは回避させました。あと、阿呆にならないように手段も講じさせていただきましたよ」

「へぇ。そういえば、その攻略対象は国の要人に就くような貴族様だったもんな。阿呆じゃ堪ったものじゃないしね」


 顔は知らないが、シエリたちから名前だけは伝えられている。転生者になら読める〔日本語〕で書いたノートも受け取っているため、顔は知らないくせにデータだけ手元にある形だ。無くしたらやばいなんてレベルじゃない。間者だと疑われるだろう。転生者に。

 誰にもスられない領域へ仕舞い込んでいるから、早々ばれないと思うけど。油断しないに越したことはない。


「頑張ったよ! 父様と母様にも手伝ってもらってね。なんか、ゲームで見た性格と違うことになったけど、トラウマとかなかったらあのまま成長していたんだろうな、って思うから、許容範囲内。大丈夫、だいじょーぶ」


 言い聞かせるようにシエリが、んぐんぐと気難しい顔をしてマカロンを咀嚼する。不安になるけど、過ぎたことなのでそんな不安を抱いたとしても仕方ない。切り替えなければ。


「あとは、学園に入学して、〔悪役令嬢〕が依存してしまう相手の王子殿下次第かな。依存する理由にもなる〔アシュリー〕と瓜二つ、それに関しては依存する理由自体を粉砕したし、依存することはないと思うけど」

「ただ、大筋を変えてしまったので、懸念すべきですよね。あぁ、これからが正念場だというのに」

「真のトゥルーエンドにたどり着きたいぃ~……だって、あんなエンドにしたくないよ」

「なかなかに凄惨なゲームでしたもんね。アール十八、十八禁。それにはいかなくても十五禁というゲームでしたもんね。スチルは美麗、キャラも声優ももういいとこぞろい。どのキャラも俺は好きでした」

「乙女ゲームというより、なんだろう? 乙女ゲームチックなあーるぴーじー? アドベンチャー……」

「〔アシュリー〕を生還させたことにより、なんとかトゥルーエンド……の最後は変わりそうですけど、行けるんじゃないですかね。いや、でも……あぁ、考えたら考えた分だけ糖分が……足りないです」


 嘆く二人に、乾いた笑いが出てくる。こいつら、なんだかんだで本当に見捨てないよな。本当、お人よしというか。見ていて心配になる。

 ああでもないこうでもないと話しているのを横目に、私はウェイトレスを呼んで注文を取ってもらう。甘味が足りないというなら足さないと。太っても知らないけど。


「キミら、もう春には入学だっけ? ゲームの前半?」

「そうなの。十五歳になるからね。本編には違いないけど、まだまだ序盤」

「そういえば、お嬢の叔父さん、アリスト殿の義兄に当たるダレル様を旦那様がお呼びしたんでしたよね」

「あぁ、そうだよ。相手は今朝知ったんだけどね、僕は」

「なんか、改まった話みたいだよ。内容は聞かされてないけど、そんな感じの雰囲気だった」

「ふぅん。穏やかじゃないね。……これ食べたら、このあとどうするの?」


 やってきた追加のデザートに、目を輝かせる二人にそう問いかける。幸せそうに口に運ぶ二人は、私の問いかけに数瞬真顔に戻り、飲み込んでから口を開いた。


「このあとは、この街で起こるはずの攻略対象の過去イベントを回収するよ!」

「そのために、ここまで来たんですから。アリスト殿、協力してくださいね?」

「……誰のイベント?」


 真っ赤に熟れたベリーのタルトにフォークを突き刺しながら、私はほっぺにクリームをつけた二人の色合いが似た瞳を見つめる。


「えっとねー、確かね」

「攻略対象、異国の王子様、ウィルヘルム第三王子のトラウマイベントです」

「ウィルヘルム殿下って、確か……」


 あの、側室腹の?


 私の声なき言葉に、二人が同時にうなずいた。

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