残念な美少女と残念な美形は、
食器を片した私は、戸締りをしっかりとして宿屋をあとにする。
今日の格好は、男物だけど街に馴染みやすい形にしておいた。右目にいつものように簡単には落ちないタイプの黒い眼帯を、両手には同色の手袋を装着。簡素な長袖の上から喉元を隠すケープを羽織り、下に向けて少しだけ膨らんでいるズボンをブーツに差し込んでおく。そして、いつもよりちょっと身奇麗にしておいた。
そんな格好でふらりふらりと人ごみをすり抜けて、待ち合わせ場所の噴水のある広場まで歩いていく。すれ違う人のざわめきがなかなかに耳に馴染む。天気もいい。
こんな日に、いったい何をするのやら。出会った頃より変わっている友人の奇行を思い返し、私は息を吐く。本当、可愛いのに残念。
「アリー!!」
ぼうっとしていると、私の愛称のひとつが呼ばれた。レンガが敷き詰められた大通りの道から視線をずらし、呼ばれた方角に顔を向ける。
そこには、日の光に照らされて一人の少女が噴水の前に立っていた。両手を挙げて自己主張をする姿に、街行く人々が一時目を奪われているのを目の当たりにして、私も片手を上げて応じる。
少女の姿は、私となんら変わらない。しかし私と違ってすっきりとしたタイプのズボンを穿いていて、その腰には鞘に収められた剣が下げられていた。黒くて長い髪を高い位置に一括りにしていて、ぱっちりとした目にはアイスブルーが瞬いている。小柄でいて女らしい膨らみを持つ彼女が、髪を揺らして私に駆け寄ってきた。
「久しぶりだね、アリー。髪の毛、伸ばしていないんだ」
「久しぶり、シエリ。残念と言いたげだな。旅をしているんだから、髪の毛を伸ばしていても仕方ないだろう?」
飛び込んできたシエリを抱きとめて、そのままで会話をする。傍から見たら恋人のようだろう。だが、同性だ。
三年ぶりに見た友人は、随分と大人っぽくなっていた。きっと社交界では、昔彼女が言っていた壁の花に徹することができないくらい囲まれていそうだ。白磁の肌に薄っすらと桃色が差していて、嬉しそうにニコニコと笑っている彼女に男からの視線が集中しているのを感じながら、私も笑みを返す。再会自体、私にも嬉しいことだし。
私のさらしを巻いた胸から顔を上げたシエリが、眩しそうに目を細めた。
「でも、会えて良かった。父様にお願いしてよかったよ。ちょっと時間がかかったけど、こうしてアリーと話せるんだからさ」
「こっちとしては、ウェスパニアから遠く離れた大陸にいるのに見つかって驚いたよ。まさか、と思った。キミの家は本当に規格外だね。にぃさんは親父さんに呼び出されて食事会みたいで、うんざりしてたよ」
「父様はとっても楽しみにしてたよ。叔父さんをからかうの、父様にとって生きがいだから」
「にぃさんにとっては傍迷惑な生きがいだな。……それより、シエリ、キミ護衛は?」
「あ、あー……いつの間にか撒いてた。アリーと合流するし、まぁいいかと思って」
よくねーよ。と、さすがに本人に向かってそんな口は利けないので、笑顔で返しておく。さっと顔を逸らしたけど、その横顔はバツが悪そう。自覚してるようで何より。令嬢が、令嬢だと思われないような男装をして街中を一人歩きしているのは、普通ならば大問題になりそうなのに。相変わらず、令嬢らしくない。
それよりも。私の胸元に頬をぐりぐりと押し付けるシエリから、私は周囲に視線を走らせる。シエリの護衛となった少年の姿がないかと思ったからだ。
この規格外なシエリの動きにまだ付いてこれていないのかな、と一瞬そんなこと思ったけど、視界に飛び込んできた金に思い直す。ちゃんと成長しているようでよかった。
屋根から飛び降りてきた少年は、私たちとまた変わらない服装に身を包んでいた。腰には帯刀していて、お綺麗な顔には険がある。人にぶつからないように駆け寄ってきた彼に、私はシエリに回していた手を彼に向かって振ってみせた。お疲れ様、という意味を込めて。
到着した彼は、ベリッと私からシエリを軽々と引き剥がした。首根っこを捕まれて目を剥くシエリに、悪いと思ったけど口元が緩む。間抜け面。
「お~じょ~う~!? 護衛を撒かないでください!」
「わぁ、前より抜群に早くなったね、ハル!」
「誤魔化さないでください。このことはまた旦那様に報告しますからね!」
「ええ、殺生な! 勝手に撒かれたハルが悪いんじゃん! アリーとも無事に合流できたんだから報告しないでよー意地悪ぅー」
「知りませんよ、お嬢の言い分なんて。それにしても、お久しぶりです。……三年ぶりですね」
「久しぶり、ハルト殿。キミらは変わらないね。今はアリストって名乗ってるから、そう呼んで」
「はい、アリスト殿。お嬢がなかなか成長しないもので。……別な意味では成長してますが」
そうつぶやいたハルトのキラキラした笑顔に、こいつまたキラキラ度増したなという感想を抱く。ふわふわとした天使のごとき幼い少年が、この三年で一気に男らしさと美しさに磨きをかけたようだ。護衛としての腕も磨かれていると思うけど。金髪にサファイアブルーの瞳は、些か街娘の視線を奪いすぎているようだ。私にバシバシと向けられる不躾な視線たちに、これはギルドに行ったら絡まれるなと内心肩を竦める。闇の精と光の精が並んで微笑んでいる姿には、確かに惹かれるものがあるだろうけど。
でも、知っている。この二人は身体能力諸々は天才的なのに、その実とっても残念な人たちだって。たったの二年を一緒に過ごしただけだけど、それは痛いほど理解していた。
それにしても。
「二人とも大人っぽくなったね。三年経ったから、今は二人とも十五か。学園に通う歳だよね」
二人を促して往来に紛れながら、私は二人に視線を流す。並んで歩き始めたシエリがそれに口を開いた。
「アリーも大人っぽくなったね。美少年度がましましだよ。……右目はもう大丈夫?」
不意に向けられた質問に、私の心臓がドキッとした。サッと眼帯に手が伸びて、一瞬目を伏せる。
この右目は、三年前にある事件に巻き込まれたときに怪我を負ってしまって以来隠すようにしている。“見える”けれど、普通の見え方とは違う。できるなら、この眼帯を取り払うようなことにはしたくない、というのが本音だ。
でも、それとこれとはまた別。友達を不安にさせたままでいるのも、私にとってはこの眼帯と同じくらい避けたいものだ。だから、ニコッと笑ってみせる。
「大丈夫。今は落ち着いてるよ。シエリも、ハルト殿も、もう傷は大丈夫なの?」
「私もハルも痕にはなったけど平気。運命を変えるために負った、名誉の負傷というものだよ!」
「死ぬ運命を変えるためには、こんなのなんのそのですよ。へっちゃらです」
「ふーん。……その死の運命を変える作戦で、僕を呼び出したんだよね? いったいなんなの?」
私の問いかけに、二人は顔を見合わせてからニヤリと意地悪い笑みを私に向けてくる。何を企んでいるんだか。目が据わりかけた私が目に入らないのか、シエリが胸を張って人差し指をビッと何処かへと差し向ける。
「詳しくは、甘いものでも食べながら話そうか!」
そう高らかに宣言したシエリが指差した方向には、甘いデザートが食べられるカフェがあった。
……相変わらず、こいつ、目敏い。
呆れた顔を浮かべる私の手を引いて、二人がルンルンとそのカフェへと足を進める。その様子に、私は今度こそ肩を竦めた。