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狐の盆還り  作者: 哀ノ愛カ
5/13

第四帳

とうとう、祭りの始まりです。

今日この日。

京のこの地。

狂いし狐の血が凶を齎す。



八月十三日。夜明け前。

家に伝わる古い伝承の一節を口ずさみながら、可憐は月を見上げた。

隣には不安気な表情の鈴音が座っている。

「大丈夫。十年前と同じことをすればいいだけだもの。それにもう、凶が齎されるようなことは・・・ないわ」

鈴音を安心させるためというよりは、半ば自分に言い聞かせるようにして呟く。

今日の月は青白い。蒼白な誰かの顔を思い出しかけて、慌てて押し込める。

可憐の言葉に鈴音は何も言わない。しかし、その沈黙こそが物語っていた。

凶は既に齎されているのだと。

そしてこれから先も齎し続けるのだと。

嫌な記憶が否応なしに蘇る。

そう、あの日の月も青かった。



*        *         *



八月十三日。

盆会の開始と共に祭りも始まった。

早朝、流達は最初の儀式を行うために伏見山神社に集まった。

中央には立派な祭壇があり、その上に神器が鎮座している。今日まで境内の中に保管されていたらしいが、十年振りに外へ出したとは思えないほど綺麗な状態だった。

それどころか、とても数百年前に作られたものとは思えない。これが神器ゆえの為せる技なのか。

「んじゃ、始めよか」

この場で最年長者であり、鎮魂祭経験者でもある扇が口を開く。楓と優衣は当時幼かったので、儀式には直接参加していなかったらしい。

 一番の経験者である現当主の方の扇は、結局、祭不参加を表明した。

扇が電話で聞いた限り、理由という理由は言っていなかったらしい。だが、隅田の当主に遠慮するような口振りではあったという。

「で、どうやるんだよ?」

だが、遠慮されても困るというのが隆世の本音だろう。

何せ隆世は、今の今まで祭の存在自体知らなかったのだ。東京に移ってからというもの、隅田家が京都の祭事に関与することはなかったと聞く。本来ならここに隆世がいること自体前例のないことなのだ。といっても、隆世の身体は東京にあり、式神を通して実態化しているに過ぎないのだが。


東京を離れられない事情が隅田にはある。


京都の陰陽家を中心とした陰陽京総会と土御門家を母体とした陰陽総会。

二つの組織の間に立たされた隆世の立場は想像以上に危うい。今回の鎮魂祭への関与も戒厳令が敷かれているほどだ。

経済事情も陰陽家としての地位も全て陰陽総会に牛耳られている隅田家としては、土御門を敵に回すわけにはいかない。 

でも・・・・

確か、あの時。

十年前の盆の時期に、祖父は京都の祭りに行くと言っていなかったか?

「なあ、兄貴。前回の祭り、じいちゃんも来てるよな?」

「え?な!そ、そうだったか?覚えてないな」

 挙動不審な反応に思わずため息を吐く。

「あのさ、いい加減慣れろよ。さっきから、『兄貴』って呼ぶ度にびくついてさ」

 七年間の蟠りがようやく消えたとはいえ、新しい呼び方に隆世はなかなか馴染めないようだった。

「勘忍したってな、流君。隆世、照れてるだけやから」

「誰が!照れてなんかっ」

「ああ、それとも、昔と同じように『兄ちゃん』って呼んでほしいんか?」

 ニタニタと笑う楓に、隆世はとうとうそっぽを向いた。

「あ、すねた」

「何か、やだな・・・こんな兄貴」

 呆れて、そう独りごちると「まあ、そう言わず仲良ぅしたって」と、楓は隆世の背中を見ながら微笑む。

 この二人、もしかして・・・・と、男の勘が働きそうになったところで、楓が耳打ちした。

「それはそうと、さっきの話やけどな。隆凱さんは来てへんで」

「え?そうなんですか。でも・・・」

「隆凱さんは祭りが終わってから来はってん。当主が可憐さんに代わったから、その祝い・・・というか、監視の式神を作りにな。隆凱さんが祭りの最中にも居てはったらな、とは思うけど。それは今となってはもう仕方のないことやし」

「それはどういう?」

「あ、それ!!危ない!」

 その時、供物を置く台にやたらと大きいスイカを乗せようとしていた優衣に楓が叫んだ。

 直後、スイカの重さに耐えきれなかった台が崩壊した。

「あちゃー、それ、強度なさそうやから、スイカは乗せへん方がええよなって、さっき鈴音姉さんと話してたところやねん。誰が作ったんか知らんけど、釘がゆるゆるで」

「そうやったん!?ごめん・・・スイカあったから、これも供えやなあかんのかなって思って・・・」

 何も悪くないのに、そう言って項垂れる優衣に「すみません。それ作ったの俺です」とは、格好悪過ぎてさすがに言えなかった。


 供物の台は隆世が陰陽術で一瞬のうちに作り上げた。

 それなら初めから隆世が全部作れば良かったんじゃないのかと胸中で毒づくも、日曜大工の一つもできない自分がますます惨めになるだけだった。

「皆様。お集まり頂き、誠にありがとうございます。それでは、これから伏見山神社の鎮魂祭を始めさせて頂きます」

 いつもよりグレードアップした巫女装束に身を包んだ可憐が、祭壇の上から声を張る。

「けっ。頭の高い奴め」

 扇の野次に顔色一つ変えず、可憐は話を進めた。

「まずは、司会進行を努めるわたくしの式神を紹介致します。小夏」

 司会進行って・・・

 祭事というより、何かの式典のような感じだ。

「この度、司会進行を務めさせて頂きます。小夏でございますにゃあ」

「にゃあ!?」

 可憐の隣にどこからともなく現れたのは、同じく巫女装束を身に纏った猫耳娘だった。

「小夏は、わたくしの当主就任祝いに隆凱さんから頂いた式神です。大方の式神はこの間、隅田家新当主に一新させてもらいましたが、この小夏だけはどうしても手放せなくて、傍に置いていますの。だって、このもふもふの耳!可愛いでしょ?やっぱり、女の子は『ネコ』が一番」

 可憐はそう言って、小夏を抱き寄せ、その耳にキスをした。

「にゃっ!可憐さま、ここではそういうのは・・・」

 顔を赤らめ悶える式神に顔が引きつる。

 ネコが一番っていうのは、そういう意味か。

「ゴホン。さっさと説明してもらえるか。祭事について」

 扇が鬼の形相で可憐に跳びかかる前に、隆世が軽く咳払いをして話を前に進めた。

 ああ、こういう時はやっぱり頼りになる兄貴だ。

「はいですにゃ!まず、皆々様に詠みあげて頂く祝詞を配らせてもらいますにゃ」

 小夏は目にも止まらぬ速さで全員に祝詞を記した巻物を渡した。さすがは猫・・・いや、隅田隆凱が作った式神である。

「それでは、名前を呼ばれた順に、祭壇の前から円になって下さいにゃ。あ、時計回りでお願いしますにゃ。隅田隆世様」

「おいおい、俺が一番前でいいのかよ」

「隅田家は京都の陰陽家の中心的存在。何も問題ありませんよ。母もそう言っていましたから」

鈴音の言葉に「玉無の当主がねぇ」と、納得しない様子の隆世だったが、しぶしぶ前に出た。

もしかすると、玉無の現当主が祭りに不参加なのは、鈴音が裏で話をつけたからなのかもしれない。乗り気ではない隆世を人手不足だからと、祭りに呼び寄せたのは他でもない鈴音だ。

母親を陰陽京総会の総代の座から引きずり下ろすために隆世を利用している、とも考えられるが・・・それはさすがに勘繰り過ぎか。

「では次に、玉無扇様、鈴音様、楓様、優衣様。そして最後に神咲流様」

 祭壇を囲うようにして、皆が円になった。最後に名前を呼ばれた流は必然的に隆世の隣になる。結果、祭壇前方に並ぶのは隆世、扇、流の三人だ。実際、当主格はこの三人なので、その立ち位置に不自然さはないが、自分も京都の陰陽家の重要人物なんだと示されたようで、どうも居心地が悪かった。

 ふと、遠巻きに佇んでいた百花と目が合った。

 百花は霊力がないので、祭事には直接関与はしないが、兄が参加するということもあり、様子を見にきたのだ。

『がんばって』

 声に出てはいないが、そう読み取れる口の動きに胸が高鳴る。

 陰陽家当主であるという憂鬱な重責は、その一言で軽くなった気がした。

「それでは、皆様。準備はよろしいですかにゃ?せーのでいきますよ。せーの!」

 猫耳娘のせいで、あまり締まらない始まり方だったが、祝詞と共に狂い狐の鎮魂の儀は始まった。



とてつもなく長い祝詞を読み終えるのに、十五分は掛かっただろうか。

途中、集中力が消えかけ、何度隣の隆世に睨まれたか知れない。

「つ、疲れた・・・」

 祝詞の巻物が回収される中、思わず流はしゃがみ込んだ。流だけでなく、祝詞を詠んだ者全員が疲労困憊した様子である。

「当たり前ですわ。今の儀式は皆様の霊力を神器に集めるためのもの。これだけの人数では、一人一人の吸い取られた霊力も並大抵ではないはず。あら、隅田の御当主はもうお帰りに?」

 一人だけ涼しい顔をした可憐が、祭壇から眼下を見下ろしながら首を傾げる。

 気付けば、先程まで隣にいたはずの隆世がいない。地面には今回のために急遽作った人形(ひとがた)の式神が落ちていた。

「そりゃ、実態化もできへんくなるわ。むしろ最後まで祝詞を詠めたのが不思議なくらいやで」

 扇が肩で息をしながら、落ちている式神を拾い上げる。

「あらあらあら。最終日はこんなものではなくてよ?結界を張る祝詞は今日の倍は長いんですから」

「分かってるわ・・・誰のためにやってる思てんねん。黙っとれ・・・」

 扇の罵声もいつもより数段勢いがない。

 その様子に可憐はクスリと笑い、やっと祭壇から降りてきた。

「今日はお疲れでしょうから、ゆっくりお休み下さいませ。夕方からの夜店は、百花ちゃん、頼みますわよ」

「あ、はい!」

「あら、可愛い返事だこと」

「おい、ちょ、待て!百花に近づくな!」

 そろそろと百花に近づく可憐を扇が止めようとした、その時だった。

「ああ、もう最初の儀式は終わってしまったのかい?」

 聞き慣れない、男の声が耳を掠めた。

「雅さん!?」

 いち早く声の主を見つけたらしい扇が、祭壇の上を見上げながら、驚いたように叫ぶ。

「今まで何してはったんや!十年間も、どこにっ」

「さあ、それは言えないな」

 肩にかかるぐらいに伸びた黒の髪。奥二重の目に、薄い唇。線の細い、ひょろりとした中年の男性が、そこには立っていた。

「あらー、歳いかはったな、雅さん」

「もしかして楓ちゃんかな?君は大きくなったね。優衣ちゃんも」

 雅は優しい笑みを二人に向ける。

「僕も今年で三十六歳だもんね・・・みんなこんなに大きくなっちゃって、お兄さんは嬉しいやら、悲しいやら」

 この人が、十年前に妹に家督を譲り、失踪したという先代伏見山家当主。歳の離れた兄妹だったとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 自分のことを『お兄さん』というには、もう若くはない雅から目を離し、可憐の方へ視線を移す。

「っ!」

(あれは、陰陽の流れ!)

 黒い、とてつもなくドス黒い、気の塊が可憐の前を駆けていくのが目に入った。

 その直後――――。

 見たことのない陣が現れ、雅の手足を拘束した。と、思った瞬間には、どこからともなく現れたナツが雅の首にナイフを当てがっていた。

 誰も反応できない。誰も止められない。そう、思われた。

「雅さんに、何するんや」

 地の底から聞こえてくるような低い声。

懐に仕舞っていた扇子を投げつけて、扇はそのナイフを払いのけたのだった。

「戻れ!」

扇の一声で、扇子は手元に戻ってくる。

玉無家に伝わる秘宝、一の扇だ。意のままに風を起こすことができるという神器。

 ナツは身を翻して祭壇から飛び降り、扇と対峙した。

「それから、鈴音!そのけったいな陣解かんかい!何のつもりや!」

 雅の手足を縛ったのは、鈴音だったらしい。よく見れば、アルファベットの文字が無数に空中を漂っている。エクソシストの修業を積んでいたというのは、本当のことだったようだ。

 だが鈴音は「できない」と言って、動かなかった。

「ちょ、ちょっと待って。何が起きてんの?てか、この人誰!?」

 一触即発の兄と姉に挟まれる形にして立っていた楓は、ナツを指差してうろたえた。

 そういえば、楓はナツとは初対面である。

「バイト雇てるって鈴音お姉ちゃん、言うてたやん。そのバイトの人ちゃう?」

 同じく初対面であるはずなのに、優衣は打って変わって冷静な反応を見せる。

修学旅行の前日に流が扇達と喧嘩した時の対応といい、ただのおっちょこちょいであるという優衣の印象は見直す必要がありそうだ。

いついかなる時も冷静であれ。

それは陰陽師として一番重要な素質。

だが、

「鈴音!」

 次期玉無の当主はそれに欠けている。

扇は一向に陣を解こうとしない鈴音に扇子を向け、戦闘の態勢を取った。

「お兄ちゃん!」

 優衣の嗜める声にも耳を貸さず、扇は鈴音との距離を詰める。

「待って!」

 一触即発の事態に待ったを掛けたのは、意外にも可憐だった。

「お待ちになって下さい。何か誤解があったのでしょう。鈴音、兄を開放してちょうだい」

「でも!」

「いいから。でも、その前に兄様。一つだけ質問してもよろしいかしら?」

手足を目に見えない糸で縛られたままの雅は、微笑みすら浮かべて、「いいよ」と快諾した。

「兄様は、何をしにここに戻って来たの?」

 同じくにっこりと笑みを浮かべる可憐に、雅は事も無げに答える。「君の過ちを糺しにだよ。僕は、可憐から当主の座を奪還する」

 笑いながら言う台詞ではないのは明白だった。その場の全員が息を飲み、雅の話に耳を傾ける。

「十年前、僕は可憐から不当に当主の地位を奪われた。病弱で霊力もほとんどなかった僕は、狂い狐である妹に敵うはずもなく、生死を彷徨うことになった。でも、ある人に拾われ、この十年で僕は力を手に入れたんだ。歪んだ流れは糺さなければならない。可憐、もう君の好きにはさせないよ」

 雅の顔からはいつしか笑みが消え、次の瞬間には、自力で鈴音の拘束を破っていた。そして、両手を広げ、声高に訴えた。

「また兄様と一緒に暮らそう。僕は君をどうこうしようなんて考えてないよ。ただ、もう一度家族になりたいだけなんだ」

 その申し出に可憐はピクリとも表情を動かさなかった。

 ただ、笑顔のままで、

「却下」

そう言った。

「えーと、つまりどういうことですか?」

 なかなか今の状況を飲み込めず、流は誰にということもなく聞く。

「十年前、雅さんを陥れて・・・というか、死の淵に追いやって、可憐さんは当主の座を手に入れた。ってことやない?兄貴の推測は間違ってなかったんやな」

 ようやく、落ち着いてきた楓が、頭を抱えながらも答えてくれた。

「信じられへんけどな・・・あの時はお母さんもいたし、なんぼ結界の力が弱まる時期のことやったからって、そんな・・・」

 優衣の分析に扇は「いいや」と首を振る。

「優衣も最初の儀式して分かったやろ?どれだけ霊力を消耗するか。十年前に祝詞を詠んだのは、俺と鈴音と風夏とおかんの四人。今日よりも人数が少なかったんや。それにおかんは俺達のこと思ってか、自分の霊力を優先的に吸い取らせるようにしてたからな。確かに、おかんの目を盗んで雅さんをどうこうするなんて至難の技や。でも、おかんが弱ってる隙に何かしたんやろ。なあ、可憐!そういうことなんやろ!?」

 怒りを露わにして、扇は可憐に食ってかかる。

「ええ、その通りですわ」

 呆気ないほどに、可憐は潔く認めた。

「っ!お前、それに鈴音と風夏も巻き込んだな!」

「それは・・・まあ、そうですわね」

「この狂い狐がっ!」

 扇の扇子が今度は可憐に向けられる。それを阻むようにして立ったのは、鈴音とバイトのナツだった。

「兄さんが何と言おうと、どう思おうと、私達は可憐の味方だから」

「何や、て!?」

 いきり立つ扇に、祭壇から雅が優しく声を掛ける。

「扇。まだ祭りは始まったばかりだ。当主の件は祭りの最後に決着がつけばいい。十年前と同じようにね。その頃には、君達の兄妹喧嘩も収まってるはずさ」

「でも、雅さん!」

「大丈夫。僕は勝つよ。可憐みたいに卑怯な手を使わなくてもね」

 雅はそう言って、可憐の傍に控えていた式神の小夏にウインクした。

「可憐様っ!」

 小夏はギュッと可憐の袖を掴み、怯える。

「大丈夫よ。小夏。鈴音と・・・ナツさんも。わたくしの味方は貴方達だけみたいだから、屋敷で作戦会議をしましょう。後の皆さんは、どうぞお好きに。雅兄様と組んでわたくしを討つも良し、傍観するも良し」

 可憐は背を向けて、屋敷の方へと歩いて行く。

「わたくしは逃げも隠れもしません。どうせ、隅田の当主が新しく作った式神に監視されていますしね」

 それに、小夏と鈴音、ナツも続く。

「狂い狐はここにいる」

 重く尖った断定の言葉を残して、可憐は屋敷の中へと二人を(いざな)った。

「どうするん、兄貴?」

 珍しく黙ったまま見送った扇に楓が声を掛ける。

「それは、雅さんに・・・って、あれ?」

 気付けば、祭壇の上はもぬけの殻だった。

 ついさっきまでそこに立っていた雅はもういない。

「いついなくなられたのでしょう?」

 駆け寄って来た百花が、独りごちる。その問いに応えられるものは誰もいなかった。



*        *         *



「なんてことがあってね」

 屋台の準備をしている間、百花は今日の儀式で起こったことを話してくれた。

 同じ陰陽師・・・という設定になっているとはいえ、部外者に喋り過ぎではないかと、百花の身の上が心配になる。

 信頼されているのは嬉しいが・・・。

 恐らく、百花に隠し事などないのだろう。

 だが、一方の自分は――――

「零ちゃん、チョコバナナ、向こうから並べていってくれない?」

「あ、うん」

 百花には何も、明かせてはいない。

「チョコバナナ屋さんにして正解だよね~。やきそばとか、フランクフルトとか、焼かないといけないものだったら、暑くて死ぬところだったよ~」

「そうね」

 百花はクスっと笑って、丁寧にチョコバナナを並べていく。

 この純真な娘には幸せになってほしい。

 そのためには、災厄は取り除かなければならないだろう。

「それで?可憐さんはどうしてるの?まだ屋敷に閉じこもったまま?」

「うん。そうみたい。お兄様の話によると、何も不審な動きはないそうよ。そもそも、お兄様が作った式神の目を盗んでどうこうなんて不可能だと思うの。可憐さんは、そのまま屋敷で待ち受けるつもりなんじゃないかしら」

 百花の言葉に玉零はうーんと唸った。

「でも、十年前だって、貴女のお祖父さんが作った式神がついてたんでしょ?それでも、事は起こったんだから、油断はできないんじゃない?」

 可憐に取り憑いている狐がどれほどの力を持っているかは、実際に会ったことのない玉零には分からない。

 しかし、妖狐は妖怪の中でも格上の存在。

「きっと、祭りの間に何かあるわよ」

 恐がらせるつもりはなかったが、百花の顔が一瞬で凍った。

 しまったと思い、慌てて表情を崩して取り繕う。

「ま、神咲先輩達が何とかしてくれるでしょ!百花ちゃんは何も心配しなくていいよ。私だって、微力ながら力になるし。ね!」

「うん、ありがとう。でも流兄様達、まだ寝てて・・・」

「寝てっ!?」

 百花の話によると、流達は初めの儀式で霊力を使い果たしたらしく、只今自宅にてお休み中とのことだった。

 隅田の当主だけは、監視役ということもあり、何とか眠気を堪えているらしい。

 陰陽師も柔になったものだ。

 江戸の世の頃の陰陽師なら・・・

 いや、よそう。

 それは、自分自身にも言えること。

 今の自分ではきっと――――

「百花ちゃん。ま、とにかく屋台がんばろっか」

 既に日は西に傾き、ちらほらと人の影が見え始めていた。

 伏見山神社にこれから大勢の人間が集まる。

 ここで何かが起これば、一大事に発展するだろう。

 神社の結界も薄れ、隼ですら出入りができるほどだ。隼に可憐が引きこもっている自宅を見張らせてはいるが、もし、狂い狐とやらが暴走を始めたら?

 今の自分ではきっと、役には立たない。


 玉零は、ただただ祈ることしかできなかった。

 何も起きないようにと。


流と百花のイチャラブを書きたい・・・。

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